424 王族のしごと
ジョノミディスが外に出ている数日、執務室で代わって指揮を執るのは私だ。能力やここでの経験を考えればマッチハンジの方が向いているのだが、立場を考えるとそれよりも妻である私が適していることになる。
仕事の種類は大雑把に二種類ある。
治水などの事業の管理と、貴族間の揉め事の取り計らいだ。前者に関しては特に不得手と感じたことはないのだが、どうしても後者の方は苦手である。
面倒なことは全部マッチハンジに任せてしまいたいが、なかなかそうもいかない。
「ローズフィア伯爵の要求ですが、これはウンガス王国では普通のことなのでしょうか?」
手元の書類によると、ナラビアス子爵が借金の返済を求めてくるのは不当だと訴えているのだが、王宮には確かに借金の証文が残っているし、それに対して返済の証紙はない。
しかし、先代の遺した借金は自分には関係が無く、返済を迫られるのは困るというのだ。
「普通ではないでしょうね。先代の借金は当代に継承されるものです。」
ウンガスの法でもそう定められているとマッチハンジは断言する。伯爵はまだ若手相手ならば強硬に出れば押し通せるとでも思っているのだろうか。
不当と主張するならば返済の証を示すようにと突き返すことにする。
他の書類も、程度の低い揉め事ばかりだ。こんなのを王族が処理しなければならないのかと思うと大変に気分が沈む。だが、これが王族直轄領にいる貴族の実情だ。
王宮勤めの者や、小領主に仕えている者など立場は様々だが、貴族間の主な揉め事は借金で次に多いのは婚姻関係だ。一体どういうわけなのか、婚約破棄が流行しているらしい。
私としては全く理解しがたい話である。バランキル王国にいた頃は婚約を破棄したという実例は聞いたことがない。ところが、ウンガス王国では、この三年で十四件の婚約の解消があったという。
実際に婚約が解消された数でそれなので、破棄を訴えた件数はもっと多いのだろう。そう思うと、溜息が口から出てくるのも抑えようがない。
「婚姻は当主どうしで決めるものとはいえ、本人たちの知らないところで婚約を解消などするものではないでしょう。」
「そうですよ。当人たちは結婚するつもりで仲を深めているでしょうに、私だって帰ったらフィエルナズサ様との婚約が解消されていたなんて考えたくもありません。」
私の言葉にメイキヒューセも語調を強める。彼女とフィエルナズサも、親と遠く離れて婚約者と過ごしているという点ではウンガス貴族の子どもたちと同じだ。
「大体、この理由はなんですか! 家の都合と言うには軽すぎるでしょう。」
そう憤るのも無理もない。婚姻による利益がないなどと書かれているのだ。それならば、初めから婚約などしなければ良い。立場上、婚約を受け入れるしかなかったなどというのは妄言だ。
婚姻の拒否より、婚約の解消の方が強い立場が必要にきまっている。後で簡単に覆せるならば、婚約に価値などなくなってしまう。
婚約の解消の承認を求めている書類は三件あるのだが、そのいずれも婚姻を結ぶ理由がないというものだ。そんなものを気安く承認するはずがないだろう。一度決定したことは、責任もって遂行してほしい。
「全部、却下ですね。こんなもの、メイキヒューセが却下したので良いではありませんか。」
「私は王族権限の委譲を受けていませんので……」
溜息混じりに愚痴を言うも、メイキヒューセは残念そうに首を横に振る。
非常に面倒な話である。ウンガス王族から権利を委譲されたのはジョノミディスと私だけだ。マッチハンジやメイキヒューセは、判断はできても決裁はできない。書類に署名するのはジョノミディスか私の役割となる。
実際に判断はされていて、却下の書類としてまとめられているのだが、中身を何も見ずに却下としてしまうわけにもいかない。大変面倒だ。
「ジョノミディス様は毎日このような書類と戦っていたのですね。」
「二週間ほど前までは事業に関連したものが多かったのですけれど、一段落したら見るのも嫌になる書類ばかりになりました。」
ひどく申し訳ない気分になってしまうが、各地の守りの石を回るのは気分転換になってくれれば良いと思う。
書類だけでは済まず、陳情に来る者もいる。こちらは、概ね利権の主張に関してだ。
主張していることは似たり寄ったりで、誰かが利益を独占しているだの、誰それよりも自分の方が得られる利益が少ないのは不当だのというものだ。
「収穫の改善を始めたとき、あのような者が父の元に来ていたのでしょうね。」
「エーギノミーアの貴族がここまで酷いとは思いたくはないが、恐らく、そういうことなのだろう。」
無駄に長い話し合いが終わり、夕食の席でフィエルナズサと頷きあい、過去の父に対する態度を反省する。
私やフィエルナズサが頑張れば頑張るほど、言い掛かりのような主張をする者が増えるのだ。事前に予定を立てて準備をしていなければ、対応していられないだろう。
そのようなことに思い至らず、ただ目の前のことを頑張れば評価されると思っていた私は、やはり幼かったのだ。そんなことを今更ながらに思い知らされることになるとは思いもしなかった。
ほとんどの事例は言い掛かりに等しい話を聞く価値などないものだが、時折、本当に理不尽な不平等が発生していることもある。
それを見過ごせば、私たちを支持する者は減っていくことになる。
「我が町からは国王軍に幾度も騎士を出したのですが、その後の補填が少なすぎます。魔物退治や畑の仕事など騎士の仕事を増やされても、限られた人員では作業が追いつきません。」
そう言ってくるのは小領主の一人だ。叛乱の鎮圧のために国王軍に参加し、その結果、十年前から比べて半数以下にまで騎士が減ってしまっていると訴える。
フィエルナズサが説明に行ったときは、何かあるものと期待していたらしいのだが、結局、何もなく小領主自らが王宮に陳情に来たということだ。
「今は何人の騎士がいるのでしたかしら?」
「二十二人でございます。十数年前までは、五十を下回ることなどありませんでした。」
預かっている土地は広く、三十にも満たない数では全域の魔物退治をした上で畑に魔力を撒くのは実質的に不可能だということだ。
この場合、小領主に任せる土地を削るというのは、さらに理不尽を吹っかけることになる。順当なところでは、騎士を何人か貸し出すということになるだろう。
「何人ほど補充があればよろしいでしょうか?」
「欲をいえば三十ほどですが、最低でも十数の追加がなければ手が回りません。」
実際に三十人もまとめて送ったら、扱いきれなくなるのは目に見えている。新参者が多いと何かと問題が起きやすいし、元からいる騎士の数を超えない方が良いだろう。
人選の問題もあるし時期の確約はできないが、王宮の騎士団から何人か見繕って貸し出すことは伝えておく。
そのような、元々王族側に不手際があっての苦情ならば聞く気にもなるが、あまりにも自分勝手なことを言ってくる者が多すぎる。
「数年前、結婚して他の領地に行った息子から、その後何の連絡もない。おかげで期待していた利益が全く得られていない。」
「平原にある町は治水をしたことで発展したが、丘陵にある我が町は何の利益もないのは不利益だ。」
「人口の流出が止まらないので、移転を禁じる法を作ってほしい。」
本当に碌な人材がいないなと思わされる。
利益くらい、自分たちで考えて出してほしい。人口の流出なんて、町の運営に問題があるからに決まっているだろう。まずは、自分の政治方針を改めるべきだ。
地方貴族の教育の改善も不可欠なのだと思い知らされる数日となった。
六日後にジョノミディスが帰ってくると、私が受けた陳述の内容および対応を共有して、今後の方針を練っていく。
さすがに、小領主の子らも全部バランキル王国に送って教育してもらうのは無理がある。移動にかかる経費もとんでもないことになるし、バランキル王国側にも受け入れる器はない。
「まず、王都にある学校に通わせよう。」
「教師の質の確認も必要ですね。」
婚約などいつでも破棄すれば良いなどと教師が言っているのだとしたら大問題だ。




