436 食べ物があふれる季節が過ぎて
秋風が吹き始める頃に、麦の収穫は一段落する。集めさせて元訓練場に植えておいた果物の種もすくすくと育ってきている。
エリハオップから来た馬車に食料を満載して送り出したが、城の部屋を埋める木箱の数はむしろ増えていた。
「余裕を持って大目にというのは理解できるのだが、いくらなんでも穫れすぎではないのか?」
先王が困惑の表情で運ばれてくる木箱を眺めるが、私もここまで収穫量が増えるとは思っていなかった。
「麦でも収穫量が例年の四倍近くにもなるとは思いませんでした。これから始まる芋の収穫が怖いくらいです。」
「芋はどれくらいになる想定なのだ?」
「麦は二倍から三倍、芋は三倍から四倍を想定していました。麦が四倍近くなのですから、芋は五倍を超えるかもしれません。」
そう答えると先王は頭を抱える。
既に麦だけで八部屋が埋まっているし、豆や芋の収穫が進めば追加で十四くらいは埋まりそうである。
城には元々空き部屋があるが、二十も食糧で埋まると部屋から追い出される者も出てくる。さすがに豊作だと喜んでいられる状況ではない。
「乾燥処理を頑張るしかないですね。消費量を増やす方法なんて思いつきません。」
「乾燥を頑張れば何とかなるのか?」
「麦と豆はほとんど変わりませんけれど、それ以外は何割かは嵩と重さを減らせるはずです。」
乾燥加工することで、収穫時の半分から三分の一くらいまでには嵩を減らしている。さらに半分くらいまで減らせるものも多いのだが、そこまでやっていないのは、単に処理する時間の都合だ。
「どうやって、それを実現するつもりだ?」
「一人当たりの作業時間を延ばすしかないでしょうね。」
あまりやりたくはないが、陽が落ちてからも作業を続行する。作業する者全員というわけにはいかないが、四十人分程度の宿泊場所なら今ならまだ確保できる。
作業の体制も見直して、効率の向上を図るのも大切だ。人には得手不得手というものがあるし、加工する作物によっても手順が違う。何種類も届く作物をどう配置していくのも重要だ。
加工処理の改善を模索すると同時に、出荷先も探していく。酒や甘味などは芋や小麦を必要とするはずだし、どんどん生産してもらいたい。
「そういえば、以前にハネシテゼ様も酒造を強化すると言っていたな。」
そういえば、まだ学生だったころに聞いたことがある。大量に実る麦や芋を消費してしまえる産業を強化するのだと計画していたはずだ。
「この目で見たことはなかったが、デォフナハの城もこの状況だったのか。デォフナハ男爵も頭が痛かっただろう。」
「ハネシテゼ様も城の部屋に食料を積み上げていたのですが?」
ジョノミディスが漏らす言葉にメイキヒューセが首を傾げる。学年の違う彼女は、私たちほどはハネシテゼやデォフナハのことを知らない。
「三年生の頃でしたっけ? デォフナハ男爵が、城が食べ物が埋め尽くされると嘆いていましたよ。」
そう言うと、ハネシテゼにも失敗があるのかとメイキヒューセは少し驚いた顔を見せる。どうやら、凄まじい功績を見せつけるハネシテゼに欠点があるようには見えないらしい。
「あれでハネシテゼ様も欠点だらけだぞ? ティアリッテ以上に社交には疎いし、前触れなく非常識なことをし始める。」
「何か失礼なことが聞こえた気がするのですけれど?」
「気のせいだ。」
私の苦情を気のせいの一言で片付けて、フィエルナズサは欠点を補える者を味方につけるのが大事なのだと言う。
「とにかくだ。エーギノミーアやウジメドゥアで有効だった消費拡大策で使えそうなものはないか?」
「甘味の製造は割と簡単に広まりましたけれど、それほど大きな効果があるわけではないですね。」
「長期的には畜産の強化なのだが、今すぐに効果は出ぬな……」
エーギノミーアでは、生産が増えてきた年から西方への食料支援を送ることが続いたため、倉に入りきらないという事態にはなっていない。
ウジメドゥアでも支援と生産量を調整すれば良いだけだったらしく、そこまで苦労してはいなかったらしい。
「税を減らしてでも、二次産業の生産力を強化するよう申し渡すか?」
「減税はやりすぎだな。今すぐ強化できる産業は限定的だ。減税しての産業強化は来年以降、毛や皮の加工ができるようになってからだろう。」
減税するといえば、飛びつく市民は多い。動きが早い分だけ効果が期待できるが、他の職との軋轢も生まれやすくなる。それだけに使い所が重要だとジョノミディスは言う。
そうして話をしていると、先王は不思議そうに首を傾げる。
「職人になど、命令すれば良いだけではないのか?」
一々、私たちが頭を絞って案を出そうとするのが本当に理解できないのだろう。バランキルの貴族でも、平民を見ようとしない者はいるが、ウンガス王国だとその傾向がとても強い。
「命令するだけでは効率が悪すぎるし、その後の発展もありません。」
意図や計画を伝えて理解させた方が、より高い成果を得られる。
民をどう動かし、領地をどのように発展させるかを考えるのは領主の仕事だ。命令するだけで目的が達成できるほど、領主の仕事は簡単ではないし、それは国王の仕事だって同じはずだ。
打てる施策を打ち、支援を求めてくる領地に食糧を送りつけ、食料で埋まる部屋の数は何とか十に抑えることができた。
エリハオップから借りた馬車は、十分に活躍してもらってから約束通り食料を満載して返している。
元魔術訓練場には昨年の倍ほどの木の苗が育っているし、こちらも順調といえるだろう。
市中にも食べ物が溢れ、冬も間近に迫るにもかかわらず活況はおさまる気配を見せもしない。
そんな中、各地から領主が集まり始める。
「さすがに王都は賑やかなものですな。」
同じ言葉でも、上機嫌に笑いながら言う者と嫌味っぽく鼻を鳴らす者がいる。
オードニアム公爵は前者側で、彼の領地も収穫を大幅に増やすことができたと快活に笑う。
「昨年も同じことをおっしゃっていませんでしたか?」
「昨年は飢える者がなくなる程度には収穫を得られたが、決して蓄えに余裕があったわけではない。今は来年の夏まで食べていけるだけの量が倉にある。」
前を向いて産業の発展を進められるだけの蓄えを得られたということで、他の領主とも色々相談したいと言う。
「自領の産業の発展は他の領主に指図される謂れなどないし、好きにやれば良いのではないか?」
「他の領地と同じことをしていたのでは交易もできぬだろう。産業が偏っていては、国としての発展に問題があると思うが?」
確かに、揃いも揃って油ばかり生産するようになってもらっても困る。だが、何十年か前は各地とも特産品があったのはずだし、その技能が完全に失われたわけでもないと思う。
「もともと得意としていた産業を復活させてくれれば良いと思っていたのだが、それでは不満か?」
「不満ということではありませんが、職人が残っておらず、復活の難しいものもございます。」
他の領地も似たような状況であるならば、比較的参入障壁の低い産業に集中する可能性があるとオードニアム公爵は言う。
産業を支えていた職人や家畜が残っていないという話は私も何度も聞いている。多くの職人も畑を耕さねばならないほどに、不作の期間が長すぎたのだ。
「確かに、職人や技術が失われているという問題もあるな。近隣の領地も合わせて職人を一箇所に集めた方が良いこともあるかもしれぬな。」
何ごとも一人で頑張るより、複数人で知恵を出し合った方がより良いものができる。逆に言うと、競争相手も協力する仲間もいないのは非常に辛い。
恐らく職人も一人でやらせるより、競争や協力をする相手がいた方が成果を出すだろうというのは間違っていないだろう。
「オードニアム公爵の望みは理解しました。私たちもできる協力は惜しみません。」
前向きに繁栄するための努力を否定する理由などない。周辺の小領地も巻き込んで、発展に勤しんでほしいと思う。




