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433 地方の町

「食糧面で負担をかけた町には、補填(ほてん)を送ることを忘れないようにお願いしますね。」


 文官に言っておかねばならないことはそれくらいだ。あとは、騎士たちが余計なことをせず魔物退治に全力を注いでいれば良いだろう。


 秋が近づきつつあるこの季節から魔物退治を始めても、今年は得られる成果は限定的だろうとは思う。それでも、畑を荒らす小型の魔物を駆除すれば収穫できるものは増えるはずだ。


 すべきことを全て片付けると、一泊して翌朝にはエリハオップの城を後にする。その後、向かうのはオザブートン伯爵領だ。


 ただし、オザブートンの領都に直接向かうわけではない。エリハオップ側のオザブートンに近い町や村を見てまわる必要はある。


 本当に、オザブートン側が仕掛けた可能性が全くないわけではない。もし、エリハオップ側にも襲われた町があれば、オザブートン伯爵へも罰を与えることになる。


 個人的な好き嫌いだけでエリハオップ公爵だけを責めるようなことはしないよう気を付けなければならない。


 町を視察に行くために騎士を何十人も引き連れていては各方面の負担が大きいので、護衛用に七人を選び、残りは直接王都に帰ってもらう。


「メイキヒューセは南側をお願いしますね。私は北へ行きます。」

「別行動なのですか?」


 不安そうな表情を見せるが、町で戦闘になることはないだろうし、細かい交渉もすることはない想定だ。

 オザブートン伯爵に襲撃された町があると聞いて視察に来たと言って敵対的な態度を取る小領主(バェル)もいないだろう。


 そう言っても心配そうな顔をするのは騎士の方だった。


「エリハオップ公爵は行方が知れていません。どこで遭遇するか分かりません。」

「だからメイキヒューセが南側なのですよ。それに、私の騎士もお付けいたします。そちらの方が安心でしょう。」


 この場に残った騎士のうち四人はブェレンザッハから連れてきた者だ。彼らは騎士の中では最上級の実力者であるし、メイキヒューセを害する利などあるはずもない。ウンガスの王宮騎士よりも安心できるだろう。


 エリハオップ公爵は概ね北に向かっているのではないかと(にら)んでいる。派閥的にはヘージュハック侯爵などの有力な貴族は北側にある。


 裏をかいて南に向かい、王族直轄地を突き抜けるのはあまりに危険な賭けだ。


「恐らくないと思いますが、万が一、エリハオップ公爵と遭遇してしまった場合は、自分の身の安全を優先してください。欲を言えば全員を捕縛したいですけれど、人数的に難しいでしょうから。」


 逃げても構わないと言ってやれば、騎士たちも安心したように(うなず)く。

 騎士に指摘されるまでもなく、当主を含む領主一族を五人もまとめて相手にするには戦力が少なすぎるのは明白だ。欲を出して無理をしても良いことはないだろう。



 方針が伝われば、二手に分かれてそれぞれ近くの町を目指す。

 趣旨的に、小さな村を無視していくわけにもいかないので、視察には少々時間がかかる。しかも、どこの村に行っても襲われたなんて話は一つもでてこなかった。


 日が暮れてしまう前に町に向かい、小領主(バェル)に面会を求める。不当な攻撃を受けたという主張があったために王宮から調査に来たといえば、小領主(バェル)は恐縮しながら丁寧に対応してくれた。


「オザブートンの騎士の襲撃とは、物騒な話ですね。態々(わざわざ)王都からお越しいただいたところ申し訳ございませんが、この町は平和なものです。」

「何ごともないのならば、それに越したことはございません。」


 小領主(バェル)は、本当に話にも聞いたことがないような素振りだ。もっとも、実際に小領主(バェル)に聞かずとも、この町が襲撃を受けていないことは分かっている。


 町は街道に面した部分しか見ていないが、破壊の跡もなかったし、人々も私たちを見て畏まりはするが必要以上に恐れて隠れるような様子もなかった。


 もし本当に襲撃を受けていたのであれば、もっと警戒の色も露わになっているだろう。


「昨年より魔物退治に力を入れるよう指示していたのですが、こちらの地方ではどのような魔物が出るのですか?」

「この辺りではあまり大きなものは出ません。ご存知であるかもしれませんが、もう少し北に行くと岩と砂ばかりの不毛の地がございます。生き物が少なければ魔物も生きていけないのでしょう。」


 元々絶対数が少ないので、騎士の数が然程多くなくとも対応できていると小領主(バェル)は胸を張る。しかし、そこには拭えない違和感がある。


「昨年の冬の初め頃、大型の魔物の騒ぎはありませんでしたか?」


 私の質問に小領主(バェル)は首を傾げて数秒考え込み、ぽんと手を打つ。


「領境の山の話でございますな? 魔物の群れが南に移動したと……」


 そこまで言って、小領主(バェル)の言葉は急に細くなる。


「大変申し訳ございません。この地に被害がなかったため失念しておりました。」


 汗を拭きながら慌てて言い繕うとこを見ると、本当に単に忘れていただけなのだろう。実のところ、私も半ば忘れていたくらいなので、そう必死に謝ることでもない。


「謝罪の必要はありませんけれど、被害がなかったからと何の警戒もしなくて良いという話ではないと思います。」


 この小領主(バェル)は少々呑気に構えすぎだろう。もしかしたらオザブートンへの攻撃のために準備してしていたのを隠すために武力に疎いふりをしているのかもしれないが、念のための指摘は必要だ。


 魔物の大群が付近を通過したのは事実なのだろう。それでも被害がないのは進行方向にたまたま町や村がなかったというだけのことで、もし進路が少し西か東にずれていれば甚大な被害を出していたかもしれない。


 特に、岩の魔物は一つの町だけでの対応は絶望的に難しいだろう。できるだけ早くに察知し、急いで対応できるようにしておかなければ、町や村は簡単になくなってしまうだろう。


「ご指摘のとおり、気が緩んでいたようです。」


 私の言葉に小領主(バェル)は表情を引き締める。


 私がオザブートンへの攻撃について一切触れなければ、小領主(バェル)も魔物退治の話と割り切って騎士の運用の話をする。


 そもそも、魔物退治を徹底するようにと指示を出しているのだから、騎士の運用の話が禁忌となるはずがない。その上であえて避けようとすれば、やましいところがあると言っているようなものだ。


「ところで、魔物の大群ですが何処からやってきたのかなど情報はございますか?」


 魔物の襲来は冬の始まりであったため、すぐに調査を出すこともできなかったし、季節が過ぎれば痕跡を追いかけるのも難しくなる。

 そこに多くの人員を割く余裕もなく、魔物の出どころの調査はしていなかった。しかし、可能ならば大型の魔物の発生源は突き止めておきたい。


「北の方より山伝いに南に行ったと聞いていますが、元々どこの地方にいたのかは存じません。」

「これから北の町にも向かいますから、そこでも聞いてみるしかなさそうですね。」


 山の北の不毛の地域がもっとも疑わしいが、他の地方から来た可能性もある。大型の魔物が群れを成している地があるならば、早めに手を打っておいた方がいい。


「エリハオップ公爵には言ってあったはずなのですが、魔物退治に力を入れるようにという話は伝わっていますか?」

「そのような話は聞いておりませんが、公爵は東側から手をつけているのかもしれません。」


 小領主(バェル)の立場では領主を悪し様に言うこともできないのだろう。恐らく優先順位をつけて対応しているのだろうと話を落ち着けようとする。


「領主の方針については後ほど確認いたしますね。ただ、畑に実った野菜を狙う小型の魔物はどこにでもいるものですから、積極的に退治した方が倉により多く入りますよ。」


 夏も過ぎようという今からでは効果は限定的になるだろうが、それでもやらないよりは良いはずだ。冬に不安があるならば、最優先に考えた方が良いと助言しておく。

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