438 二度目の領主会議
公爵会議は穏やかに進み、全ての議題を終えることができた。いくつかの公爵は反発するだろうと思っていたのだが、予想外のことである。
その後、ヘージュハック侯爵と会談を設ける。領主会議が始まる前に、エリハオップ公爵の動向を可能な限り明らかにしておきたいためだ。
「エリハオップ公爵が城を出た? 私は何も聞いていないのだが、我が領地に入ったのは確かなのか?」
眉ひとつ動かさずにヘージュハック侯爵は知らぬと断言した。夏以降に領主一族の誰かが訪れたりはしていないかと訊ねても、「我が城に来たことはないし、訪問を受けたという小領主からの報告もない」と淡々と返されてしまうだけだった。
「私からも聞きたいことがある。」
表情も変えずにヘージュハック侯爵が言うために身構えてしまったが、内容は農業収穫に関してだった。
「我が領地でも試みてみたところ、驚くほどの収穫増加があった。バランキル王国ではいつ頃、どのようにして斯様の方法を発見したのだ?」
無表情のまま急な話題転換をされれば、返答に迷うし変な間が空いてしまう。それでもヘージュハック侯爵は表情を崩すことなく、じっとこちらを見つめている。
「現国王のハネシテゼ様が十年ほど前に発見したものだ。発見に至った経緯は私も詳しくはない。」
首を傾げて互いに目配せをするとジョノミディスがそう答えるが、実際にはかなり詳しくハネシテゼから聞いている。
ハネシテゼは、魔力の放出は二歳ごろに子どもの遊びの中でやり始めたことらしい。彼女は自然に身に付けていた技術だというが、普通は自然にそんなことをするようにはならない。
その後も何度も常識はずれの行動を繰り返し、魔力を与えることで植物の成長が促進されることを確信するに至ったということだ。
だが、それらの話はあまりにも非常識すぎて、本当のことを言っても真実であると信じてもらえないだろう。
ならば、偶然に発見した以上に詳しくは知らないとしてしまった方が話の流れとしては綺麗になる。
「地方貴族が国王の座に就いたと聞いているが、それは不作を終わらせた功績のためか?」
「ハネシテゼ様には、他にも幼い頃からいくつもの功績がございます。単独の功のみで王位を得ることはありません。」
それは王族であっても同じだ。ただ王の子であるだけでは王に足りない。王であるための力と実績を示す必要がある。
一体、何の意図であるのかは分からないが、これくらい情報ならばウンガス貴族に流してしまっても問題ない。それで国を崩せるような企みをおこせるはずもない。
「話を戻しますが、本人および一族がいなくなってしまったため、エリハオップ公爵は爵位を廃止することになりました。そうなると問題は後任をどうするかなのですが、派閥をまとめて候補を絞っていただけますか?」
「何故、それを私に言うのだ? 派閥の長はチェセラハナ公爵とするのが順当であろう?」
依頼する相手を間違っているとヘージュハック侯爵は片眉を上げる。しかし、先の公爵会議でヘージュハック侯爵に任せることに決まっているのだ。
「エリハオップの周辺情勢は、隣領を治める侯の方が詳しいであろう。領主としての能力として些かも劣っていないと評判だ。」
チェセラハナ公爵からも任せて問題ないと同意を得ていると言うと、ヘージュハック侯爵は珍しく表情を崩した。
口をへの字にし、あからさまに嫌だという表情を作るのだが、普通はそこまで嫌がることでもないだろう。
自分に都合の良い人物を隣の領主として推せる立場を得られれば、大抵の領主は喜ぶはずだ。
「期限は、できるだけ早くだな。この冬の間に決めてしまわねば、色々と面倒なことになるのは目に見えておる。全く、難題を押し付けられたものだ。」
愚痴を吐くように言うが、さすがと言うべきかヘージュハック侯爵はとても理解が早い。領地の分割も視野に入れてどうするのが最善かを検討すると引き受けてくれた。
ヘージュハック侯爵との会談を終えると、日をおかずに全ての領主を集めた会議が始まる。
越境して動き回る魔物の情報や、河川や街道の状況など複数の領地が関わる問題はいくつもある。来年通りに会議は進行していくが、今年は新たな議題もある。
「ここに来ていないことを訝しむ者もいるだろう。エリハオップは公爵として認めることはできぬ。土地や城を放棄して出ていったのだから、自らその資格を捨てたと解するのが妥当だろう。」
そう言うと議場は騒然となるが、公爵会議でも結論が出ていることに異論は出てこない。むしろ、周辺の小領地の領主は安堵の表情を浮かべるくらいだ。
経緯を求める声もあったが、それは後ほど文書で通知することにして、次の話題へと進むことにした。
「長年続いていた不作については、解決済み、あるいは解決の目処が立ったということで問題ないな?」
ジョノミディスの言葉に、一部の領主が一斉に顔色を変える。公爵はすでに話をしているし、侯爵も大半は余裕の表情だ。
そんな中、険しい顔をするのは伯爵たちだった。
あまり力のない子爵や男爵の方が苦しいのではないかと思っていたのだが、町の数が少ない小領地の方が統制が取りやすく小回りという面では優れているのかもしれない。
「何か問題があるのですか?」
不満そうな顔をする者たちに向けて聞いてみる。ただし、単に私たちが気に入らないという個人的な気持ちだけならば無視して話を進めるだけだ。
「ピレシェプォ領は大部分は山岳地帯だ。魔物退治と一口に言うが、平地にある領地と一緒に考えられても困る。」
そう言うピレシェプォ伯爵の領地は北東の端に位置している。魔物が多い上に寒冷な気候で、他の地方から比べて作物の実りが悪いのは何百年も前からのことだと言う。
「さすがに気候はどうすることもできぬが、魔物退治は騎士の強化で対応可能だ。雪が解け次第、騎士を一班派遣しよう。」
一班、つまり十四人出せば、中型以上の魔物を平均して一日に一千程度は退治できるだろう。休日や移動のための時間を考えても、数箇月もあれば七、八万程度は処理可能だ。
それだけで伯爵領の魔物を根絶できるとは思わないが、半減くらいはできるだろう。絶対数を大幅に減らせば、現地の騎士でも残りの対応はできるだろう。
「騎士を、派遣ですか?」
そのような対処は想像もしていなかったのかピレシェプォ伯爵は目を見開き呆然とした表情を作る。
「モレニラ子爵とポルケン男爵から依頼があり、食料の支援をするとともに騎士も派遣している。」
そう言うと、伯爵らの視線が子爵と男爵に注がれる。そんな中で二人は立ち上がり、礼を述べる。
「先王陛下、ジョノミディス様、要望に迅速に対応いただき、感謝に堪えませぬ。」
そう言って二人揃って恭しく敬礼する。
「お貸しいただいた騎士の活躍は大変目覚ましく、わずか二か月でモレニラの魔物はかつてないほどに減っております。」
「ポルケンでも同様にございます。大変に苦戦していた大型の魔物をあっと言う間に仕留めたと、評判になっております。」
帰ってきた騎士たちから報告は受けていたが、大活躍をしてきたらしく二人とも嬉々として騎士の活躍を語る。
西と東でどれほどの差があるのか知らないが、あの山脈に巣食う魔物の数は膨大だ。数千を倒したくらいでは減った気がしないのだから、何十万、何百万という数が棲んでいるのだろう。
危険極まりないため、通常は山奥まで入っていくことがないくらいだ。私も銀狼や青鬣狼を伴わずに騎士だけで入っていったことはない。
当然、今回派遣した騎士にも山奥に入るなとは言ってある。将来的には山奥の魔物も退治してしまいたいが、今は人里周辺が優先だ。
追い払うに止まっていた大型の魔物をいくつも仕留め、徹底的に駆除を進めて中型以上の魔物がいなくなった地域ができたという。
「小型の魔物も作物の収穫に影響を与えますので、今後も積極的に退治していく必要はございます。」
「承知しております。小さな魔物を捕らえて食する大型の魔物がなくなったため、増えやすい状態にあると認識しています。」
それが分かっているならば問題ないだろう。場合によっては、周辺領地とも協力して駆除を進めていってほしいと思う。
子爵と男爵は満足そうに報告をしたのだが、不満顔の者たちの表情は変わらなかった。そもそも、彼らはバランキル貴族の私たちが出した案に従うのが嫌なだけだろう。
だが、彼らはその態度が何を意味するのか分かっているのだろうか。
派閥や立場にかかわらず、公爵たちは不快そうな目を彼らに向けていることに気付いていないのだろうか。




