418 領主会議の前に
収穫がすっかりと終わると、すぐに雪が降り始める。聞いたところによると、ウンガス王国ではバランキル王国よりも積雪量は少ないらしい。とは言っても、ウンガス王国は広い国土を持ち、色々な地域がある。
北西には雨や雪の量が極端に少ない砂漠があると言うし、最南の領地では冬でも雨が雪になることは珍しいという。
王都周辺では私の知る冬が訪れて、農業も工事も休みとなる。
その前に収穫も加工も全て終えて、倉には予定より少し多めに食料を確保することができた。
ネブジ川で赤紋水蛇をはじめとして水棲の魔物をいくつか退治したことも大きいだろう。毒があるものや、臭いがきつすぎてとても食べられないような魔物もあるが、不味いのを我慢すれば食べられる魔物も結構あるようだ。
とはいっても、それらの魔物を平民が捕まえることも難しい。罠を仕掛けるなどして水の上に引き上げても、凶暴に暴れ回る魔物の鱗は硬く、猟師や漁師では仕留めることができないのだ。
そのため、魔物の肉を食することができるのは、騎士が退治した時だけなのだが、通常はそんな機会はないという。
大型の可食な魔物を退治すれば、それだけで木箱数十ほどの食料にもなる。面積あたりの収穫量の少ない麦で考えれば、二から四区画に匹敵する量だ。何匹かを食用に供すれば、何百人かの一年分の食料が調達できたことになる。
十三月の末になると、各地方の領主が王都に集まってくる。バランキル王国では十四月の一日から学院が始まるので、各領主もそれに間に合うように移動するのだが、今年のウンガス王国では未成年者を連れてくる者はない。
十四月になり本格的な領主会議が始まる前に、ミュウジュウ侯爵からお茶会に招かれた。
「ジョノミディス様、ティアリッテ様、お久しゅうございます。」
「久しぶりだな、ミュウジュウ侯。食料生産は間に合ったか?」
「お陰様で近年稀にみる大豊作にございました。周辺の領地にも伝えたところ、みな礼を言いたいとのことです。」
ミュウジュウ侯爵のお茶会に招かれていたのは私たちだけではない。男爵や子爵などの小領主が多いが、七つの領地から二十人ほどが集まっていた。
「春ごろは暴動の心配もしていたのですが、全ての民に行き渡るだけの収穫を得ることができました。心よりお礼申し上げます。」
「我が領地でも想像をはるかに超える収穫量で、昨年までとは別の意味で頭を抱える事態となりましたが、それもなんとか乗り越えることができました。」
領主らが口々に礼を述べるが、収穫や加工が追いつかないほどまでに収穫を増やしたのは余程頑張ったのだろう。そもそも、ミュウジュウ侯爵に魔力を撒くように言ったが、水に籠めて撒き散らすやり方は教えていない。
小さな魔力の塊を畑にいくつも放り投げるという効率の悪い方法だけで大豊作を得たのは、単に彼らの頑張りの賜物だろう。
「一つお伺いしたいのだが、バランキル王国は子どもらをどのように教育するおつもりなのでしょう?」
「どうと言われましても、バランキルの貴族として必要なことをお教えしますよ。とは言っても、地理や歴史は軽めになるはずですけれど。」
バランキル王国の地理など教わっても、彼ら益など全くないだろう。算術はどこへ行っても変わらないとして、法律に関してはバランキルのものを押し付けるつもりだ。
そして、魔物に対する考え方や、農業を含めた領地の産業や事業の進め方について学んでもらう。
バランキル王国でもその傾向が強い者はいるが、ウンガス貴族は産業や民の活動に非常に疎い。税さえ納めていればそれ以上は気にしない、という態度では産業の衰退にすら気付かない。
いくつか例をあげて、バランキル王国とウンガス王国で明らかに異なっていることを説明すると、領主たちは一様に目を見開いてぽかんとしている。
「不満でもあるのか?」
「そうではございません。ただ、予想していた回答と大きく異なっていたものでして……」
「現領主に対して、敢えて反感を抱くようなことをするつもりはない。考え方が我々の目指しているのは、あくまでも平穏で豊かな国だ。数年後、戻ってきた子どもと衝突するのか、共に未来を目指していけるのかは其方ら次第だ。」
ジョノミディスの言葉に、並み居る領主たちは神妙に頷く。
なにか勘違いしているようだが、わざわざ争いの芽となるようなことを植え付けるつもりはない。
現領主が子どもの意見を聞き入れる度量を持っているのならば、話し合いをすれば良いだけなのだ。双方ともに変な悪感情を持っていなければ、できないはずがない。
「過分なご配慮、有難うございます。」
ミュウジュウ侯爵を先頭に頭を下げるが、私たちとしてはその後が目的なのだ。得る利益もないのに、色々としてやるつもりはない。
「後ほど全領主に言うことでもありますが、それぞれの領地ならではの特産品を作ってくださいませ。一朝一夕でできることではございませんし、自領の特性をよく知っていなければ上手くいくはずもありません。」
子どもたちが戻ってくるまで数年の時間がある。それまでにどの産業を育てていくのか、検討するための情報を集めておけばいい。
食料生産の安定化も簡単ではないし、二年や三年では産業育成の着手には至らないだろう。バランキル王国での成功事例を学んだ子どもたちの帰りを待ってからで良い。
ひとしきり感謝された後は、お茶会らしく雑談や情報の交換が主となる。そこでは当然、ヘージュハック侯爵やセデセニオ伯爵の名前も出てくる。
そもそも、ここに呼ばれたのはミュウジュウ侯爵が集めたヘージュハック侯爵に対抗するための一派なのだろう。
苦情を言うにも賠償を求めるにも、互いの持つ発言力や影響力というのは重要だ。明らかに格下からの要求では、簡単に突っぱねられてしまう。
私たちの与えた情報を独占せず周辺の領主を抱き込んだのは、バランキル貴族と比較的良い関係を築いていると示すことにもなる。それを背景にすれば、少なくとも私たちが王宮にいる間は発言力を強めることになるだろう。
「そういえば、セデセニオ伯爵の件はご存知なのでしょうか?」
「ミュウジュウの町を襲ったのとは別の件でしょうか?」
「基本的に別件だな。最終的な判決がまだだが、王宮の牢に繋がれています。」
秘匿するということにはなっていなかったはずだが、積極的に公知しているわけでもなく、ミュウジュウ侯爵を含めてセデセニオ伯爵が捕らえられていることは知らない様子だった。
知らないならば、敢えて詳細を広める必要もない。言い繕うことのできない咎があり当主が捕らえられた状態であることだけ言っておけば良い。
他にも何度かお茶会に呼ばれ、数日が過ぎると多くの領主が集まる会議が開かれる。名目上は、全領主が参加することになっているが、ここ十年ほどは本当に全員が集まったことはないらしい。
今年は、二つの領主が欠席だ。とは言っても、一つは牢に入れられているセデセニオ伯爵なので、実質的には一つだろう。
欠席としているのは西の公爵モジュギオだが、領主の西隣の国への訪問が長引いているために都合がつかなかったという話で、特に叛意を持ってのことではない。
会議室は王族と領主が向き合うように作られている。王族を中心として、半円の弧を描くテーブルが七段に広がる。公爵たちは、最も手前、中央に近いテーブルに座り、外側にいくにしたがって侯爵、伯爵と階位が下がっていく。
そして、私たちバランキル貴族が座るのは王族側だ。
「諸侯らよ、よく集まってくれた。先日の要請に速やかに応えてくれたこと、王族を代表して感謝する。その代償は、豊かな実りである。長きにわたる不作に苦しむのも終わる時がきたのだ。」
会議の始まりに当たって先王が言葉を述べる。聞いている領主たちの反応はさまざまだ。
無表情でいる者が最も多いが、不服そうに目元を険しくする者もあるし、胡乱な視線を私たちに注ぐ者もいる。そして、それほど数は多くはないが、明らかに敵意を込めた鋭い視線がある。
そのほとんどは知らない顔だが、私たちに向けてきているのは見知った者、エリハオップ公爵だった。




