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445 新しい課題

 魔物退治から帰ってくると、翌日は一日執務室で山のようにある仕事を片付くていく。

 フィエルナズサとメイキヒューセがエリハオップの処理に行ってしまっているため、私のするべき仕事量は一年前と比べて倍ほどに増えているのだ。


 魔物退治は地域を分担することもできず、直轄領のほぼ全域を私が担わなければならないのに、書類仕事まで私の分があるのだ。


 泣き言を言っていても始まらないということで、次に出る北東部への魔物退治は二足鹿(ヴェイツ)に乗って行こうと思ったのだが、騎士たちに猛反対されてしまった。


「どうか考えを改めてください、ティアリッテ様!」

「せめて二足鹿(ヴェイツ)用の(くら)ができあがるまでお待ちください。」


 とにかく、みんな揃って精いっぱいに二足鹿(ヴェイツ)はやめろと言ってくるのだ。そうなると意地でも乗りたくなるのだが、そんなことをして時間を無駄にしていては仕事がいつまで経っても終わらない。


 諦めて馬で出かけ、北東部の境界付近で魔物退治を済ませる。ついでにあちこちの町の騎士に雷光の魔法を教えて戻って来たのはそれから十五日後だった。


二足鹿(ヴェイツ)(くら)はまだできないのですか?」

「昼過ぎに届いてございますが、あれは食事の時間まで戻ってこないのです。」


 訓練場でのんびり過ごしている二足鹿(ヴェイツ)は裸のままだったので、厩舎の使用人に聞いてみると予想外の返事だった。


 馬ならば呼べば来るのにと愚痴を言うが、城に連れてきて一か月も経っていないのだから仕方がないだろう。少しずつ慣れさせて教えていくしかない。

 むしろ、食事時には戻ってくるならば飼育しやすいのではないかと思う。


 そう言うと、使用人は少しだけ間を置いてから「そうですね」と肯定する。


「思っていたよりも賢いようで、食事の鐘と自分の馬房は覚えているようです。ただ、あの大きさですから、馬房の中にはいたくないようで……」


 二足鹿(ヴェイツ)は馬房の中では頭を屈めていないと天井にぶつけてしまいそうな大きさだ。そんな狭いところに居ろと言っても無理なのは仕方がないだろう。

 少し話を聞いてみると、二足鹿(ヴェイツ)と仲良くしている騎士もいることや、馬房の拡張工事も始まっているとのことだ。


「もう一つ、問題がありまして。こちらをご覧になってください。」


 ぽんと手を打ち、使用人は細長い木の葉のような物を取り出した。軸の部分は白く、外側にいくに従い黄色が濃くなっているが木の葉らしい模様は無い。


「それは一体何でしょう? 見たことがない葉ですね。」

二足鹿(ヴェイツ)の毛なのです。」

「これが毛なのですか?」


 毛とは細長いものだとばかり思っていたのだが、そうではないものもあるらしい。手に取ってみると、とても軽くほとんど重さを感じない。軸は弾力性が強く、曲げるとしなり手を離せばすぐに元に戻る。そして、葉が広がっているように見えたのだがこれは軸から細い毛が一列にびっしりと生えたものだった。


「確かに毛のようですね。一体、どこに生えている毛ですか? これではブラッシングに困るでしょう。」

「頭部と腕の部分に生えている毛がこれなのです。」


 背によじ登ったときには、こんな変わった毛であるとは気付かなかった。ならば、この毛が全身を覆っているわけではないだろう。そう思って聞いてみると、やはり一部分だけが特殊な形状をしているらしい。


 そして、私の思ったように、毛の手入れをどうしたら良いのかが分からないのだと言う。


 つまるところ、馬用のブラシは使えないのだが、私にもどう扱えば良いのかはすぐには分からない。反応を見ながら色々と試してみるしかないだろう。



 その後はひたすら事務仕事だ。魔物の発見報告は他にもあるが、騎士たちに任せてしまうことにした。

 雷光での魔物退治に慣れてきたし、よほど数が多いとか雷光が効かないと分かっている魔物でもなければ、退治に私が必要ということもなくなってきている。


 それよりも農民や商人、職人との調整に時間を割いていかなければならない。

 収穫物を運ぶ馬車の割り振りや、稼働し始める工房の順序を具体的に確定させていかねば、利を巡って争いが続くだけだ。


 商人や職人には序列を作ってしまうのはあまり良いことではないのだが、上から押さえ込んでやらないと先に進まない。



 私の机に溜まっている書類は、各種組合や村落から上がってきている要望も多い。


 昨年の春までは、税の減免の願いが大半を占めていたが、今年はそれは一件もなくなっている。代わりにというべきか、物品流通についての要望が多くなっている。


 農作物の加工や保存のためには必要なものがあちこちで不足しているのだ。金属製品や陶磁製品などもそうだが、特に足りないのは木材だ。


 木樵の組合からの要望には、建材や調度品用はもちろん、燃料としての需要も増えているとある。以前から森の再生について話をしていたため、今回は伐採量の増加について伺いを立ててきたのだ。


「伐採量を増やしたくないのですが、何とかする方法はないでしょうかね。」


 需要が高まるままに無闇に伐採していれば、数年で王都周辺から森がなくなってしまうだろう。そうなってしまえば、果物を得られなくなるなんて話ではない。


 燃料がなければ、民は冬を越すこともできなくなるだろう。どこか魔物のように、冬は地面の下でずっと眠っているなんてできるはずがない。


「そんな都合の良い方法はないだろう。植樹事業は上手くいっていないのか?」

「そちらは予定通りなのですが、想定よりも需要が多すぎるのですよ。今までは手をつける余裕もなかったことに取り掛かりたいのでしょうね。」


 燃料を節約するにしても、なんとかできるのは貴族の部屋の暖炉では魔法を使うくらいだ。魔法を使えない平民は、薪を燃やすしか手段がない。

 そう思ったのだが、ふと思い出したことがある。


「平民でも魔法を使う方法はありますよね?」

「何を言っている? 平民は魔法を使うことはできぬだろう。」

「船には風の道具があるのはご存知でしょう? あれを使っているのは普通の平民のはずです。」


 動かすには貴族の魔力が必要だが、使っているのは普通の民のはずだ。籍を失った元貴族にしか使えないなどという話は聞いたことがない。


「そういえば船への魔力充填は地方貴族の収入源の一つだったな。風ではなく炎を安定的に生むようにした道具があれば、薪の消費量を減らせるということか。」


 そんな物を作ろうとは考えたことがなかったとジョノミディスは言う。私も、ふと思っただけで火の魔法道具が市中にあるのかも分からないし、暖炉に組み込めるようなものを作ることができるのかすら知らない。


 そもそも根本的な問題として、誰が作っているのかも知らないのだ。

 少なくとも私は、魔法の道具を作る職人というのを聞いたことがないし、魔力を持たない平民に作れるとも思えない。


「そういえば、杖や腕輪を作る職人というのも聞いたことがないな。一体、誰が作っているのだ?」

「このウンガス王国では知らぬが、バランキル王国には作れる者はいない。私の知る限りでは、南方のトエト聖国からの輸入であるな。」


 私たちの疑問にはマッチハンジが答える。火の道具にほんの少しだけ期待していたのだが、外国でしか作られていないのではほとんど手の出しようがない。


 トエト聖国の職人に新しくつくるよう指示をすることなどできないし、他にどのような道具があるのかの情報も得づらい。


「ハネシテゼ様ならばあるいは可能かも知れぬな。もしかしたらバランキル王国では既に作り始めているかも知れぬぞ。」


 バランキル王国も同じ問題にぶつかっているだろうし、何らかの対策をしているだろうとジョノミディスは言う。魔法の杖を独自に作る方法を編み出したハネシテゼならば、何かしらの方法を見出しているかもしれない。

 もちろん、真っ当に植林事業に力を注いでいるという可能性もあるが、他の手段を見つけ出している可能性もある。


 早速、手紙を書き、こちらの状況を報告するとともに木材の不足に関して何か良案はないかと問い合わせてみる。


 返事が戻ってくるまで三か月ほどかかるが、これを短縮する方法がないかも合わせて書いておく。こちらは二足鹿(ヴェイツ)を使うことで短縮が可能かもしれないが、運用を開始してみなければどの程度の効果があるのかも分からない。


 分からないことだらけではあるのだが、何とかして状況を打破しなければ先がなくなってしまう。

 万が一、この国から森がなくなってしまったら、滅亡しか道がないだろう。

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