表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
419/593

419 長い会議

「周知の通り、我が国の不作は三十年以上にも亘り、近年、さらに深刻度を増してきている。しかし、バランキル王国では不作は既に過去のものとなったという。その知見を得ることが我が国の発展の要となるだろう。」


 先王(ヨジュナ)の言葉に、多くの貴族が懐疑の目を向けるが、そんなことを一々気にしていては話が進まない。


 収穫が足りていないのは、ほぼ全ての領地に共通した課題であることに変わりはなく、ウンガス国内では解決策が見出されていないのも共通した認識だ。


「畑に満足に実りが得られないのは、端的にいえば貴族の怠慢だ。」


 フィエルナズサの言葉に、どよめきが起きる。ここに集まっているのは領主当人とそれに近い者だ。そのほとんどが、農業は農民が頑張るものと思っているのだから無理もない。


「ウンガス王国の全ての地域を知っているわけではないが、少なくとも北東部は魔物が多すぎる。叛乱騒ぎなど起こして魔物退治に回す手が足りなくなれば、土地が荒れるのは当然であろう。」

「失礼ながら、それは根拠があってのことなのか疑わしい。魔物退治をして収穫量が上がるならばそうしている。」


 当然のことを言っているのに反論が返ってくるのだからどうにもならない。だが、それに対しては今年の王都周辺含めていくつかの実績がある。


「ミズイラシュ卿よ、私も言われて試してみたところ、最大で昨年の倍近くの収穫を得ることができたぞ。」

「オードニアムでは畑ごとの比較はしておらぬが、全力を上げて魔物退治に取り組んだ結果、農業税収は昨年の三分の四を超えた。これは根拠とならぬか?」


 ナノエイモス公爵とオードニアム公爵がそう言えば、反論した伯爵は黙るしかない。実際にやってみて収穫が増えたと公爵が言っているのだ。誤差と言える範囲でもなく、根拠もなくそれを否定すれば立場を危うくするだけだ。


「魔物を退治をすれば、本当にそれだけで収穫は増えるのですか?」

「魔物退治以外にも、いくつかの要素はある。だが、あれもこれも手を出すより、一つずつ問題を片付けていった方が良いだろう。肝要なのは、そこらの平民の子どもでも踏み潰せるような小さな魔虫も残さず叩き潰していくことだ。」


 そう言うと、再びどよめきが広がる。いちいち面倒なことだが、その程度ならば想定の範囲内だ。畑に出て魔力を撒くとか、魔法を使って野菜や芋を乾燥させるといえば、さらに大騒ぎとなるだろう。


 極端に騎士が少ない領地もあるが、そこは頑張ってもらうしかない。叛乱や戦争で騎士を失ったなどという理由では、手を差し伸べる気にもならない。


「気を付けるべきは、魔草や魔木の類だ。見つけ次第引き抜き焼き払うべきなのだが、これらを栽培している畑は少なからずある。」

「よく見かけるのは紫豆(ピーリヒュー)夏柘榴(レイフライ)ですね。来年以降、どの領地でもこれらを植えることを禁止します。」

「待ってくれ。夏柘榴(レイフライ)はともかく、紫豆(ピーリヒュー)は我が領地では重要な作物だ。禁止されれば領民も家畜も飢えてしまう。」


 魔草の栽培に関しては、慌てて反論してくる者があった。席の位置からすると子爵か男爵のはずだが、残念ながら名乗ってくれなければ名前がわからない。


 そんなことはともかく、魔草など植えるから他の作物が育たないのだ。もしかしたら、他にも作物が育たない要因があるのかも知れないが、それは魔草を栽培して良い理由にはならない。


「何を植えれば良いのかは、個別に相談に応じる。いくらなんでも、魔草しか植えていないということもあるまい。」


 その土地の気候や特色によって適した作物は違う。最適な作物を見つけるまでの数年間、支援の食料を送ることも念頭に入れておけば、魔草栽培の撲滅は難しくないはずだ。


 そう説明すると、不安そうにしていた者たちもほっと息を吐く。



「我が領地には、畑を荒らす魔物などおらぬのだが? バランキルの貴族は知らぬのだろうが、魔物を使役する方法はあるのだよ。」


 中型の肉食魔獣を使えば、小型の草食の魔物は駆逐できる。そう主張する侯爵もいるが、魔物が畑の周辺を彷徨(うろつ)いている時点で実りに悪影響がある。


「魔物は存在するだけで周辺の土地を汚すと知らないのか? 中型の魔物の行動範囲内に有る作物は、明らかに実りが落ちることになるぞ。」

「そのような話は聞いたことがない!」


 呆れたようにフィエルナズサが言うが、侯爵は力一杯に否定する。興奮気味の侯爵とは対照的に、フィエルナズサは大きな溜息を吐くと、ゆっくりと首を振る。


「聞いたことがあるかなど聞いておらぬ。私は、自分で試して確認したのだ。手足を砕いた魔猿や甲熊(ヒギア)を置いたところ、周囲八百歩ほどまでは明確な悪影響が見られた。」


 元々、大雑把に魔物は害悪だから退治せよとは言われていたが、エーギノミーアでは具体的にどの程度の影響があるのかの確認をしてみたらしい。


 その結果、動けぬ魔物でも悪影響は明確にあり、それが死骸と化してからでも悪影響はしばらく残ったという。


「倒した魔物は速やかに焼却するか、食べ尽くしてしまうべきだ。」


 フィエルナズサがそう断言すると、侯爵は口を一文字に結び、視線を横へと逸らす。他の領主たちもそんな実験をしてみた者はいないのだろう、胡乱な、半ば呆れたような視線を向けるような者はあっても、明確に否定を言葉にする者はなかった。



「魔物退治は他にも意味がある。」


 沈黙が十数秒続くと、先王(ヨジュナ)は話題を次に進める。


「橋や港、街道の工事も魔物に怯える必要もなくなる。このまま先送りにしていれば、国は荒れ果ててしまうだろう。」

「その理屈は理解できますが、水棲の魔物は退治が難しいことも知っておられましょう。時間効率を考えますと、河川の魔物退治はどうしても後回しになってしまいます。」


 言うほど簡単に工事を進めることはできない可能性が高いと主張するのはオードニアム公爵だ。本当に知らないのか、知らないふりで言っているのかは判断が付かないが、少なくも知らない領主にとっては重要なことだろう。


 しかし、それも概ね解決済みだ。


「多くの魔物は誘き寄せることができる。一部、臆病な種類の魔物もあるが、それらが工事に携わる者を襲う危険も低いだろう。」

「種類によっては餌で誘き寄せるのは確かに効果的だが、水棲の魔物にはあまり有用ではないと認識しているが?」

「誰でもできる良い方法がある。どの程度の効果があるかは、見た方が早い。後日、魔物退治をする際に騎士でも見学に出してくれれば良いだろう。」


 いつも「物凄い勢いで集まってくる」と説明しているのだが、それで理解できた者はない。実際に見せると大抵の騎士は、想像を絶する光景だと評する。


 見れば分かると言っているのに、それ以上食い下がる者はない。


 誰も何もなければ、次の話に移る。話すべき事柄はとても多い。

 中でも、法律の改正や新規制定は賛否諸々の意見が飛び交い、とても一日で終わる話ではない。



 毎日会議を続けていると、十七日目に緊急の報が入り、一旦中止となった。そう多くはないが外には雪が積もり、白に染まる景色は完全に冬である。


 雪がちらつくなか冷たい風に吹かれたいとは思わないが、二週間以上も毎日会議室に詰めていると、外での仕事はいい気分転換になる。


 複数の種類の大型の魔物が王都に近づいているとなれば、対処しないわけにはいかない。報せを受けてすぐに私とフィエルナズサは急いで準備をする。


 城の横手から出ると、そこには馬が用意され準備が整った五十人ほどの騎士が待機していた。


「それで、魔物は今どこに?」

「北門を出て北西方向でございます。」

「我々に同行する騎士は二十八人で良い。各領主の騎士含め、見学は禁止はしないが、あまり近づかぬよう言っておいてくれ。」


 騎士団第一隊長と端的に言葉を交わし、馬に跨ると城門を出て北に向かう。既に街には道を空けるよう通達が出ており、私たちの前に人通りはない。


 雪道の様子を見ながら速度を上げていき、駈歩(かけあし)で街を一気に抜ける。そのままの勢いで敬礼の兵士が並ぶ街門を抜け、さらに北へと進む。


 畑を斜めに横切るよりは街道を直進した方が早い。距離的には遠回りになるが、走り易さを優先した方が結果的に早く進めるし、馬の体力の消耗も少なくて済む。


 畑を過ぎたところで西の方へと馬の向きを変えると、雪原の彼方に雪煙を上げている集団が見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ