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428 迷惑な者たち

 戦いはあっという間に終わった。


 名乗りに対して振り向いているのだから、聞こえていないこともないだろう。それに対して、即座に返事がないのが返答のようなものだ。オザブートン側の騎士ならば言葉に迷うことなどないはずだ。


 念のため、もう一度名乗りを上げ何と戦っているのかを問うてみるが、やはり反応がなかった。ならば、一気に攻撃を仕掛けて倒してしまった方が早い。


 とは言っても、殺してしまう攻撃はしない。全員で一斉に水の玉を叩きつけてやるだけだ。


 水の玉は殺傷能力は低いが、当たったときの衝撃は大きく、足止めには有効な魔法だ。しかし、それは強靭な毛皮や鱗を持つ魔物を相手にする場合の話だ。


 騎士に直撃すれば、容易に馬上から吹き飛ばされる。


 数の上では私たちの倍ほどいるが、一度崩れたら立て直す余裕などあるはずもない。騎手を失った馬はどこかへ駆けていってしまうし、騎士は水びたしの地面に這いつくばるばかりである。


 その様子を見た向こう側の騎士の動きも止まる。彼らにも私たちが何者か分かっていないのだ。下手な動きはできないだろう。


「ここから名乗りを上げて聞こえるでしょうか?」

「魔法も止みましたし、名乗を上げていることは伝わるとは思いますが……」


 聞き取れるかは不明であるとの回答だ。ならば、這いつくばる者たちを迂回して近づくしかないだろう。


 私たちが動きだすと、向こうもまた動いた。慎重に、周囲を警戒しながら近づいてくる。這いつくばる騎士は死んだわけではないので、それも当然だ。


「私はティアリッテ・シュレイ。オザブートン伯爵の要請により王宮より派遣されて参りました。」


 百歩ほどの距離まで近づくと、馬の足を一度止めて名乗りを上げる。今回は戦いの騒ぎもないし、私の声でも届く。いくら体格的に苦手とはいえ、この程度ができなければ領主一族は務まらない。


「私はケノムギノキ。オザブートンの騎士を預かる者だ。ティアリッテ様にお越しいただき、大変感謝する。」

 通り一遍の言葉を交わしたら、互いに馬を進める。畑一区画の距離を開けたまま会話を続ける意味はない。


「こちらの状況は如何ですか?」

「少なくとも二十以上の町や村が荒らされています。領地内に侵入しているエリハオップの騎士は、今のところはあれだけです。」

「あれだけ?」

「今は、です。同じ規模の隊を複数展開されれば、我々には全てを防ぐことなどできません。」


 たった八十程度ならば伯爵の戦力でも何とかなるはずと思ったが、そういう意味ではないらしい。エリハオップの目的は略奪であるようで、馬車に食料を満載して帰っていく間は、意味もなく暴れる者はいなくなるという。

「では、あれを捕縛してしまいましょうか。ここはオザブートン伯爵領内で間違いありませんよね?」


 確認の言葉は後ろの騎士たちに向けてのものだ。領地を侵犯していたのはどちら側なのか、念を押しておくのは大切なことだ。


「間違いございません。」

「どうか、公正な判断をお願いいたします。」


 騎士たちが揃って頷くと、ケノムギノキは頭を下げる。


「では、捕縛を手伝ってください。」

「承知しました。」


 了承を得られたら、まず風の魔法をエリハオップの騎士に向けて放つ。大した怪我をしていない者は立ち上がり、こちらに向かってきているのだ。


 突風に足を止め、吹き付けられる砂煙から守るように腕で顔を隠す。そこに飛礫の魔法を放ってやれば、悲鳴を上げてうずくまる。


「投降しなさい。今ならば、命を落とさずに済みますよ。」


 そう言うが、隊長はやはり死罪となるだろう。そんなことは向こうも分かっているようで、一人だけ戦うよう大声で命じている者がいる。


「メイキヒューセ、あれを黙らせられますか?」

「どのようにすれば良いのでしょう?」

「あの大きく開けた口に水の玉を叩き込めば静かになりますよ。」


 必死に大声で命令を叫んでいれば、それだけ多くの隙を晒すことになる。

 意識が部下に向かっているうちに、メイキヒューセは馬を駆り、一気に射程内まで接近して水の玉を放る。それは狙い違わず隊長の顔面に命中して、後ろへとひっくり返らせた。


「投降する意志のある者は杖と腕輪をこちらに投げなさい。」


 煩い命令がなくなったところにそう言えば、一人また一人と腕輪を外して前の方へと投げる。そんな騎士たちの中には不服そうに顔を歪める者もいるが、安心したように表情を緩める者もいる。


 顔色の良くない者も少なくない。馬から落ちた際に怪我をしたのだろう、身体を押さえて苦しそうな顔を見せる。


「手当てなどしてやった方が良いのではありませんか?」

「薬の用意はありませんよ。彼らが自分たちで持っている分で手当をする分には構わないでしょう。」


 私たちが持つ薬は私たちのためのものだ。彼ら自身が傷の処置をすることを禁止はしないが、メイキヒューセが彼らの面倒を見るものではない。罪人を魔物と戦って傷を負った騎士と同じに扱うものではない。


「そうですね。このような場面は経験したことがございませんので、少々混乱してしまいました。」

「戦いの場に出てくるのは初めてなのですから、仕方がありません。」


 平時とは少し考え方を意識して変えねばならないと言うと、メイキヒューセは表情を引き締める。

 そんなことをしている間にも、エリハオップ騎士が投げた腕輪や杖が回収されていく。


「ティアリッテ様、メイキヒューセ様。腕輪の数と人の数が合いません。人数が八十四に対し腕輪は八十一でございます。」


 騎士の報告に、私は火球を頭上に浮かべる。私が本気で相手を殺そうとするときに火球なんて殺傷能力が低い魔法は使わないが、分かりやすく威圧するには火球や火柱を使うことになる。


「徹底抗戦したい方がいるようですね。できれば投降した者まで命を取りたくはないのですが、仕方がありません。」


 そう脅してやれば、投降した者たちが探し出してくれる。そして、一人はすぐに見つかった。


「私だ! 手が怪我で動かせぬ故、誰か外してくれ!」

 左手をだらりと下げた騎士が声を張り上げる。本当に怪我をしているのかは不明だが、そういうことにしておく。自ら申し出て頭を下げた者をこの場で糾弾するのは時間の無駄だ。


「残りは二人ですね。」


 いつ攻撃が飛んでくるかも分からないと、メイキヒューセも警戒を顕に杖を構える。不意打ちで一番立場が上の者を倒せばどうにかなると考えているから未だに降伏の意思を示さないのだ。


 しばらく睨みつけていれば、エリハオップ騎士の中に騒ぎが起きる。


「ミツミウォノ、何をしている! 早く降伏するんだ!」

「意地を張って何になる。抵抗するところではないだろう!」


 周囲にいる者たちも、まとめて殺されては堪らないと必死である。いま、反撃しようとすれば、頭上の火球が襲いくるのは明白なのだから。


 説得が通じないと見るや、周囲の者たちは投降を拒否する二人から離れていく。二人は他の者たちに紛れていたいのだろうが、それは周囲からすれば迷惑以外の何ものでもない。


「貴方たちは降伏する気はないのですね?」


 私の質問に二人は杖を向けることで答える。しかし、それではどう頑張っても遅すぎる。私もメイキヒューセも魔法の準備が終わり、杖を既に向けているのだ。


 雷光が二人を貫き、静かになる。頭上の火球を上空に向かって放てば一旦は終わりだ。


 一人ずつ腕を背中で縛り、さらに全員を縄で繋げて東へと移動を開始する。もちろん、捕らえたエリハオップの騎士は徒歩である。


「気合を入れて歩いてください。もたもたしていたら日が暮れてしまいます。」

「どこまで行くのですか?」


 青い顔をして間の抜けたことを聞いてくる。基本的にはエリハオップの領都に決まっているだろう。そこまで行かなくては裁定を下すこともままならない。


「一番近くの町までは歩くしかないですが、それ以降は小領主(バェル)次第ですね。」


 押送用に馬車を貸してくれれば良いのだが、拒否されれば歩くしかない。そう言うと泣きそうな表情をするが、そんな顔をされても何もないところから馬車を出すことなどできはしない。


「貴方たちはただの罪人です。どうしても歩くのが嫌だと言うならば、この場で処分するしかありませんよ。」

「元はと言えば、オザブートン伯爵が我々の収益を奪ったのが始まりで、私たちは取り返しにきたのです。」


 必死に罪人と言われるようなことはしていないと言うけれど、他領の町を襲えば犯罪に決まっている。


「何か勘違いしているようなので、これだけは言っておきます。犯罪に対して、犯罪で対抗すればどちらも罪人です。」


 釈明は領都で聞くが、罪が消えてなくなることはないだろう。罪は相殺されることはないと、ウンガスの法でも決まっているのだから。

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