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427 想定外の凶報

 毎日大量の仕事をこなしていると、あっという間に季節は過ぎていく。夏の日差しが最盛を超え野菜で埋め尽くされた前庭にも慣れてきたころ、凶報が届いてしまった。


「この期に及んで軍事行動を起こすとは、エリハオップ公爵はどうやら滅ぼされたいらしいですね。」

「少し落ち着け、ティアリッテ。」


 今度は西隣のオザブートン伯爵からエリハオップ公爵の侵攻に対して仲裁をもとめてきたのだ。今年はどこの領主も内政に励んでいる想定だったのに、酷い裏切りである。断じて許せるはずがない。


 ジョノミディスとフィエルナズサは処罰の前に事実確認が必要だと言うが、それにしたって騎士や文官を使うことになる。忙しい時期になんてことをしてくれたのだと思う。


「文官を出して話を聞かせるとして、オザブートンはともかくエリハオップに誰を行かせる?」

「私が行きます。」

其方(そなた)を一人で行かせると碌なことにならぬ。フィエルナズサ、同行を頼めるか?」

「フィエルナズサは城に残ってください。同行するならばメイキヒューセ様の方が良いでしょう。」


 ジョノミディスは私一人では不安だとフィエルナズサも行くように言うが、それは悪手だろうと思う。

 エリハオップ公爵が、他の者と結託していないとも限らない。城の守りを疎かにするようなことはしない方が良いだろう。それに、いくら姉弟とはいえ、年頃の男女が二人で行くのは外聞的に問題がある。


「私が行ってお力になれるでしょうか?」

「交渉ごとで私より劣っている人はそう多くはないと思いますよ。」


 どうしても私は腹の探り合いのようなことは苦手だ。言いたいことは言ってしまった方が話が早いと思うのだが、それを言うとみんなとても苦い顔をする。


 辛抱強く相手の話を聞くということも、メイキヒューセの方が私より優れている。


「それに、もしものことを考えると、できるだけ早く対人戦を経験してほしいとも思います。」


 戦力という面で考えるとマッチハンジも不安があるが、引退間近という年齢の者を引っ張り回すのも気が引ける。何より成長の余地を考えると、今更であろう。


 メイキヒューセが了承すると、すぐに支度を整えて翌日の早朝か、北に向けて出発する。街道を北に一日少々進むと、その先は二つに分かれる。


 オザブートンよりの遣いと文官は西へと進むが、私とメイキヒューセは道を無視して真っ直ぐ北に向かい草原を突き進む。


 まず目指すのは、オザブートンとエリハオップの境界付近だ。オザブートンの言い分が真実であるのかの確認は必要だ。感情的にはエリハオップを悪と決めつけてしまいたいが、実際には攻め込んだのがオザブートン側である可能性はある。


 領地の境界に近い双方の町や村を直接見て、被害を確認してからでなければエリハオップ公爵を断罪するわけにもいかない。



 三日と進むと、いくつも連なる小さな湖沼が見えてくる。ここが王族直轄領の北辺だ。そしてこの先の西側がオザブートン伯爵領、東側がエリハオップ伯爵領である。


「ここからは、特に騒ぎは見あたりませんね。」


 背伸びをしてざっと見渡してみても、変に煙が上がっているようなところはない。むしろ気になるのは、湖沼地帯の近くには森が全く見当たらないことだ。もしかしたら、オザブートンやエリハオップでは植林を大規模に進める必要があるかもしれない。


 そんなことを今気にしていても仕方がないので、軽く休憩を取った後に向かって左側、つまり西のオザブートン側へと回り込んで進んでいく。

 陳情ではエリハオップの騎士に領内を荒らされているということなので、何か痕跡を見つけられるはずだ。



 馬で進んでいくと、草原の所々にやたらと緑の濃い箇所が見つかる。恐らく、(まばら)に魔力を撒いた結果だろう。


 緑の薄いところに軽く魔力と雷光を撒きながら進んでいると、メイキヒューセが呆れたような目を向けてくる。


「ティアリッテ様、あまり魔力や体力を浪費するのは良くないと思います。」


 メイキヒューセは既にここは敵地という認識であるべきだという。それ自体は間違っていないし、慎重に事にあたるのは悪いことではない。


 しかし、この湖沼の周辺は、ずっと遠くまで平坦な土地が続いており、隠れる場所がない。最も警戒するべきは水の中から出てくる魔物だ。実際、大きな歯を口からはみ出させた巨大なトカゲが出てきたりするくらいだ。


「私にとっては大したことではありませんし、余計な魔物はあらかじめ駆除しておいた方が良いのですよ。ウンガスには魔物を操る秘術とやらがあることを忘れてはいけません。」


 そう説明すると、メイキヒューセははっと目を見張る。彼女は実際に魔物を従えたウンガス騎士を見たことがない。私やフィエルナズサにとっては大したことはないが、それでも相手の数次第では面倒なことになる。


 数十程度の魔物など一呼吸で倒せるため、相手を殲滅することだけを考えれば良いのならばあまり気にしなくても良いが、実際にはそんなわけにもいかない。

 エリハオップの騎士が町や村を本当に襲っているのならば、被害を最小とするよう努力すべきだ。


 その日は結局何も見つからずに野営を張ることになった。村はいくつかあったが、いずれも無事で他の村が襲われているということも知らないようだった。

 食事を摂りながらもメイキヒューセは不安そうな顔をする。


「襲われたという話自体が虚偽なのでしょうか?」

「なんとも言えませんね。オザブートンの北端まであと一日以上あるはずです。」


 全域が襲われているのだとは私も思っていない。遣いできた文官は、非常に厳しい表情をしていたが、追い詰められているというほどの雰囲気ではなかった。


「明日の昼頃には、何か分かるでしょう。地図によると、もう少し北に街道があるようですし。」


 食料を奪っているならば、持って帰るためには馬車が必要だ。そして、馬車は道もない草原を突き進むのは非常に困難だ。


 つまり、襲うとしたら街道に近い村が狙われることになる。



 翌日、移動を開始すると、二時間もせずに荒れ果てた村を発見してしまった。


 無事な村人もいるようだったが、私たちの姿を見つけるなり逃げだしてしまうし、メイキヒューセが「待ってください!」と叫びながら追ったところで止まろうとはしない。


「村人を追いかけまわしに来たのではありません。別の村を探しましょう。」


 そう言って、馬の向きを変えさせる。

 この村の者に話を聞くこともできはしなかったが、仕方がない。彼らが騎士に襲われたのならば、騎士の姿を見たら逃げ出すのは当然ともいえる。


 村人の無礼さに腹を立てる騎士もいたが、そんなことを咎めても何の利益もない。そんなことよりも、村を襲ったエリハオップの騎士を見つけることを優先すべきだ。


 一時間ほど北に進み街道に出ると進路を西へと変える。私たちが最終的に向かうべきはエリハオップ領都のある東側なのだが、今も襲われている町や村があるのならば、エリハオップの騎士を撃退する方が先だ。


 荒らされた村をいくつか過ぎてさらに西へ行くと、明らかに異様な煙が巻き上がっているのが見えてきた。

 周囲に警戒しつつ馬を進めていくと、いくつもの爆炎や火柱が立ち上る手前で騎士と思しき者が走り回っていた。

 魔法による戦闘が行われているようにしか見えないのだが、一つ問題がある。


「あれは、どちらがオザブートンの騎士なのでしょう?」

「……この距離では分かりませんね。もっと近づきますよ。」


 同じ問題に気付いたメイキヒューセが首を傾げるが、ここで叫んでみても魔法の爆音で聞こえないだろう。どちら側でも互いに敵味方の識別ができないため、横手に回り込んで存在を主張しても事態は変わらない。


 他に取れる手段はなく、全員で戦闘態勢を取った上で慎重に距離を詰めていく。


 騎士の魔法が届く距離まで近づくと、大声を張り上げてこちらの存在と所属を知らせる。

 なお、叫ぶのは私ではなく騎士隊長にまかせる。声の大きさは、体が大きい方が絶対に有利だ。この隊の中で最も小柄な私の出番ではない。

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