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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院1年生
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044 決戦

 夜明け前から黄豹が動きだし、私たちは揃って目を覚ました。東の空は白んできているが、頭上にはまだ星たちが輝いている。


「もう動くのか? まだ暗いぞ?」


 フィエルと並んで眠い目を擦っていると、黄豹に頭から咥えられて背の上に放り投げられる。ちょっと油断するとこれだ。何かしら合図をしてくれれば身を屈めるとかするのに、黄豹にはそんな気遣いはなかった。


「待ってくれ、荷物が……」


 次から次へと背の上に放り投げられて騎士たちが慌てるが、全員を背に乗せると黄豹は南の斜面を駆け下りていく。


 顔を上げているととても怖いので、私は黄豹の首の付け根辺りでうつぶせてしがみつく。坂を駆け下りる浮遊感から一転して左右に揺られるようになり、森を掻き分けるように走っているのが音からも分かる。


 一時間ほどして黄豹は足を緩めた。顔を上げて周囲を見回してみると、もはやここがどこなのか分からない。右側には切り立った崖が続き、左側は木々の先に湖が広がっていた。

 どこからか不気味な低い音が途切れることなく続き、不安を大きくさせる。


「一体何の音でしょう?」

「恐らく、近くに滝があるのかと思われます。」


 滝と言われても、私は今までに滝というものを見たことがない。川の途中に崖があると言われても俄かには想像しがたい。川を通る船は一体どうするのだろう?


 だが、そんなことを悠長に考えていられる状況ではなかった。黄豹が唸りを上げ、足を止めたのだ。


「敵か? どこだ?」


 戦いの準備をしようと騎士たちは黄豹の背から降りようとするが、尻尾に阻まれる。まだ上に乗っていろと言うことなのだろう。いつでも魔法を撃てるよう準備しておく。


「湖から何か来ているぞ!」


 騎士が叫び、私もそちらを見る。だが、魔物らしき影は見えない。一体どこだろう? と、思ったが次の瞬間、そこらを埋め尽くすほどの魔物の大集団が向かってきているのだと分かった。


「一体何だあの数は! いくら何でも多すぎる!」


 もしかしたら、この数日で退治した数を上回っているかもしれない。それがバラバラにではなく、まとまってこちらに進んできている。


 だが、黄豹が睨んでいるのはそちらではない。崖と水の辺が近づくその先だ。そして、そちらに向かって少しずつ足を進めている。


 ならば、あの大集団は私たちが相手にするしかないだろう。黄豹の背に座り、杖へと魔力を籠めていく。近くまで引きつけて、全力の雷光の魔法を放つ。


 七条の雷光が奔り押し寄せてきた魔物たちをまとめて屠るが、そんなことで魔物の大集団の動きはまったく揺るがない。死んだ仲間を踏み越えて押し寄せてくる。


 フィエルに杖を渡している余裕はない。何百匹、何千匹いるのか知らないが、隙間もなく進んでくる魔物たちは地面が動いているように錯覚してしまう程だ。それが黄豹を取り囲むようにいくらでも出てくるのだから、フィエルも騎士たちも休みなく魔法を撃ち続けるしかない。


 時折、黄豹が威嚇するように足を踏み鳴らすが、魔物はたじろぎもせずに数を頼みに押し潰さんとばかりに迫ってくる。


 周辺に(うずたか)く魔物死体の山ができあがり、私たちが息を切らし始めたころ、正面から岩の塊としか思えない魔物がやってきた。


 あれが、黄豹に酷い傷を負わせた魔物なのだろうか。黄豹は唸りを上げて身を低く構えるが飛び出しはしない。魔法を放つ様子もないし、一体、どのように戦うつもりなのだろう?


 だが、それを気にしている余裕もない。何百何千という死体の山を築きながら今なお魔物たちの行進は止まらない。その死体の山も騎士たちの魔法で炎を上げていて、乗り越えてくる前に半数ほどが火と煙に巻かれて力尽きているのに、そんなこともお構いなしだ。


 死んだばかりの魔物を盾にして、踏み台にして後ろから別の魔物がやってくる。私は体力と魔力の続く限り雷光の魔法を放ち続けるしかない。



 唐突に、耳障りなギャリギャリといった轟音が発せられて、私は思わず身が(すく)みぎゅっと目を閉じる。


「あの化物か!」

「来るぞ!」

「伏せてください。黄豹も動きます!」


 騎士たちは驚きこそしたものの、冷静なようだ。周囲をしっかり見て何が起きているのか把握しようと努めている。


 その直後、黄豹も負けじと吼え返す。だが、その足は少しずつ後ろに退がっている。だが、黄豹の背後にも大きな死体の山があるし、続々と魔物は迫ってきている。


 黄豹も当然それを知っているからなのだろうか。尻尾を振りながら、魔物の山との距離を測っているようにも見える。そうしているうちに、突如、黄豹は頭を下げた。


 私たちのいる黄豹の背からは、目の前にまで迫ってきている岩の魔物が丸見えになる。


「アレを撃てということか?」

「恐らく。」


 私が渾身の力をこめて雷光を放つと、隣のフィエルもそれに並ぶ。さらに騎士たちの火柱や爆炎の魔法によって魔物は炎に包み込まれる。


「効いているのでしょうか?」

「分からぬ。攻撃を続けるしかないだろう。」


 黄豹が何を狙っているのか分からないが、私たちは全力を尽くすしかない。立て続けに雷光の魔法を放っていると、魔物は鬱陶しそうに全身を震わせる。


 どれ程なのかは分からないが、効いてはいるのだろう。フィエルと頷き合ってさらに雷光を飛ばす。


「何だ、あれは?」

「黄豹の魔法だ! いつの間にあんなに!」


 正面の魔物に集中していて気づかなかったが、黄豹の周囲にはいくつもの魔力の玉が浮かんでいた。挨拶の時よりもはるかに強い黄金の輝きを放つ魔力の玉は、ハネシテゼのいう魔力飽和攻撃用なのだろうか。


 雷光の魔法を放ちながら横目で見ていると、魔力の玉はその数がどんどん増えていく。そして、ついに目の前まで迫ってきた岩の魔物にすべての魔力の玉が叩き込まれた。


 魔力の飽和攻撃は、相手の許容量の方が上回っていたらまるで効果がない。中途半端に魔力をぶつけても、魔物は魔力を食らって喜ぶだけだとハネシテゼは言っていた。


……もし、足りなかったら大変だ。以前、黄豹がこの魔物と戦った時は足りなかったのではないだろうか。


 母の杖をフィエルに預けると、私は残りの全魔力を右手に集中させていく。魔力を集中させすぎたせいか、手が激しく痛むが手のひらの先に魔力の玉を浮かべれば少しはマシになる。


 その魔力の玉を投げつけて、そのまま私は気を失った。




「ここは……?」


 目覚めたとき、自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。自分の部屋のベッドの上にいるのだから、分からないはずはないのだが、私は黄豹とともに魔物退治をしていたはずだ。


 窓は閉じられていて、今の時刻は分からない。ベッドの脇のベルを鳴らすと、すぐに側仕えたちがやってきた。


「お目覚めになられたのですね。」

「随分と心配したのですよ。」


 側仕えたちはそう言って私の手を取るが、一体、私はどれほど眠っていたのだろう? どうして自分のベッドで寝ているのだろう?


「他のみんなは、フィエルは無事なのですか?」

「皆、元気です。ずっと気を失っていたのはティアリッテ様だけでございますよ。」


 そう言われると、まるで私だけが手のかかる子どものようではないか。思わず頬を膨らませていると「昼食の時間になるので支度してください」とベッドから起こされた。


 軽く湯浴みを済ませ、着替えて食堂に向かうと私以外すでに全員揃っていた。


「申し訳ありません。遅くなりました。」

「本当にですよ。三日も待たされましたからね。」


 私が頭を下げると姉が呆れたように言うが、「早く席につきなさい」という声は優しげだった。

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