423 恒例のしごと
騎士の仕事はいくつもある。畑に魔力を撒くのはもちろん、各地から発見報告のされている大型魔物の退治にも行く必要がある。
岩の魔物が引き連れてきた大型の魔物の死骸処理もしなければならない。〝守り手〟に肉はほぼ食べ尽くされているが、殻や鱗、骨などは残っているし、恐らく毒のためだろう、手をつけられていないものもある。これらをまとめて炎で焼いてやるのだ。
さらに、魔力を撒いて収穫を増やすことは、地方の町への指導もすすめていく。王都の畑だけが豊かになっても意味はない。
私もフィエルナズサと手分けして、魔物退治と併せて各地方をまわっていく。
「畑に魔力を、でございますか?」
今までと同じように説明しても、小領主も簡単に頷きはしない。昨年は魔物退治を指示して収穫が改善しているのに、さらにその先を言っても信じようとしないのは如何なものか。
「農業には、誰もが不安を抱かない程度の生産力が必要だということくらい分かるでしょう。昨年と同程度の収穫量ではまだまだ不足しています。」
「確かにそれは理解できるのですが、騎士が畑で作業するというのは前例がありませんてして……」
小領主は騎士を納得させるのが難しいと言う。確かに、不作傾向が始まる前の資料を見ても騎士が農業に直接関与していたという記載は見つからない。
それを理由に反対するのは一見理屈に合うが、抜け穴もある。
「恐らくですが、この数十年で魔物が増えすぎたのです。元来、土地が持っている力を魔物に奪われたために収穫量が落ちたのだとしたら、なんとかして回復させてやる必要があります。」
「そのためには騎士が出る必要があるということか……」
家畜や野の獣を増やすことも必要だし、植林も大事なことだ。それらを進めていくためにも、畑や野に魔力を積極的に撒いていくべきだ。
不作というより、魔物が増えすぎたために発生した歪みを正していくのだと言うと、ようやく小領主も首を縦に振った。
二十ある町全てに指導して王都に戻ってくると、既に種播きが始まっている。早採りの甘菜や麦は種を播く時期を遅らせすぎると収穫量が大幅に減ってしまう。
やっと畑の仕事から解放されたと表情を緩める騎士が多いが、魔力は畑の外側の野原にも撒いていった方が良い。こちらは収穫には大きな影響はないので、均一性など考えずに大雑把に撒き散らしたので問題ない。
何より、全員に雷光の魔法を覚えてもらわねばならない。
「真面目に魔力を撒いていならば、そろそろ他人の魔力を感知することができるようになっているはずです。」
そう言って火球を天に向けて撃ち出すと、怪訝そうな顔をする者と真剣な目を向けてくる者の二つに分かれる。ここで首を傾げている者はまだまだ訓練が必要だ。班を再編成して、とにかく広範囲に魔力を撒くように言う。
「さて、ここに残っている方にはこれから雷光の魔法を身につけていただくのですけれど、その前にいくつか注意があります。」
雷光の魔法は、他の魔法とは一線を画すものだ。障害物を貫通する能力がなく、対物破壊能力が極めて低い。その代わりに、対生物の殺傷能力は絶大だ。
「魔法が通用する魔物ならば、ほとんどの場合は一撃で倒すことができます。魔法が効かないと言われている魔物でも、雷光の魔法だけは通用することもあります。」
非常に複雑な魔力制御が必要だが、魔力の消耗は極めて少ないことも大きな特徴だ。あまりにも複雑すぎるため、従来の直接腕を介した伝授法が使えないほどだ。
「では、どのようにして伝授いただけるのでしょう?」
「手本をお見せしますので、魔力を感じて自分で再現してください。残念ながら、それ以外の伝授法は知られていません。」
そう言うと騒めきが広がるが、右腕の袖を捲り上げて雷光を野に放てば皆真剣な表情でそれを見ていた。
何度か手本を見せてから、騎士にも試行させてみるが、やはりと言うべきか火花程度を飛ばせるのが十数人いる程度だった。残りの百人ほどは、難しい顔で腕を振るが何も起きはしない。
「最初はこのようなものです。手本を見て最初の試行で火花を飛ばせるのは十数人に一人くらいです。」
王族や領主一族となれば一回で火花を飛ばせるものの方が多いが、中級や下級の騎士ではそうはいかない。上級騎士でも、半数ほどは一回ではできないものだ。
幾度も手本を繰り返し見せ、さらに試行を重ねていれば火花を飛ばせる者は増えてくる。一時間ほど頑張っていれば全員ができるようになり、一回目でできた者は数歩程度先まで雷光を伸ばせるようになる。
そこまでできれば、後は繰り返し練習するだけだ。畑の外側を南から東へとまわりながら、そこらの地面に向けて雷光を放ち続けてもらう。
日没には少し早いが、東門前に着いたらそこで解散することにした。今から北門まで進めば、日没の閉門の時間を超えてしまう可能性がある。
無計画に野営をして体力を無駄に消費するのは本当に意味がない。それならば、少しゆっくり休んでもらった方が良いだろう。
「明日からは王都の周辺に魔力を撒きつつ、雷光の魔法で魔虫を駆除していってください。」
「承知いたしました。」
返事は丁寧だが、騎士たちの表情はいまいち浮かないものだ。そんなに魔力を撒くのが嫌なのだろうか。だが、これをやっておけば、夏の間に野原の草が物凄い勢いで伸びることになる。
それを食む獣は肥えるし、幾分かは刈り取って家畜の餌にすることもできる。これからの畜産を考えればとても大切なことだ。
「今日は早いな、ティアリッテ。外の進みは良いのか?」
「概ね順調ですね。今日は百人少々に雷光の魔法を教えました。一ヶ月後には魔物退治の効率はかなり改善できるはずです。」
王宮には近衛含めて三百人近い騎士がいるため、百と少々では半分にもならない。しかしエーギノミーアの騎士が百四十人ほどだったことを考えれば、魔物退治は問題なく進められるのは間違いないだろう。
「岩の魔物の死骸はどうなっている?」
マッチハンジとしては、魔物の死骸が街のすぐそばに放置されているのが気にかかるらしい。早くどうにかしろと言いたげな表情を隠そうともしない。
「今のところ、そのままです。優先すべきこともそろそろ終わりですし、破壊しておいた方が良いですよね。」
岩の魔物の殻は、あまりにも頑丈すぎるため破壊するのも中身を焼き払うのも多大な労力を必要とする。他の大型の魔物であれば長くても半日もあれば終わるのだが、岩の魔物だけは一日では終わらない。
そのため、忙しい時期は放置しておくことにしたのだ。
「種播きが始まったのだ。次に騎士が忙しくなるのは夏頃からだったな?」
「ああ。」
「ならば、一度休暇を与え、その後すぐに取り掛かれば良いだろう。」
ジョノミディスの言葉に、マッチハンジは不服そうな顔をするが、言葉に出しての反対はない。実際のところ、後数日ばかり岩の魔物の処理を引き伸ばしたところでさしたる害はないはずだ。
それよりも、騎士を不休で働かせることの方が害がある。皆、雪解けからずっと毎日休みなく働いているのだ、たまにはゆっくりと休ませた方が良い。
「ティアリッテとフィエルナズサも、数日は城でゆっくりしていてくれ。私も外に出ねばならぬからな。」
各地の守りの石に魔力を充填していかねばならないため、留守にしている間は私たちに城を守っていてほしいとジョノミディスは言う。
本来ならば、守りの石へ魔力を補充するのは国王か王太子の仕事のはずだ。だが、今ウンガス王国にはそのどちらもないし、先王も各地を回れるほどの体力的余裕はないという。
他の某系王族に任せるという話も出たが、それはそれで問題が起きる。国王としての仕事に携わっているということで、その某系王族を国王に担ぎ出そうとする者たちが絶対に出てくる。
ジョノミディスが国王の代わりに動けば、不愉快を表明する者は現れるだろうが、先王や某系王族の承認があるとなれば表立って動くことは抑えられる。
両者の違いは、武力行使に出てきた際に、私たちに武力で叩き潰す大義名分があるかということに尽きる。
「外で狙われる可能性もあります。私もご一緒しましょうか?」
「いや、大丈夫だ。護衛も連れていく。」
二人で行った方が安心だろうと思ったが、心配せず休んでいれば良いとジョノミディスは言う。
ブェレンザッハにいた頃から彼に仕えている騎士は、今では相当な実力を身に付けている。銀狼に跨り赤空龍とも戦ったことがある者たちであるし、胆力や対応力で彼らに敵う騎士はウンガスにはいないだろう。




