446 未来の選択肢
木の伐採量増加は認められない。そう結論づけて各方面へ通達を出す。
必然的に、燃料や木材や大量に必要とする工房の稼働は後回しになる。薪に余剰がない以上はどうすることもできないのだが、窯業や木工業の組合が揃って苦情と要望を述べにやってきた。
「貴方たちには木を植える仕事を与えましょう。木が足りないのですから、欲しければ植えれば良いのですよ。何もせずに伐採量だけ増やすことはできません。」
需要の高まるままに大規模な伐採など何年も続けられない。伐る前に、木を二万でも三万でも植えて育てなければ、すぐに尽きてしまう。
今年も街の北へ二万本の苗を植えているが、何なら南にも森を作って構わない。
そう言うと職人の代表者たちは不満げに口を結ぶ。
彼らが不満に思う理由は理解できないでもない。
彼らは、食料不足に当たっては工房を閉めて畑を増やすことに力を尽くすよう要求されてきた。
やっと飢えることのないほどの食料が得られて畑仕事から解放されたら、今度は木を植えろと言われる。酒蔵や織物などは工房の稼働準備に入っているのに、自分たちだけ後回しにされ、いつ本業を再開できるのかも分からない。それで不満に思うなと言っても無理だとは思う。
しかし、現実は感情だけではどうすることもできない。
「残念ながら、職種には優先順位というものがあります。明日の食事の心配をしなくて良くなったのならば、走り出す前にしっかりと足場を固めるべきでしょう。」
物事を急ぎすぎると碌なことにならない。
私自身が何度も言われてきたことだが、他人が焦り急ごうとしているのを見ると、その言葉が頭に浮かんでしまう。
とにかく、順序を無視すると取り返しのつかない事態になると諭す。父やブェレンザッハ公爵がこの場にいれば大笑いされそうだが、私にはそう言うしかない。
しかし、職人たちの長は、眉間に皺を寄せ目をきつく閉じて首を横に振る。
「だからこそ、工房を動かしたいのです。年寄りが動けなくなる前に再開できねば技術の継承もできなくなってしまう。」
「技術の継承は、いくつかの工房を選ぶことで回避するしかありません。あなたたちが必要とする木材や薪は、伐ったらなくなることは、理解できるでしょう。」
森の木は決して無限にあるわけではない。日々伐り倒されて、その数を減らしている。新しい芽吹きもあるが、現状では伐採の方が多い。
彼らは若い世代の心配をするが、彼らの言う通りにすれば若い世代が活躍できるようになる未来はやってこない。
「森がなくなるなんて、そんなわけが……」
「この三十年でなくなった森は一つや二つではありませんよ。」
基本的には畑を広げるために切り拓かれたものだが、伐採された木は無駄に捨てられたわけでもない。記録を見る限り、薪や建材として消費された量と辻褄も合っている。
森が減っている事実を淡々と説明すると、職人たちは呆然と目を見開く。
この街は二千年以上も前からあるというのは平民でも知っていることだし、その当時からずっと森の木を伐って利用しているのは言われずとも当たり前のことだ。
長年続いていたことがあと数年でできなくなると言われても、俄には信じ難いのは無理もない。
彼らも森の現状など知らないのだ。
「火を必要とする工房の稼働は後回しになります。木工も動かすのは最低限のみです。手の空く方には植林に携わっていただきます。」
改めてそう告げると職人たちは力なく頷いた。
工房や職人の話がついたら、二足鹿に乗って周辺の村をまわる。一緒に行く文官はとても嫌がっていたが、鞍を着けた二足鹿に実際に乗ってみると意見を一変させた。
「道なりに歩くだけならば、馬より楽かもしれませんね。」
「うむ。思っていたよりも揺れないし、何より速い。」
速いのは良いことだ。街中での速度には気を付けなければならないが、街の外に出てしまえば誤って人を蹴飛ばしてしまう心配もない。
二足鹿が進むに任せていれば、一時間ほどで目的地の村に着いてしまった。
村人たちは驚いてはいたものの、王宮から来たと言えばその用件は伝わる。そもそも、倉の補修をしたいと言ってきているのは村の方だ。
案内されていくと、村の中央にある倉はかなり古い印象がある。扉を開けようと階段を登ると、足元が不安定に揺れる。
気を取り直して扉を開けてみるとひどく軋んだ音を立てるし、こちらもガタガタと揺れる。
「この入り口は確かに不安ですね。嵐がきたら壊れてしまいかねません。」
扉を開け閉めしながら文官も修繕の必要性を認める。嵐で扉が壊れてしまったら、中の物は台無しになってしまいかねないし、村にとっては死活問題だ。
その一方で、壁や柱の方は軽く叩いてもびくともしない。外に出て水魔法を屋根の上に撒き散らしてみても、雨漏りする様子もない。
「この分ならば、扉だけ直せば問題ないだろう。」
大掛かりな修繕が不要ならば、大工と資材をまわせば一日で修繕は完了するはずだ。
他にも修繕や不足しているものがないかを見てまわって二足鹿のところへ戻る。
三つの丸い物体が地面に転がっているのを見て思わず笑ってしまうが、二足鹿が暴れたりせずにおとなしく待っているのは良いことだ。
近づいてみると、馬にするように二足鹿にエサが出されていたようで、空になった桶が三つ並んでいた。水を注いでやればそれに口をつけるのも馬と同じだ。
座って水を飲んでいる間に背の鞍に乗り込み、桶が空になると二足鹿は満足したように立ち上がる。
「順番は他の村の状況次第で変わるので、いつになるかは今は何とも言えぬが、遅くとも夏頃までには補修はできるだろう。」
最後にそう言っておけば、村長も安心したように息を吐く。
その後、五つの村を回って夕方に王宮に戻ると、ジョノミディスは驚いたような呆れたような顔をする。
「もう半分終わったのか?」
「ええ、二足鹿の速さは素晴らしいですよ。銀狼や黄豹には及びませんけれど、移動時間は馬の半分以下に短縮できます。」
「……ティアリッテ、銀狼を引き合いに出す時点で間違っているのだ。」
眉を寄せ目を細め、一度溜息を吐いてからジョノミディスは言う。なんだか最近ジョノミディスはブェレンザッハ公爵によく似た顔をするようになったと思う。
「確かに銀狼と比較されて上回れるような獣はいないでしょうけれど、二足鹿は比較対象になる獣だと思いますよ。」
黄豹や銀狼の体力や脚力は圧倒的だ。だが、走ることにおいては二足鹿はそう劣ってはいないと思う。
まだ全速力で走らせてはいないため最高速度やその持続時間は不明だが、長時間持続できる速さは青鬣狼と同等以上だろう。
「青鬣狼と同等以上だと?」
私の評価が予想外だったのか、ジョノミディスは声を大きくして鸚鵡返しに問う。私が頷くと、顎に手を当てて「ブェレンザッハに遣いを出してみよう」と呟くように言った。
「先日、文を出したばかりですけれど。」
「実際に長距離を走らせて、どの程度の結果を出せるのかは把握しておきたい。もし、手軽に書類のやり取りができるならば、状況が全く変わるぞ。」
確かに、ブェレンザッハ公爵やハネシテゼ国王に相談できればと思うことは少なくない。
現状では、返事が到着するまで最低でも三か月かかるという前提だ。季節が変わるほどの時間がかかってしまうと、どうしたって余裕のあることしか話題に上げられない。
それが一か月で済むならば話が全然違う。もしかしたら、文官や騎士を行き来させるという話が出てくるかもしれないくらいだ。
「それに、我々が容易に地方の領地に視察に行くこともできるならば、取れる施策も変わってくる。」
フィエルナズサらが戻ってからのことになるがと前置きした上でジョノミディスが言う。
「諦めていたエリハオップの追跡、ノエヴィスの状況確認、それに当主交代した伯爵領の視察も視野に入れることになる。」
今ある仕事を放り投げるわけにはいかないので、大変なことになるのは間違いない。しかし、それらはできるならばやっておきたいと私も思う。




