434 一仕事を終えて
行く先々の町や村でオザブートンより受けた被害について尋ね、また、昨年の魔物の大群の情報を求める。
ひどく警戒している小領主もいたが、それでも大型の魔物の群れに関しての話から始めると、会話は正常に進めることができた。
他の町とも連携をとって、戦力の確保を忘れぬようにと言うと驚いた顔をされたが、そこはこちらも知らないふりをしておく。
エリハオップ公爵が逃げてしまった以上、小領主の追及や断罪は優先順位がとても低くなっている。そんなことをせずとも、収穫はあるのだから余計なことをしなくていい。
オザブートン領との境界に沿って北上していくと、段々と草木が少なくなっていき、最終的には地平線まで岩と砂しか見えなくなる。
そんなところに好んで住む者などいるはずもなく、その向こう側のヘージュハック侯爵領までは町や村はない。
つまり、そこが私の折り返し地点だ。岩の魔物がやってきた場所も気になるが、今は岩と砂しかない地で活動するための用意がない。
数日かけて元の街道へと戻ると、その翌日にはメイキヒューセも戻ってきた。
「何か情報はありましたか?」
「襲われた町や村は一つもなかったということ以外、特にこれといったものはありません。」
不審な小領主もいたりしたらしいが、不審という以外には特に何もないということだ。
「私の方は、逃げたエリハオップ公爵が通ったと思われる町を見つけました。やはり北西のヘージュハックへ向かったようですね。」
いくつか理由を挙げていくと、メイキヒューセは少し首を傾げて「ひとつ考慮が漏れていませんか?」という。
「どういうことですか?」
「領主一族が別行動を取っている可能性です。」
なるほど。それは考えていなかったが、確かに全員が一緒に行動しているとは限らない。それぞれが担当する領地を決めて向かい、派閥の結束を高めようとすることも十分に考えられることだった。
思い込みで決めつけるのは良くないと肝に銘じるも、その話はここまでだ。エリハオップの領主一族がどう動くかについては、今議論することではない。
オザブートンの領都へ行き、伯爵にエリハオップ側の状況を説明すると私たちは王都へと戻る。被害状況の確認も済んでいないのに、賠償請求の内容について話をしても仕方がない。
文官が一通りの説明をしてあるので、私から言うべきことは多くはない。
武力で取り返そうとしてはいけないこと、訴えの書類は写しは王宮にも提出するようにと念を押しておくだけだ。
ついでに、魔力の撒き方や魔物退治の効率的な進め方を教えておいた。賠償の支払いは恐らく今年の冬には間に合わない。ならば、奪われた分の食料は増産でまかなわねば困窮した冬を迎えることになってしまう。
王族直轄領の収穫は激増しているので、こちらから食料の融通は可能ではある。とはいえ、運搬の手間などを考えると現地生産で対応できるならばそれに越したことはない。
帰り道はメイキヒューセも魔力をそこら中に撒きながら進む。いつ敵と遭遇するかも分からなかった往路と違い、もう襲撃を心配する必要もない。
領地の境界まで送りにきた騎士が目を丸くしていたが、これくらいはブェレンザッハやエーギノミーアでは日常的な行動だ。
特に、森の周辺では少し多めに魔力を撒いておく。当然のように無数の魔物が飛び出てくるが、それの退治はオザブートンの騎士に任せる。
平和のための話をするために来たのに、魔物相手とはいえ武力行使をしていたのでは説得力が皆無になってしまう。
「一度にこれほどの数の魔物を見たのは初めてです。」
魔物の焼却を手伝っていると、オザブートン騎士が苦笑いで言う。魔力を撒いて誘き寄せるやり方を知らなければ、一度の魔物退治で目にするのは四、五十匹ほどまでだ。
「魔力を撒いて誘き寄せれば、驚くほどの数の魔物が出てきます。準備がないと逆に騎士に被害を出してしまうこともございます。」
騎士全員が雷光の魔法を使えるようになっていれば魔物の数など問題ではなくなる。しかしまだ雷光の魔法は普及段階にはないため、誘き寄せての魔物退治は気をつけながら進めてもらうことになる。
境界の川でオザブートンの騎士と分かれると、近くの町に寄りながら王都を目指す。急ぎたいという気持ちもあるが、地方の町の様子を見て回るのも仕事のうちだ。
特に、城での仕事が多いメイキヒューセにとっては小領主と話をする良い機会だ。
実際に話をしてみると、収穫が増えて喜んでいるばかりでもない。
昨年までの数倍の勢いで倉が埋まっていけば、溢れる野菜の処理に途方に暮れてしまう。それくらい食料は潤沢すぎるほどにあるのに、市民は不満をぶつけ合いを始めるし、あらゆる仕事が停滞し始める。
何か手を打たなければならないのは分かるが、一体何から始めれば良いのかも分からない。
「民に対しては、今年の収穫は畑を耕した者のものとしない、という感覚で臨むくらいでちょうど良いですよ。収穫の半分以上を一度税として徴収し偏らないように再分配すると、変な争いはなくなります。」
つまり、民に不満があれば貴族に向くわけだが、騎士が畑に出ていることでその大部分は緩和される。貴族が分かりやすく仕事をしていれば、例年よりも多く税を徴収するのは割と受け入れられやすい。
ウンガス王国とバランキル王国で文化が少し違うところもあるが、今年の現場を見る限り王都では上手くいっている。
さらにメイキヒューセが現場の知見に基づいた助言を述べれば、小領主も素直に頷く。成人したての若造と侮る者も多いのだが、助言を積極的に聞こうとするのは本当に困っていることが多いからだろう。
さらに、騎士や文官に乾燥処理のための魔法を教えてやれば、収穫物の処理は捗るようになる。
一つの町の滞在時間はそう長くはないが、それでも改善に導けることはいくつもある。
数日をかけて五つの町をまわり、ようやく王都に帰ってくると、王宮の庭は笑えるほどに野菜で埋めつくされていた。
「笑い事ではないぞ、ティアリッテ。赤豆と赤瓜の収穫量が想定を大幅に上回っている。」
戻った報告のために執務室に行くと、フィエルナズサは真面目な顔をして言う。共有すべきことが多いと言うが、こちらも簡単に済む報告ではない。
ジョノミディスやマッチハンジも加わって会議室に移動することになった。
「まず、エリハオップとオザブートンについての報告を聞こうか。」
「結論から言いますと、エリハオップ公爵からは何の話も聞けていません。城に入る前に逃げられました。」
「まて、言っている意味が分からぬ。メイキヒューセ、翻訳してくれるか?」
我が弟ながら何という失礼な物言いかと思う。メイキヒューセも少し困ったように首を傾げて「そのままの意味でございます」と言うしかない。
「先に帰した騎士から聞いているかもしれませんが、エリハオップの騎士がオザブートンの町や村を荒らしていたのは間違いのない事実です。その一方で、エリハオップ側の町や村には何の被害もないことを確認しています。」
「うむ、それは良い。エリハオップ公爵が逃亡したというのはどのような状況なのだ?」
簡単に言えば、街の前に待ち構えていた騎士が私たちの足止めをしている間に、領主一族が揃って城を出て行ったということだ。
「その説明では分からぬ。一体、どういう経緯なのだ?」
「私も分かりません。まさか、先手を打って逃げるとは思っていませんでした。」
常識的には、城や領地を棄てての逃亡は最後の手段だ。領主が真っ先に逃げるなど、聞いたこともない。
だからこそ裏をかかれてしまったのだと言えばジョノミディスもフィエルナズサも頭を抱える。
「本当に領主一族が揃って城を出て行ったのか?」
「城の中を捜索しましたが、隠れているような気配はありませんでした。」
マッチハンジも疑いの目を向けてくるが、私だってエリハオップ公爵を探しもしていないわけではない。
既に謀殺されていた場合は気配で探すことはできないが、北西部の小領主の反応を見るに、領主一族の一人はヘージュハック領に向かった可能性が高い。
それを説明すると、マッチハンジもジョノミディスらと同じように頭を抱えだした。




