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421 魔物退治とは

 城に戻り、魔物退治の結果について報告すると、各人各様の反応を示す。一から説明していかなければならないのは面倒だが、ウンガス貴族がいつまでも〝守り手〟を魔物と同一視し続けているのも問題だ。


「あの獣たちがいると、草木の成長が良くなり、大きな実をつけるようになるのですよ。敵対せず、友好的な関係であった方が有益です。」


 そう言っても、疑いの目を向けられるだけだ。

 多くの〝守り手〟は、人の住む町や村に近づいてくることは滅多にない。そのため、土地の豊かさの違いを実際に見て知っている者も少ない。


 エーギノミーアでは、森山羊(パーケイジャ)という獣が領都の畑の外の森に住み着くことで明確な収穫増加に繋がっているが、あれほど分かりやすい例も珍しい。


「話が突飛すぎて、(にわ)かには信じられぬ。」


 ザッガルド公爵さえもそう言って首を横に振る。バランキル王国でも〝守り手〟については常識とまでなっていないし、言葉の説明だけで納得してもらえないのは仕方がないだろう。


「そんなことよりも、今危険なのはあの魔物を倒した場所そのものです。」


 詳しい場所を説明して、誰も近寄らないようにと言っておかなければならない。信じようが信じまいが、馬や平民は近づくだけで命を落とすほど危険な状態である事実は変わらない。


 領主や王族であれば少々の魔力には耐えられるだろうが、岩の魔物の死骸の直近まで行って無事で済むとは思えない。


「それは春までには何とかなるのか?」

「数箇月もあれば、人が通っても平気な程度に薄まるでしょう。ただし、しばらくの間は魔物が集まりやすくなるので、周辺の警戒は必要です。」


 他の地域から比べて、突出した魔力に溢れた土地はとても目立つ。冬の魔物が大挙して押し寄せてくることも考えられる。



 魔物が魔力に集まってくることは、川の魔物退治で示せば済むことだった。


 年末を目前に会議は一旦の終わりを迎え、私たちは騎士や領主一族の者たちを引き連れて魔物退治に行くことになった。


 日の出とともに街門を出て、西のネブジ川へと向かう。冬至目前という昼の時間は一年で最も短い時季であるため、少々急がねばならない。

 同行する者たちが何やら物々しい雰囲気をしているが、それをあまり気にもしていられない。


 人数が多すぎるため、町に入ることはせずに南側へと回り込んで川岸までいくと、水の底の方に魔物の気配を幾つも感じた。

 真冬になると氷が張ると聞いているが、まだその時期には早いようで、河原滔々と流れていた。


「魔物とは、強い魔力に引き寄せられます。」


 そう言って、水面に小さな魔力の塊を放り投げると、魔物が一斉に浮かび上がってくる。さらに岸と川の境に少し大きめに魔力を放ってやれば、それらは物凄い勢いで集まってくる。


「何と⁉」


 小型のものが多いとはいえ、百を超える数の魔物が一気に集まってくれば騎士や領主も驚きの声を上げる。


「大型の魔物は誘き出せぬのか?」

「ここらにはもういない可能性の方が高い。夏の間に何度か来て狩り尽くしているからな。」


 不満そうな声もあるが、大型の魔物はそうそう住処を変えない。数年はこの付近では見かけることはないだろう。

 その代わりに、大型の魔物に襲われなくなった中型以下の魔物は増える。


 何度も退治しているのにまだ出てくるのは、別の地方の大型の魔物から逃げてきた個体ではないかと思われる。

 何度か魔力を撒けば、魔物は次から次へと集まってきて、岸の上にその姿を表す。


 片っ端から魔物を退治していると、酷く呆れたような視線が送られるが、あまり気にもしていられない。水棲とはいっても、足があり素早く走るものもあるのだ。あまり油断していれば、こちらが襲われてしまう。


 数分もすれば、這い出てくる魔物の勢いは徐々に弱まってくる。しかし、それが完全になくなるまでは少し時間がかかる。


 いつ終わるともしれない魔物退治に飽きて、多くの領主たちが飽きてくるのも仕方がないだろう。川岸から少し離れたところで火を焚き、昼食を取る運びとなる。


 私とフィエルナズサもそれについていくと、騎士たちがぎょっとした顔をするが特に問題はない。交代で二百歩先の川岸に向けて雷光を放っていれば、魔物がこちらまで来ることもない。


 パニーニを口に運びながら雷光の魔法を放ち続けていると、信じられないものを見るような目を向けられる。あまり良い気分ではないのだが、これも今回の目的の一つだ。


 力の差を見せておくことは重要だ。

 何もしないでいれば、若輩と侮り力で捩じ伏せようとしてくる者が出てくるだろう。面倒なことを避けるには、こちらから見せてしまうのが一番だ。



 一時間もすれば、周辺の魔物は狩り尽くす。魔物の騒めきが収まったら、町からきた民の威勢の良い声が聞こえてくる。使える皮や肉は、取れるだけ取らせておけば良い。


「あれの分の税はどうするのだ?」

「春までは免除することにしている。あまり搾り取っていても良いことはないだろう。」


 フィエルナズサが答えると、領主たちは成程と頷く。


 疲弊した者たちに力を尽くせと言ったところで、できることは限られている。まず余裕を与えることで、その後に産業発展に力を注ぐことができるようになる。

 今は直接税を取るよりも経済が動いてくれた方が利益が大きい。



 数十人の町人たちが忙しなく動き回り、魔物は次々に解体される。内臓や骨には使い道もないらしく、毒で使えない魔物と一緒に積み上げられていく。


 この作業が終わるまで待っているつもりもない。夕方の閉門までに王都に戻るには、川辺にいつまでも滞在していられないのだ。


 ある程度まとまったところに火を放っておけば、そのうち灰になる。周囲には燃え広がるようなものもないし、少し残るのはまた明日来て処理しておけば良い。そもそもとして、魔力を撒いた翌日は念のための巡回は必要だ。



 帰り道は、魔力の放出の仕方を軽く練習しながら進む。そこらに放ってしまうと魔物が寄ってくる原因となってしまうため、少し乱暴な方法での回収の仕方も教えておく。


 魔力の塊が小さければ、素手で握り潰すだけで良い。他人の魔力だと怪我をするが、自分のものであれば少々痛い程度だ。


 もう少し時間をかけてれば苦痛なく回収することもできるが、馬の上で練習するのは避けることにした。間違って馬に魔力の塊をぶつけてしまっては大変だ。私やフィエルナズサは馬上でも魔力を扱えるまで習熟しているが、初めての者ではとても難しい。


「例の岩の魔物とやらを見ていくことはできるか?」


 外に出たついでにと伯爵の一人が言う。他の者たちも大型の魔物の死骸や、〝守り手〟の様子も気になるということで畑の外側から北の方に回り込む。


「あまり近寄ると、馬が倒れてしまいます。」


 注意しなくても馬は近寄るのを拒絶しようとするのだが、念のためだ。

「確かに私も異様な空気を感じるな。本当にあれを放置して良いのか?」

「岩の魔物の死骸に近接するのは私にも不可能だ。薄まるまで放置する以外に手段がない。」


 どんなに問題があろうとも、打てる手段がないとフィエルナズサははっきりと言う。それほど見境のない方法を取らねば岩の魔物は倒せないということも付け加えておく。


「何故、そんな聞いたこともない恐ろしい魔物がこんな所に?」

「分からぬ。バランキル王国でも知る者が誰一人といなかったが、この数年で突如何体か発見されている。」


 岩の魔物は、記録に残らないほど長大な周期で発生する魔物であると考えられている。

 バランキル王国で発見したのは、通常、人が立ち入らぬ山奥で発見したものもあるが、少なくとも王族直轄領に一体出現しているのだ。生息域と人の住む地域が重なっていなかっただけということはない。


「今回もそうだが、岩の魔物は他の魔物を従えているように見えることもある。大型の魔物が数百、数千という数で町を襲ったりすれば、被害は甚大なものになるだろう。」


 フィエルナズサの言葉に、雪原の向こうにいくつもある魔物の死骸へと視線が向く。畑の端を歩いていれば、三十ほどの死骸が確認できる。その向こうにある一際大きい巨岩にしか見えない物体が岩の魔物だ。


「魔物の王のようなものなのか?」

「可能性はある。少なくとも、そう呼ぶに値する強大な力と体躯の持ち主だ。」


 下手をすれば、岩の魔物一体で町が滅ぼされる。私やフィエルナズサだけでは倒すことなど不可能だ。せいぜいできて足止め程度だろう。


 王都ならば王族貴族が総出で当たれば倒せる可能性があるが、小領主(バェル)の治める町ではどう考えても戦力が足りない。


「待ってくれ。あれが我らの領地に現れたらどうすれば良いのだ?」

「守り手を頼ることができれば、それが最も確実です。それが叶わなくとも、領地の騎士全てを集めれば倒せる可能性はあります。近隣の領主に騎士の派遣を求めた方が良いでしょうね。」


 誇りだの何だので勝てる相手ではない。形振り構わず、可能な限りの戦力を集めるべきだ。

 そして、それも単独である前提の話だ。大型の魔物が集まっていれば、必要な戦力は膨大なものになる。

 そして、私も遭遇したことがないが、岩の魔物が群れていたら手の打ちようがない。


 私たちの説明に、領主たちも騎士たちも表情を固くする。それだけ岩の魔物が恐ろしい脅威だからこそ、努力で取り払える危険はできるだけ早期に減らしておきたいのだ。

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