432 エリハオップ貴族と
文官に各部署の状況について話を聞いていると、思っていたよりも彼らは優秀そうだった。農業の改善は行っていないが、それ以外の部分は思った以上に綺麗に運営している。
「いくつか足りない部分もありますけれど、これなら立て直しできそうですね。」
「何が足りていないのでしょう?」
「騎士の働きです。」
魔物退治をもっともっと頑張ってもらわなければならないし、そのための環境づくりには文官の協力も不可欠だ。
「人材の管理にまで口を出すと嫌がられるでしょうが、食糧など資材の管理は文官の範疇ですからね。」
魔物退治に出た騎士が、食料を一々現地調達しなければならないのでは時間と手間ばかりかかり、肝心の魔物退治に割ける時間が少なくなってしまう。
そんな話をしていると、騎士が五人が入室してきた。領主一族である騎士団長は既にこの城にいないため、分隊長を呼び出してある。
会議室に入り私の顔を見るなり目を剥いたり、席に着くよう促すと不愉快そうに顔を歪める者もいるが、特に事を荒立てることもなく大人しく従う。
「まず聞きたいのだが、アヴィン様はどうなされたのだ?」
席に着くなり質問してきたのは最も若い騎士だ。鋭い視線を向けてはくるが、必要以上に敵意を込めているわけではなく、わけの分からない状況を見極めようとしているだけだろう。
「領主一族は、この城を放棄して逃亡しました。」
文官へと同じことを騎士にも説明する。私たちはエリハオップ公爵やその一族を討ったりはしていないし、そもそもこの城で顔を合わせてすらいない。変な誤解をされたままでは話も噛み合わなくなる。
「アヴィン様が、我々を見捨てて城を離れたと、そう言うのか⁉」
「見捨てたのかは知りませんが、城を離れたのは事実と思われます。疑うならば厩舎や門に確認してみると良いでしょう。」
「何ということだ……」
騎士たちは嘆きの表情を作り大きく息を吐く。彼らもこの事態は想定していなかったのだろう、歯を食いしばったり、頭を振ったりしながら呻き声を上げる。
「一つお聞きしたいのですが、エリハオップ公爵はいつもこうだったのですか?」
メイキヒューセの質問に、騎士はさらに深い嘆息をする。その態度だけで現場が振り回されていたことが分かるというものだ。
「何ごとも素早く判断なさる方でしたが……」
「今回の件は、いくら何でも領主としての資質に欠けていると言わざるを得ないでしょう。」
そう言うのは文官の一人だ。そもそもオザブートン伯爵領へと騎士を差し向けていたこと自体を知らなかった者もいるくらいだ。
「その話は今しても仕方がないでしょう。各部署の状況確認が先です。騎士の方はどうなのでしょう、魔物退治等は捗っていますか?」
「昨年もそうだったが、東側は旧ノエヴィス領から流れてくる魔物が多い。対応しきれているとは言い難い状況だ。」
「多くの騎士が集まったこともあり、西側は例年以上に捗っていると言えよう。特に、街道周辺はほぼ駆逐できている。」
部隊長はそれぞれ自分の担当する地方があるらしく、一人ずつ今年の状況を述べていく。彼らは普通に報告しているのだろうが、どうしても気になることがある。
「冬に全領主に魔物退治を徹底するようにと通達があったはずなのですが、貴方たちは何も聞いていないのでしょうか?」
そう聞いてみるが、騎士は揃って怪訝そうに眉を寄せて首を横に振る。エリハオップ公爵は、何が何でも私たちの指示には従いたくないということだろうか。
「領地を豊かにしたければ、魔物退治を徹底すべきなのです。それと、元ノエヴィス領は誰が管理しているのですか?」
「ノエヴィス領を我々が管理するのですか?」
「追い出したのはエリハオップでしょう? その土地を放置する理由が分かりません。」
何もせず放置するならば、何のためにノエヴィス伯爵から奪い取ったのか。そう問うても、彼らには答えはない。
「エリハオップ公爵にも困ったものですね。万が一、この城に戻ったら捕縛してください。領主の器にあるとは認められません。」
私の言葉に、騎士たちは苦しげな顔をするが、それでも庇おうとする者がないのは何が思うところがあるからだろうか。
「騎士は全力を上げて領地内の魔物退治を進めていってください。」
食料等の管理は文官も協力する体制を作ることを話し、騎士には冬まで休む余裕などないと告げる。
「それは、少々横暴ではありませんか?」
「他領への攻撃なんて、余計なことをしていたせいですよ。他の領地は既に結果を出し始めているのに、エリハオップではまだ何もしていないではありませんか。」
その責任はエリハオップ公爵にあり、決して末端の騎士のせいではない。しかし、ここにいる分隊長ならば、何かあったときの皺寄せは末端にいくことくらい知っているはずだ。
「オザブートン伯爵領への攻撃に反対しなかった責任は貴方たちにもあります。」
その前のノエヴィス伯爵への攻撃の時点で、間違った方向に突き進み始めていたのだ。騎士団長や領主への諫言が聞き入れようとしなかったとも考えられるが、分隊長全員が揃って反対すれば無視などできないはずだ。
「……せめて、捕縛された者たちを解放していただけませんか? 人員が少なすぎては、魔物退治もままなりません。」
騎士の半数近くを一度に失えば、魔物退治を推し進めるどころではないと分隊長は訴える。
「そうですね。捕縛した騎士は二段階降格を条件に解放することを許します。」
他の領地に入り込んで暴れていた者たちに何の罰も与えないわけにはいかない。適切に処理しておかなければ、オザブートン伯爵を軽んじることになる。
「オザブートン関連ですが、伯爵への対応に関しては文官で話し合って決めてください。」
まだ賠償請求されていないため、額がどれほどになるのかは分からない。しかし、何もないということもないだろう。
エリハオップからオザブートンに使者を送り、相互に争いの終わりを確認するところから始めることになる。
領主が不在となってしまったが、残された者が何もしないというわけにもいかない。
いずれ領地が分割されることになるにしても、今はエリハオップ公爵領として対応する必要がある。
「その話をするならば、誰を代表とするかを先に決めた方が良いのではありませんか?」
「そうですね。私たちには誰が適任か判断がつきません。自薦他薦問いませんので意見を出してください。」
この辺りの流れは元々考えていたことだ。
文官も騎士も、誰の人となりも経歴も知らない。派閥のようなものもあるだろうし、勝手にこの人と決めてしまって上手くいくとも思わない。
しかし、領主の不在期間が長引くと色々と問題が生じるものだ。仮にでも一時的にでも良いから、領主は立てておくべきだ。
「ゼルドウィーン様が適任でしょう。」
「うむ。部下からの信頼も厚く、騎士にも顔が利く。私を含め、他の者では騎士との繋がりが薄すぎる。」
二人ががゼルドウィーン・ガインツコッフを推すと、他の文官や騎士もそれに賛成した。明確に反対する者もなく、本人も固辞するつもりもないようで、代表者はゼルドウィーンに決定した。
彼がこのまま公爵としてこの領地を治めていくことは難しいだろうが、半年少々を持たせる中継ぎくらいならば何とかなるだろう。
「正式な公爵が就くのは早くても来年の春ですね。領地を分割する可能性もありますけれど。」
他の公爵家や侯爵家から適任者が見つからなければ、領地を分割して伯爵領や子爵領にするしかないだろう。
領民がいなくなってしまったノエヴィス領と違って、少々荒れてはいるものの、エリハオップ領は領民もいるし産業もある。分割しても誰も名乗り出ないということはないと思う。
「ゼルドウィーン様が侯爵として治める道はないのですか?」
できれば、体制を大きく変えたくはないのだろう。勝手を知る者が領主となってくれた方が、現場としてはやり易いだろうとは思う。
「全くないわけではありませんけれど、エリハオップ公爵に連なる者は、少々不利ですよ。」
他領の貴族から見れば、彼らはひとまとめエリハオップ貴族だ。オザブートンに攻め込んだ者たちであるし、奪ったノエヴィスの地を放置していた者たちだ。
決して印象がいいとは言えないし、エリハオップ公爵が不在となった今、彼らには後ろ盾と言えるものはない。




