441 不満の溜まる会議
五人の伯爵は当主の交代を命じるとして、問題はエリハオップを誰が治めるかだ。
「新領主は最低でも伯爵であろうな。細かく分けるにしても城がない。」
「それ以前の問題として、功もないのに爵位や土地を与えるのか?」
新しく爵位を授けるのであれば相応の功績が必要だろうと指摘が出る。ヘージュハック侯爵の挙げた候補者も、能力として足りないことはないが功績面では全くの不十分だとするのは本人ですら否定のしようがない。
「順序が逆になるだけだ。エリハオップの地の立て直しを功績とする。異例のこととなるだろうが、領主不在のまま放置し続けるわけにもいかぬ。」
根本的に、エリハオップの後継となるのは罰みたいな部分もある。
農業の改善は進んでおらず、騎士の数もかなり減ってしまっている。北西には不毛の砂地が、東隣には荒れ放題のノエヴィスという立地は、手放しで喜べるものではないはずだ。
「正式な爵位なしに領主代行を何年か、などと話をして希望する者などいないでしょう。それでもやりたいという者はいますか?」
誰も名乗り出ることなどないと思うが、爵位を与えるのは不公平と言われたら確認しないわけにもいかない。試しに聞いてみるが、やはり誰一人としてエリハオップ公爵代理など、やってみようという者はなかった。
「となると、誰かに爵位を与えるか領地全てを王族直轄に組み込むかの二者択一となる。他に選択肢があるならば、遠慮なく言ってくれ。」
そう言っても誰からも何の案も出てこない。難しい顔をしてボソボソと話し合っている者も、結局は渋面で首を横に振るだけだった。
結局のところ、新領主を選ぶ以外に良案は出てくることはなく、話は当初の予定通りに進められた。
話の内容は、基本的に通常の叙爵と同じだ。伯爵位を検討するほどのものではないが、候補者は誰もが知る人物だ。功績と言えるものが全くないわけでもない。
それに加えて、個人の能力はもちろん後ろ盾が十分であるかなど、多方面から領主としての適性について議論される。
候補者のうち二人が辞退し代わりとばかりに一人が加わったりしたが、それは大した問題ではない。最終的には投票によりサナエフォム侯爵の妹であるゼォレミコエに決まった。
「南東部のいくつかの町は王族直轄領に編入するので構わぬな?」
「南東部ですか?」
「南西部はエリハオップの中で最も豊かな土地と聞いているぞ?」
貧しい土地ばかりを残すようにしたのでは、領地運営も成り立たないだろう。それに、王族直轄領から旧ノエヴィス領に直接入れるようになった方がこちらとしてはやりやすい。
ついでに、旧ノエヴィスも王族領にしておく。これも特に反対はなかった。住民が一人もいない土地など、誰の目にも魅力ではないようだった。
むしろ、数年後に帰ってきた王子がその土地まで面倒を見なければならないのかと先王が最も不服そうにしていたくらいだ。
大きな問題が片付くと、あとはいつも通りに例年と同じ議題をこなしていくだけだ。今年は多くの領主が内政に力を入れていたため、目立った領地間の摩擦はないようだ。
その一方で、街道や河港の管理については力を入れようとする領主は多い。工事に使える人夫にも限りがあるし、石や金属の産出や運搬もいきなり増やせるわけでもない。
「まずは石や金属の産地からの主な運搬経路を強化しなければ、いつまで経つまでも供給を増やすことなどできなかろう。」
オードニアム公爵がそういうと、不満そうに口をへの字に曲げる者もいるが、効率優先で進めていきたい。
のんびり、ゆっくりと時間をかけている暇などない。領主にとっては自分の領地の工事だけだが、私たちにとっては、ウンガス王国内すべての工事の計画なのだ。
全てが完了するまで待つつもりはないが、ある程度の目処が立ちもしないのにバランキル王国に帰ることなどできない。
「街道の整備は二十年はかかる事業だ。全てを同時に進める方法などないのだから、各領地ではそれぞれできることを進めていってほしい。」
邪魔な草木を刈り路面を均す程度のことならば、雪解けすぐにでも着手できることだ。多くの石材や木材が必要な工事というのは限られている。
その他にもやるべきことはあるのだ。橋や港のために木材を必要とするならば、また森の木を大量に伐採することになる。
「大規模な工事が必要な領地では、植林にも力を入れておく必要があります。」
「そうは言っても、あれもこれも手を出せるほどの余裕はない。」
「ならば、何かを諦めて植林の優先度を上げてください。すべての領地で確認したわけではないが、森林が減少しているのは一部の領地だけの話ではないはずです。」
木材は、ある程度は他の領地から購入することで足りない分を補うことができる。しかし、それにも限度があるし、供給元の領地だって森が減ってしまえば伐採量を減らさざるを得なくなる。
そう説明しても、反論は出てくる。
「果樹は植えていく予定だが、木材用の木とは人が植えるものなのか?」
「木材の調達に不安があるなどと報告は受けておらぬのだが、それでも優先度を上げて取り組むべきことなのか?」
木を植えることで得られる利益を考えると、優先順位を下げたいというのが多くの領主の共通した考えのようだった。
しかし、彼らは木の育つのに必要な期間を甘く考えすぎだ。植林してから効果が出るまで五年、十年と長い時間がかかるのだ。
足りないと感じてから開始したのでは手遅れとなる可能性が極めて高い。
「森の調査くらいはしてくださいませ。森の面積がどう変動しているのか把握もせずに植林は不要とするのは早計に過ぎます。」
このまま何もしなければ、王族直轄領の森林は十年内に尽きることも加えて説明しておく。
人々が生活していくのに薪は不可欠だし、城でも紙という形で消費し続けている。おまけに、畑を広げるために木を切り倒すこともしている。
全ての領地を見たことなどないし、もしかしたら問題ない地域もあるのかもしれない。ただし、私が見た限りでは、森が十分にある領地はない。
「春からの計画の見直しは避けられぬか。」
「大幅な変更が必要そうだな。今から頭が痛いわ。」
溜め息を吐きつつも公爵たちが植林を春からの事業に組み込むことを受け入れると、中小領地の長たちも敢えてその流れに逆らうことはなかった。
しかし、渋々といった様子であることに間違いはなく、誰もが不満を抱えていることは私の目にも見てとれた。
その後もいくつまの議題をこなしていき、一通り終わったというところでミュウジュウ侯爵が「もう一つ残っている」と手を挙げた。
「何か忘れていたか?」
「来年の食料支援は如何致しましょう?」
「それはバランキルからの支援という話か?」
確認してみると、確認の書状が届いているという。
念のための確認だろうが、もともとバランキル王国としては食料支援は何年も続けるつもりがない。
もしも今後も続くのでは、私たちがやってきた意味がないだろう。帰った後に怒られてしまう。
「それはもう不要ではないか? ほとんどの領地は危機的状況を脱しているし、余るほどの収穫を得ている領地も複数ある。国内で融通し合うことが不可能な状況ではあるまい。」
王族直轄領はもちろん、オードニアム公爵領やザッガルド公爵領は大豊作だ。ナノエイモス公爵なども飢えを凌げる程度をはるかに上回る収穫量を得ているという。
いくつかの小領地の進捗は良くないが、ウンガス国内で食料支援や騎士の派遣をしてどうとでもなる範囲だろう。
敢えて何もしてこなかった領地には、バランキルからの支援を回すつもりはない。私たちに従わないのに、支援だけは受けたいなどと都合の良いことを言われても受け付けるわけがない。
それに対して、特に反対意見もなく、バランキル王国には不要と回答することに決定した。バランキル王国への連絡は、雪解け後に書簡ををミュウジュウ侯爵経由でブェレンザッハに送れば良い。
領主会議が終われば、あとは例年通りの冬を過ごすことになる。基本は毎日執務室に詰め、偶に魔物の報告があれば退治に向かう。
ブェレンザッハでもそうだったのだが、夏の間に頑張って魔物退治をしても、冬になり雪が深くなると冬の魔物が現れる。
春から秋まで一体どこに隠れているのか、冬の魔物は冬にしか見ない。夏の魔物が冬の間は巣に籠っているのは知られているが、冬の魔物の巣穴が発見されたことはないのだ。
そのため、目撃報告があったら退治に行くという手段を取るしかなく、フィエルナズサやメイキヒューセと交代で出ていくことになる。




