表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
439/593

439 足並みのそろわない領主たち

「特に何も要請も相談もない領地では、農業収穫の向上が問題なくできていると認識したので良いか? 来年の今頃、食料不足に苦しんでいるような領地があれば、領主の交代をしてもらうことになる。」


 ジョノミディスがそう冷たく言えば「横暴だ!」と声が上がる。しかし、これから次の話をできない者は領主としての器にないと言わざるを得ない。


「今からしたいのは、十分な食料生産ができた後の話だ。来年も再来年も食料不足に苦しんでいるようでは話にならぬ。」


 すでに十分な食料生産を確保できた領地は一つや二つではない。それで満足してもらうわけにはいかないし、彼らもその先をすでに見ている。


 一歩出遅れているくらいならばともかく、踏み出す気すらない者はこの場にいる価値がない。


「私は特産品の復興は早期に着手したいと思っているが、卿らはどうなのかね?」


 オードニアム公爵が問い掛ければ、公爵の半数以上は即座に反応する。


「我が領地でも、来年以降は各種産業の復興を進めていく予定だが、ここで何か話をすることがあったかね?」

「皆で同じものを作っても仕方があるまい。数年後はともかく、二、三年は競争するよりも分担した方が互いのためだろう。」

「なるほどな。」


 簡単に説明すれば、すぐに納得する。そして、変更を受け付けられるのは今だけだとして、翌年以降への話の持ち越しをナノエイモス公爵が拒否すると他の公爵もそれに倣った。


「他の領主はどうだ?」

「一度に手をつけられることには限度がある故、後回しにして良い産業は相談したいと思っていたところだ。」

「来年は農業を安定させることを考えていたが、次を考える余裕がないわけではない。」


 重ねて問えば、侯爵たちも進捗状況こそ異なるが前向きに計画を進めていきたい旨を述べる。今年は支援を求めてきた小領地の領主も、やる気がないわけではない。


 その土地特有の事情や、伝染病などは簡単に克服できるものではないが、騎士や食料を支援して生活の安定させて体力を付けさせるのが一番の近道だと思う。


 そういった地域へは最大限の支援していくことは公爵たちには話を通してある。


「それでは、最初にに力を入れていきたいものを挙げていきましょうか。直轄領では白豆油の生産を増やしたいと思います。養豚や養鹿も進めていきますけれど、皮革や燻製肉の生産が増えるのは二、三年後ですね。柑橘の木も増やしていきます。」

「オードニアムで優先的に強化するのは紡績織物の予定だ。先代の頃は獣毛が主だったが、今は羊花の栽培を増やすつもりだ。」


 順に挙げていくと、やはり偏りがあることは分かる。畜産を強化するにも、豚や羊はそう簡単には増えない。力を入れるにしても、実際に毛や肉を得られるようになるまでに最低でも一年以上の時間が必要だ。


 いずれは皮革やチーズやバターなどの乳製品の生産を盛り立てていくとする領主もいるが、一番に手をつけるのは畑で採れるものであるのはどこも同じだ。


 香辛料や花蜜、染料の材料となる草花。主食や副菜となる作物以外にも、畑で採れるものはいくつかある。


 その中で、効率が良いと考えられるのは油の採れる豆や綿を取るための花だ。油や綿を取った残りの茎や葉は、余さず家畜の餌としても使える。


 香辛料や染料用の植物は毒性があるものも少なくなく、最初は種類が偏る。その上、植えてから採れるまで二年、三年を要するものもあり、来年すぐに生産を増やすというわけにもいかない。


 そうすると、育てやすいと言われる葡萄や木苺に人気が集中する。もちろん、元々の産業を広げていくとする者もいるし、それができるならば確実だろう。


 一通り、各地の計画が報告されると、多すぎる油の生産を別の何かに振り分けていかねばならない。国中に油が溢れても良いことはない。


「油の生産強化はこの半分で良いな。別のものに変更できる領地はどれくらいある? 直轄地は、そうだな。酒造に切り替えよう。」


 副案はいくつか持っている。酒造も他の領地が名乗り出るならば、植林に力を入れても良いと思っている。果樹を多く植えれば、数年後には果物を採れるようになる。


「こちらはもともとは青辛子の産地だ。そちらに力を入れましょう。」

「我が領地も、お茶畑の復活を優先させるとしましょう。」


 呼びかけてみれば、いくつかの領主が方針の転換を申し出る。元々、香辛料やお茶の一大産地だったというのだから、そちら方面で頑張ってくれればと思う。



 みんなが前向きに考えていれば、意見がぶつかることがあっても話は進んでいく。

 活発に議論が進むなか終始無言のまま周囲を睨む者もいるが、それは無視だ。



「ところで、糖菜はどこもやらぬのか?」


 振り分けがそろそろ終わろうかというころ、思い出したようにマッチハンジが質問する。そういえば、糖菜を挙げている者はなかった。砂糖はジャムやお菓子に使うし、生産量を増やして良いと思う。


 だが、返ってきた言葉は予想外のものだった。


「糖菜、ですか?」

「そのような作物は聞いたことがございません。バランキル王国では多く栽培されているのですが?」


 そのような野菜など全く知らないと言われるとは思わなかった。私たちの知らなかった野菜があるのだから、その逆もあって然るべきなのだが、なかなか発想がそこに向かわない。


 聞いてみると、砂糖の生産は南方の糖笹により行われていると常識のように言われてしまった。


「どちらの方が効率が良いのでしょうね。」

「全く分からんな。だが、今から種を取り寄せることもできぬし、来年の糖菜の栽培は無理だろう。」


 雪が解けてからスズノエリア公爵に遣いを出しても、種播きの時期が終わる前に戻ってくることはできない。バランキルに向かう者に手紙でも持たせて、秋までに種を送ってもらうようにするくらいが精一杯だ。



「それで、(きょう)らはどうするつもりだ?」


 一通りの振り分けが終わると、ジョノミディスは無言を貫いていた伯爵たちに呼びかける。何の案もなく、ただ無為に過ごすような領主は要らない。領地の利益を考え、発展のために勤しむ者こそが領主に相応しい。


「バランキル貴族にそのように言われる筋合いなどない!」

「我らはこれまで通りやっていこうというだけのこと。領主の器だの偉そうなことを言うでないわ。」


 伯爵たちは口々にそう言い返してくるが、残念すぎて溜息しか出てこない。いや、涙まで出てきそうになるくらいだ。


「確かに、領主としての器は疑わしいな。そなたら、いくらなんでも利に疎すぎるのではないか?」


 そう言うのはボルシユア公爵だ。もともと王族に対して反目している派閥の筆頭格で、エリハオップ公爵と並んで私たちに対抗するような姿勢を見せていたのだが、こと農業生産の改善に関しては思った以上に素早い動きを見せている。


 冬を越すのに十分な量どころか、周辺領地に支援の食料を送れるほどの収穫を得ていると言う。


「いくら反発したところで、力がなければ蹴散らされ踏み潰されるだけだろう。其方(そなた)らが何をしようとも、領主交代が決定されればそれを止める手段はあるまい。」


 恐らく伯爵たちはボルシユア公爵が自分たちの味方だと思っていたのだろう。だが、今の公爵の言葉は彼らを見捨てるという宣言に他ならない。少なくとも、領主交代に対しては会議室で反対意見を述べる以上のことはしないということだ。



 後ろ盾がないのだと分かった伯爵たちは、途端に慌て始める。騎士の数が、領地内の工事が、などと言い出すが、そんな話はとっくに終わっている。


「騎士を派遣する領地の順序は先ほど決定したはずだ。魔物退治が進めば工事も捗るはずだが、一体何が問題なのかね?」


 そう言うのは、今まで横で静かに見ていた先王(ヨジュナ)だ。そして、利益がどこにあるのかも見ずに、ただ感情的に反目するのは愚かでしかないと断じる。


 その言葉に反論する者はどこにもない。公爵も侯爵も、当然だとばかりに侮蔑の視線を伯爵たちに向けるのみだ。


「何人か新しく伯爵を決めねばなりませんね。ヘージュハック侯爵、適任者はありますか?」

「ふむ、伯爵の適任者なら数名候補があるな。」


 私が話を振ると、ヘージュハック侯爵は顔色一つ変えずに何人かの名前を挙げる。すらすらと出てくることに怪訝な目を向ける者もいるが、エリハオップの後任者も決めてしまわなければならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ