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422 ウンガスの春

 ウンガス王国には日復祭の宴はない。

 十年ほど前までは催していたらしいのだが、多くの領地に宴ができるほどの余裕がなくなり、年々規模を縮小してお茶会に落ち着いたのだという。食事もそうだが、何より酒をほとんど作れていないために宴の体をなさないらしい。


 今年も例年に漏れず、軽くお茶会を開くだけだった。王族直轄領やいくつかの領地の収穫は向上しているが、酒造は据え置いたままだ。生産量は本当に微々たるものでしかない。


 ウンガスにも学院はあるらしく、毎年子どもたちが集まっていたのだが、今年はその全てがバランキルに行ってしまっているため、日復祭に出てくることも無い。参加者数は多くても七十人程度にしかならないし、話題も限られる。

 お茶会程度で本当に良かったと胸をなでおろしつつ、何事もなく終えることができた。


 その後も予定していた行事や仕事は淡々と進められ、表立った問題は特になく春を迎えることになった。


 ウンガス王都はバランキル王都よりも雪が少ないために、雪解けも早く終わる。通常ならば学院の終業を待ってから王都を発つのだが、今年は子どもがいないため雪が解けて道が通れるようになり次第動き始める。南方の領主は三月末には王都を出発して自領へと戻っていった。


 その前に、魔力の撒き方といくつかの魔法は教えてある。これは全ての領地に平等に教えることにした。

 農業収穫を考えると、魔力は絶対に播いた方が良いし、効率よく魔物退治を進めなければ成果もあがらない。雷光や炎雷の魔法は教えていないが、炎の帯や飛礫の魔法などは大型の魔物にも通用する威力を持つ。


 強力な魔法を教えることに先王(ヨジュナ)は不安そうな表情を見せていたが、教えられる方は私が雷光の魔法をあえて教えていないことを知っている。思い上がって叛乱を起こすなんてことにはならないだろう。


「雪も解けてきましたし、私も出発いたします。」


 王都を離れる前に私に律儀に挨拶に来る者は多くはない。そんな中でもミュウジュウ侯爵と北東部の中小領地の領主は一言挨拶にやってきた。


「ミュウジュウでは雪解けは王都の一週間遅れ程なのですね。」

「年によって差はありますが、王都で完全に雪を見なくなって数日後にはミュウジュウの領都でも道から雪がなくなります。」


 移動にかかる時間を考えれば、王都のあちらこちらに周辺に残雪があるうちに出発したので問題ないらしい。


「ノエヴィス領は通行できる状態なのでしょうか?」

「少々荒れているでしょうけれど、幸いというべきかノエヴィス領で川を越える必要がございません。」


 難所となるような箇所はなく、道が完全に通れなくなっていることはないだろうとミュウジュウ侯爵は言う。


「少なくともノエヴィスを越えるまでは同道する予定にございます。」

「強力な魔法も教えていただきましたので心配ございません。街道周辺の魔物は退治しながら進みますよ。」

「ノエヴィスの地では、退治する者がいないため魔物が増えているだろうことが容易に予測されますからな。」


 パックプッツ男爵らもそう言って頼もしい笑みを見せる。


 彼らは私たちの派閥と認め、灼熱の飛礫の魔法を教えている。雷光の魔法とは違い高所にいる敵には有効ではないが、敵が地面の上にいれば恐ろしい破壊力を発揮する魔法だ。


 岩の魔物や赤空龍といった魔物には通用しないだろうが、相性が悪い敵は他のどんな魔法にも存在する。


「繰り返しになりますが、農業は全ての産業の礎でございます。今年は安定した収穫が得られるように全力を尽くしてください。」

「心得ております。領地に戻り次第、教わりましたことを実践に移していく所存でございます。」


 ミュウジュウ侯爵が(ひざまず)いて大袈裟(おおげさ)に答えると、他の子爵や男爵もそれに倣う。彼らの心がどこにあるのかは読めないが、少なくとも今年は農業に集中してくれるだろう。何か事を起こすつもりであるにせよ、力を蓄えなければ何もできはしない。



 各地の領主を送り出すと、王宮の騎士たちにも畑の魔力撒きの仕事が待っている。畑で農民と並んで仕事をするということに渋る様子を見せる者も少なくはないが、魔力の制御は覚えてもらわなければ困る。


 炎の帯や飛礫の魔法はそれなりに強力だが、雷光や灼熱の飛礫の圧倒的な殺傷能力には及ばない。魔物退治の効率を考えれば、全ての騎士がこれらを身に付けるべきだ。

 そのためには、魔力の細やかな制御を覚える必要がある。畑に魔力を撒くのもその訓練の一助となる。


「そこまで違うものなのですか?」

「恐らく、雷光というのは兜熊(ヒギア)鬼象(ジーグォム)黒鬼熊(センヒョム)などを一撃で倒した魔法だ。」


 疑問の声も上がるが、私の魔物退治についてきていた騎士は厳しい表情で答える。

 昨年末に岩の魔物が大型魔獣をいくつも引き連れてきたことは騎士なら誰でも知っている。そのときに私やフィエルナズサがどう戦ったのかの詳細は報告していない。


 同行していた騎士たちには口止めをしていたわけではないが、恐らく言っても信じてもらえなかったために話が広がっていないのだろう。


「畑での仕事をすれば、その魔法を教えていただけるということですか?」

「その言い方ですと、少々意味合いが違いますね。この街、この国の発展のためには、畑に魔力を撒くことも雷光の魔法も、覚えてもらわなければ困ります。」


 畑に雷光の魔法を撒き散らすことでも収穫が向上するということも分かっているのだ。収穫の増加は騎士の働き次第とも言えるのだが、これはいくら言葉で説明しても理解してもらえない。


 エーギノミーアでもそうだったのに、私やバランキル王国にあまり良い感情を持っていない者が理解してくれるはずもない。


 不満などお構いなしに班を分けて、畑の区画を一つずつ処理させていく。もちろん、畑以外の魔物退治も進めていかねばならないので、交代で外に出ていくことになる。



 種蒔きの時期を限界まで遅らせて畑に魔力を撒いていると、手の空く農民もいくつか出てくる。彼らには別の重要な仕事を与えねばならない。


 騎士団の訓練場に作った苗床から、樹木の苗を草原に植えていく作業だ。昨年に撒いた種は順調に育ち、おおよそ手のひらほどの大きさになっている。


 植える場所は既に決めてある。街の北の空き地で飛礫の魔法を繰り返して土をひっくり返し、魔力と雷光を撒いておけば下準備としては十分だろう。


 三十人ほどの農民を集め、馬車で苗を街の北の空き地へ運ばせる。約九千六百本の苗の植え替えは重労働であろうが、それでも一週間かけてれば全て完了した。


「いっぱい植えたは良いけど、これは何の苗なんだ?」


 毎日、休憩時には一緒に食事をしていれば、農民も気安く話しかけてくるようにもなる。もちろん、それを許すのはこの場だけだとは言っておくが、他の貴族にも農民と意思疎通できるようになっていってほしいものである。


「この辺りはゴジュウ、薪材となる木ですね。桃や栗などの果物や堅果も多く植えていますので、上手くいけば数年後には実を得られるようになるでしょう。」


 完全に分けているわけではないが、かなり偏ってはいる。

 聞いたところによると、桃や栗などの木が実を結ぶほどに成長するには三、四年はかかるという。成長の遅いものだと十年以上もかかるというのだから、木を育てるというのは気長な話である。


「植樹は今後も継続的に行う予定です。畑の近くで果物や薪が採れた方が便利でしょう。」

「まあ、森ゃ行くのは大変だっちゅう話さな。」

木樵(きこり)連中にも手伝わせりゃあ良いんじゃ。あいつらだって、今の時期はそんなに忙しくなかろ?」


 木樵(きこり)とはいっても、年がら年中森へ行っているわけではないらしい。一人当たりの面積は専業の者よりはるかに狭いものの、畑を持っているのが通常だという。


 ならば、この農民と同じように手が空いてしまっている可能性は十分にある。来年はもっと規模を拡大する予定だし、漏らさず対応してもらおうと思う。


「ところで、実が生るようになったら、ワシらも採って良いのか?」

「構いませんよ。通常の森での採集と同じ税率とする予定です。」

「そりゃあ有り難え話だな。」


 農民たちはそう言って顔を綻ばせるが、厳密にはそれを約束してやることはできない。もちろん、そうするように言っておくつもりではあるが、実が生る頃には私はこの地にはいない。

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