426 溢れるしごと
城に戻ると、轟音や火柱について先王に問われたが、騎士だけではなく文官も協力しての粉砕および焼却処理だと答えておく。
強力な攻撃方法は叛乱に使われる危険性があると言うが、無抵抗の死骸にしか使えない方法なので心配する必要はないはずだ。
その後、しばらくは城から遠く離れての仕事はない。城の内と外の仕事は交代で進めていくことにした。
やるべき仕事は山ほどある。収穫や加工に向けた準備や、来年以降の各種産業発展に向けて情報を集めていかねばならない。
街では、職人も商人も総出で事に当たらせる。倉の点検補修はこの時期にしかできないし、荷車や道路の整備は収穫が本格化する前に可能な限り進めておきたい。
「畜産に関しては、今年は屠殺を原則禁止としたので良いでしょうか? 可能な限り、家畜の数を増やす方向で進めたいです。」
「現在の家畜の数は分かっているのか?」
「正確な数は分かりませんが、街や村の厩舎は半分以上空いていると記録にあります。」
畜産方面を主に担当するのはメイキヒューセだ。ウジメドゥアにいた頃より畜産の拡大に関わっていたということなので、フィエルナズサと一緒に進めてもらえば恐らく大丈夫だろう。
「家畜を潰すことをあてにしている者はいないのか?」
マッチハンジがそう質問するとメイキヒューセは問題ないと言う。何かを変えるには周辺への影響を考えねばならない。私は何度も言われてきたことだし、彼女もおそらくそうなのだろう。淀むことなく根拠を述べる。
「羊の毛は殺すことなく得られますので例年と変わるところはありません。問題となるのは皮や肉の需要ですが、ウサギやシカを狩る数を増やせば十分に対処可能かと思います。」
ウサギやシカを捕食する中型以上の魔物は、一年前から比べると大幅にその数を減らしている。私やフィエルナズサが片っ端から退治しているため、激減していると言っても良いくらいだ。
なおかつ、畑以外の草原や森の周辺にも積極的に魔力を撒いているため、野草の繁茂も期待できる。
野生の草食動物が数を増やせる環境は既に整いつつあり、肉や皮の調達はそちらに頼ることができる算段だ。
「狩るものがなければ、ウサギは半年で五十倍に増えると言いますから、むしろ増えすぎることを心配した方が良いかもしれませんね。」
「その場合は騎士を出して狩るのか?」
「大集団で畑に押し寄せてくるならば、騎士が出なければ対処しきれないでしょうね。」
先王は不安そうな顔をするが、ウサギも侮りすぎてはいけない。人が襲われることはないだろうが、作物を台無しにされては敵わない。
「道の整備は進んでいるか?」
「南と東の街道は作業を完了している。西と北は人員をまわして急いで進めている。」
こちらはジョノミディスの担当だ。完了している部分は、実際に馬車で往復して路面の状態を確認してある。無数にある農道は状態の良くない道も多々あるが、それも手の空いた農民に補修させているという。
「木箱や加工台、籠の用意も順調に進んでいます。野菜加工のための人員も確保準備に入っています。」
「この城もエーギノミーアと同じようになるのかと思うと頭が痛いな。」
フィエルナズサがかぶりを振り、うんざりしたように言うがそれは仕方がない。はっきり言って、この国この町に見境いをしている余裕はない。
「ある意味では悪夢ですが、今年だけです。作物が採れると分かれば街の者たちも来年以降は備えるでしょうし。」
「悪夢とは、一体、どのような事態を想定しているのだ……?」
ジョノミディスやメイキヒューセも苦笑いで嘆息するのだ、先王も心配になるだろう。助けを求めるようにマッチハンジへと視線を向けるが、彼女もエーギノミーアの悪夢は知らない。
「城の前庭が野菜で埋め尽くされるだけです。」
「庭が、野菜で?」
何を言っているのか分からないと言いたげだが、あれは口で説明しても分からない。庭で散歩やお茶会ができなくなるくらいで、それ以外に特に害はないので、先王が心配することはないだろう。
「害は一応あるぞ? 終わりの全く見えない仕事は精神的にきつい。」
フィエルナズサが小声で言うが、私は聞こえなかったことにした。
収穫が始まると、街の様子も変わってくる。荷車に満載しても、個数としては昨年までの半分以下になるほど甘菜の丸く重なった葉は大きい。
つまり、野菜を運ぶ荷車は、来年の二倍以上必要だということだ。続いて丸黄茄子の収穫も始まれば、農民の荷車だけでは追いつかなくなる。商人の馬車も収穫した野菜の運搬に使われ、街道はすぐに交通整理が必要な状態になった。
「まあ、計画通りというか、想定通りだな。」
収穫が本格化したら、作物運搬の馬車がひっきりなしに往来することになる。エーギノミーアでもウジメドゥアでも、嫌というほど経験しているし、ブェレンザッハでも発生していることだ。
「馬車の運行計画は作ってありますから、文官にやらせておけば良いでしょう。」
「今度はどんな仕事をさせるのだ?」
「平民の指揮を執ってもらうだけですよ。」
聞いたこともない新しい仕事が増えて、戸惑っている者が多いのは私も知っている。しかし、そんな理由で足を止めている暇はないのだ。この改革は一気に進めてしまわないと、いつまで経っても終わらなくなってしまう。
「街の各所に立ち、効率よく動けるよう指示を出す仕事です。」
私の説明に対し難しい顔で納得いかないように唸る先王にメイキヒューセが補足する。
実際にそれをやった経験がない者がほとんどだろうが、平民を上手く使うのは紛れもなく貴族の仕事だといえば、目を見開き眉をぐぐっと寄せる。
「確かに民を効率よく働かせるのは貴族の仕事だが、少々意味が違わぬか?」
「意外と違わないのですよ。方針を示し、やれと命じたところで効率は上がらないものです。」
現場の状況に合わせて柔軟に対応して、それではじめて効率が改善する。しかし、命じただけでは、民の作業は硬直化する。
民は、とかく命令通りに画一的に対応しようとする。どうしても、命令通りに行うことが民にとっての最大優先事項となってしまうのだ。
それで効率を上げるには、長い時間を必要とする。何年もかけて、少しずつ熟練していけば効率も良くなる。それが唯一期待できることだ。
しかし、そんなことを悠長に待っていられるほどの余裕はない。食料問題は何が何でも早期に解決せねばならない。毎年少しずつなど言っていれば、餓死者が延々と出続けることになるだろう。
やることが決まったら、指示を出して文官や騎士を動かしていく。予定通りに毎日何十、何百と馬車がやってきて税として徴収した野菜を前庭に積み上げていく。
先王は何か異様なものを見るような目を向けていたが、数日もすれば慣れたようで何も言わなくなった。
むしろ、例年の何十倍もの収穫物が税として納められることで、徴税部門の仕事が溢れかえっていることを問題視しているようだった。
「増員の要請が上がってきている。他の部署からまわせる者はおらぬか?」
「まわせる人は既に出してしまっていますよ。」
「しかし、あり得ぬ量の税収に、いくらやっても終わらぬと言っていたぞ。」
帳簿の付け方を例年のまま変えずにいればそうなるに決まっている。だから私たちは必死に知恵を絞って速度と精度を両立できる効率的な帳簿の付け方を追求しているのだ。
それに対し、あれもこれもやり方を変えたくはないと拒否したのは文官たちだ。人員追加の要請を私たちではなくて先王はに出したのは、やはり後ろめたさがあるのだろう。
「帳簿の付け方を年の途中で変えるのも大変ではありませんか?」
どうしましょうとメイキヒューセは首を傾げるが、必死に頑張る以外に方法はないだろう。現状のまま頑張るのと、今までの分の付け替えを頑張るのでは、どちらが楽なのかは分からない。




