435 課題の多い夏
あまりに常識を超えた動きをするエリハオップ公爵に関しては、考えるだけ無駄として爵位の剥奪をした旨だけ各領主に伝えることにした。
何十も書類を作成し、商人を呼びつけて隊商に振り分けさせる。最近では領地を越えていく隊商が減っているらしいが、公爵領へ行く者が全くいないわけでもない。
そこからさらに地方を巡る商人に書類を預けるのだが、遠方の小領地に届くのはかなり時間がかかる。下手をしたら今年中に届かない恐れもあるが、そこは諦めるしかない。
異常事態への対応が終われば通常業務に戻る。下級の騎士や文官を指導して収穫物の運搬や加工を加速させ、上級の騎士には豊かに実った畑を狙って寄ってきた魔物を徹底的に退治させる。
何かを片付ければ別の問題が発生し、私たちは休む間もなく忙しい日々を送る。
収穫が円滑に進むようになれば、今度は徴税部門の記帳が追いつかないという事態となるし、秋を待たずに倉が完全に埋まってしまい、城のいくつかの部屋が食料庫とも化した。
と思えば、いくつかの領地から食料支援の依頼がやってくる。
「モレニラ子爵領というと、どこでしたっけ?」
「南東だな。さらに南隣のポルケン男爵からも来ているが、あの国境の山はこちら側でも魔物の巣窟のようだな。」
どちらも、陳述書には山から降りてくる魔物の対応で手一杯で、畑の周辺の魔物退治も進んでいないと書かれている。
どこまで事実なのかは分からないが、退治をいくらしても延々と魔物が湧いて出てくるというのは理解できないわけではない。
「雷光の魔法を教えないと、戦力的に厳しい領地は他にもありそうですね。」
「そこをどう進めるのかは難しい問題だな。」
雷光の魔法は王宮の騎士では使える者が増えているが、それ以外には教えていない。小領主はもちろん、各領主の騎士で使える者はないはずだ。
教えていない理由は簡単で、叛乱の心配があるからだ。戦力を強化すると勘違いして騒ぎを起こす者が出てきそうでならない。
私たちがここにいる間は目立った動きをすることもないだろうが、何十年もこの国に居座るつもりはない。王子らが戻ってくる数年後にはバランキル王国に引き上げる予定だ。
その後すぐに内乱が始まってしまうのでは、私たちの努力が無に帰してしまう。
「オードニアム公爵やナノエイモス公爵ならば信頼できるし、雷光の魔法を教えても良いのではないか?」
ウンガス王国の領主の中にはとんでもない者もいるが、賢明な者もいる。忠誠心はともかく、知性を見極めるのはそう難しくないというのがフィエルナズサの主張だ。
その理屈自体は間違っていないものの、ジョノミディスとマッチハンジは揃って首を横に振る。
「確かに彼らが愚かな叛乱騒ぎは起こすとは思えないが、対応に格差をつけると他がどう出るかが読めぬだろう。」
「変に派閥を作ると国が割れる恐れすらありますからな。私から見ても、雷光は強力すぎます。」
強力な魔法であるだけに、貴族によって差を付けると強い反発が予想されるというのも理屈である。
「魔物退治が厳しいという地域には騎士を派遣してみますか?」
「騎士を派遣できるほど余裕があるのか?」
「十四人くらいなら出せますよ。」
私は自信を持って答えたのだが、何故だかみんな揃って苦い笑みを浮かべる。
私は雷光の魔法を使える者を十四人も出せば、相当に魔物退治は捗ると思っている。
そもそも私は十歳くらいの頃から魔物退治に駆けまわっていたが、連れていた騎士は最大で十四人だ。それで仕事ができていたというのは思い上がりではないはずだ。
「ティアリッテが出せるというならば、試しに派遣してみるか?」
「中級騎士も雷光の魔法を使えるようになってきていますから、上級騎士を一人隊長に中級騎士で編成してみましょう。」
王都を離れての長期出張は、人員の選出に気を遣わねばならない。気の合わない者と何ヶ月も一緒に過ごすのは誰だって苦痛だ。
出張を切っ掛けに仲良くなってくれれば良いのだが、そんなに上手くいくならば誰も苦労などしない。
「モレニラ子爵領とポルケン男爵領には馬車を何台送りましょう?」
「馬車は騎士より捻出が難しいですよ。今、この王都で空いている馬車なんて一つもありません。」
送る食料は、城の部屋を占拠している木箱が百以上もあるが、それを積んで運ぶ馬車の用意が難しいとメイキヒューセは短く嘆くように言う。
「小領主の町に空いている馬車はないのか?」
「恐らく、ないですよ。」
「まずは、使者が乗ってきた馬車に載るだけ載せてやれ。」
人用の馬車では、それほど多くの荷を載せることはできないが、木箱の数個くらいは何とかなる。一緒に乗る文官は少々窮屈な思いをするだろうが、仕方がないだろう。
「エリハオップに行けば、確実に馬車が空いているのではないですか? 返却の際には、荷いっぱいに食料を積んでおくといえば借りられる可能性は高いでしょう。」
メイキヒューセがとても良いこと遠思いついたと声を大きくする。確かに、馬車の調達には時間が掛かってしまうが、少ない馬車で何度も往復させるよりは良いだろうと思う。
「よし、エリハオップ宛に書簡を送ろう。公爵代行と小領主宛に合わせて七、八あれば良いか?」
「そうですね。あまり遠い地方の町から出してもらっても時間がかかり過ぎてしまいますから。」
領主から他の町まで呼びかけてくれるのは構わないが、こちらから至急で依頼するのは限定的で良い。他の領地からも支援の依頼が来ないとも限らないし、多くの馬車が集まるに越したことはない。
「うむ。私も異論はない。」
フィエルナズサやマッチハンジも同意したならば、すぐに実行に移す。何日もかけて検討などしている場合ではない。
書簡の内容としては、食料の不足している地域への支援用の馬車が足りないとそのままの理由を書く。
「馬車を借り受ける期間はどれくらいだ?」
「往復に二か月をみておくと、三か月以内の返却としておけば問題ないのではないだろう。」
「報酬はどうする? 食料を積んで返す以外に何かあるか?」
一つ一つ確認しながら、詳細を詰めつつ書類を作り上げていく。
小領主や商人が判断をするのに必要な情報を全て記載しなければ、検討のテーブルに載ることもない。内容がよく分からなければ却下となってしまうのは必然だ。
条件として、借りている間の馬の食料や御者の報酬もこちらで負担すると明記する。少なくとも、貸し手側の負担がないとしなければ、応じようと思う者はいないだろう。
加えて、帰ってきた馬車に食料が満載されていれば、馬車の運用で得られるはずの利益の代わりになるだろうと思う。
そうしている間にマッチハンジが使いに出す文官を選び、どのような経路を取れば良いかを検討している。それと同時に騎士団と厩舎にも至急の用意をするようにと指示を出す。
一時間もせずに全ての準備が整い、四人の文官が出発していった。予定通りに進めば、十日後くらいから馬車が集まってくるはずだ。
それを待つ間、何もないなんてこともない。
モレニラ子爵領とポルケン男爵領へ向かう騎士を選出し、馬車が来るまでに準備を整えておいてもらう。
予想通り増えてきている野ウサギを狩るための人員は農業から解放していかなければならないし、植林の準備も進めていく必要がある。
街道や河港の整備も進めたいし、やりたいことは沢山あるのに、人の手が足りなすぎる。
「焦りすぎだ、ティアリッテ。今年は農業の強化に集中する予定のはずだ。」
「そうなのですけれど、河港や橋などは状況が悪化すると必要な人の手も加速度的に増えていきます。」
フィエルナズサは宥めるように言うが、他のことは一切しない、なんてこともないと私も反論をする。
しかし、ジョノミディスも今はそんな余裕などないと言う。
「私も現状を維持するための人の配備は必要と認識している。どこにどれだけの人数が必要なのかを数値化しておいてくれ。秋になれば手が空く者も出てくるはずだ。」
収穫が終わった畑が増えていけば、人の余裕は出てくる。麦や芋の収穫が立て続けに入るため、運搬や加工の人員を減らすことはできないが、畑で収穫をする者は明らかに減る。
その時のために、人をどう動かすかの計画を綿密に立てておかなければ、工事の終わりが冬に間に合わなくなってしまいかねない。




