417 仕事の進め方
子どもたちを乗せた馬車が東へと旅立っていくと、公爵や代行もそれぞれの領地へと帰っていく。それを見送ると、私たちもウンガス王宮の各業務の改善に取り掛かる。
文官部門の再編はジョノミディスを中心に、マッチハンジとメイキヒューセが担当する。私とフィエルナズサは騎士とともに外回りの仕事を叩き直していくことになる。
メイキヒューセは、できればフィエルナズサと同じところでの仕事をと希望していたが、どう話を聞いてもメイキヒューセは外の仕事にはあまり慣れていないし、ジョノミディスも文官を纏める方が向いている。
少なくとも今年の冬までに誰の目にも明らかな実績を作らなければならないのだ。個人の感情よりも適材適所で仕事を進めることを優先したい。
外の仕事、つまり騎士の仕事といえば、第一に魔物退治だ。
魔力を撒くことも大事なのだが、それ以前に魔物が多すぎる。やはりここでも小型の魔物など騎士が相手をするものではないなどと言う者が多いが、そんなことを言っているから収穫量が悲惨なことになるのだ。
「とにかく、徹底的に魔物を退治していきます。畑を荒らす魔物を放置して収穫量の改善などありません。不作が収まらないのは騎士の怠慢が原因です。」
私がそう断言すると不服そうな顔をする者もいるが、一々相手などしてもいられない。班をいくつかに分けて指示を出して王都近隣から根絶する勢いで魔物退治をさせる。
そして私は近くの森や村の畑に魔力を撒いていく。今年は王都周辺の畑に魔力は撒かない予定だ。魔物退治をするだけで、収穫量にどれほどの差が出るのか分かるようにした方がいい。
もちろん、それだけでは足りないのは目に見えているので、周辺村落の収穫量を可能な限り上げておく方針だ。
一ヶ月もすると、実りに差が出てくる。赤瓜や長瓜の収穫は好調で、農民も徴税部門も明らかに昨年より良い出来だと言う。
「本当に魔物退治をするだけで収穫量が増えるのか……?」
報告を受けて愕然としたように先王は言う。彼らの認識では、今まで魔物退治を怠っていたわけではない。平民では倒しようがない中型以上の魔物は、当然のように騎士が出動して駆除したり追い払ったりしている。
だが、それだけでは足りないのだ。そこらの町民でも踏み潰せるような小さな魔物でも、作物には有害である。
まず騎士が毎日魔物駆除している姿を見せて、その後、町人や農民を総動員して畑の魔虫を徹底的に潰させる。そうしている間に私とフィエルナズサは王都の周辺に足を伸ばし、森や川の調査も進めていく。
三ヶ月もすると、昨年までと比べて収穫量が倍増していると報告があった。魔力も撒いていないのにそこまで増えるのは予想外だが、今までがそれだけ危機的な状況だったということだろう。
魔力を撒いている王都周辺の村落は昨年比で五倍を超える収穫量になっており、人員の募集をかけて各村へと派遣することで滞りなく作業を進めることができている。
収穫よりもむしろ徴税の方が手間取っているくらいだ。
そうしているうちに、王子らを乗せてバランキル王国に行っていた馬車が、支援の食料を満載して帰ってきた。
「長芋か。まあ、順当なところか。」
「こちらには甘藷もありますよ。」
木箱を一つひとつ確認してみると、乾燥処理を施した芋がぎっしりと詰まっていた。処理の過程で重量と嵩を三分の一ほどまで減らした芋は原形を留めていない。それでもジョノミディスもフィエルナズサも、見ればすぐにそれが何であるかは判別できる。
「芋類の見分けは私にはできません。豆であれば分かるのですが……」
マッチハンジはそう言って苦笑する。収穫後、軽く干しただけの芋は徴税担当をしていた頃に見たことがあるが、加工後の芋は目にする機会などなかったらしい。
「そういえば、父上や母上も加工芋をそれ単体では見たことがないかも知れぬな。」
「作業効率を考えると、父上に来てもらっては困るからな。私も見せたことがなかったかもしれぬ。」
ジョノミディスとフィエルナズサはそう頷きあうが、マッチハンジには理解ができないようで、こめかみに指を当てて首をかしげる。
「芋や野菜を加工する際は、刃物や金属の器具を使って切ったり潰したりする工程があるのですよ。」
「なるほど。」
領主の目の前で刃物を握り締めていれば、それだけで叛逆の罪に問われることになる。そんな意思などなく真面目に働いている作業員を犯罪者にするわけにいかない。
そして加工した芋は、城内に運ばれることはない。馬の飼料として離れの蔵に収められるが、領主が目にするのはさらに加工され豆や草と混ぜられた混合飼料だ。
木箱は内容別に蔵に運ばせておく。行ってみると蔵は予定通りに埋まっていた。さらに、ミュウジュウ侯爵領に馬車を派遣し、バランキル王国から追加で送られてきた食料を運搬するように命じる。
これから二ヶ月も三ヶ月もかけて南方や北方の領地まで馬車を往復させれば、国境の山道は雪が積もってしまう。バランキル王国からきた馬車は、ミュウジュウ領で引き返させた方が良い。冬をウンガス王国で越すことになれば、余計に食料が必要となってしまうし、彼らだって冬になる前に故郷に帰りたいだろう。
畑の収穫も順調に進み、今年の冬は問題なく越せそうであると安心していたら騎士団から苦情が届いてしまった。
魔術の訓練場に土を運ばせて木の苗を育てるための畑にしてしまったのがとても不満らしい。
「馬を運動させる場所は残してあるのだから良いではありませんか。魔法の訓練など必要ありません。外に出て魔物退治をしていれば良いのです。」
「訓練が必要ではないなど、理解できません!」
「学生でもあるまいし、訓練が必要など理解できません。」
集まった隊長たちは不服を唱えるが、私には全く理解できない。
魔物の数から察するに、数年の間は騎士には訓練などしている暇はないはずだ。
根絶するつもりで魔物退治に当たってもらわなければ困る。
「根絶、ですか。お聞きしたいのですが、何故そこまで魔物退治にこだわるのですか? 畑を荒らす魔物を退治するというのは理解できますが、野山の魔物はある程度までならば放っておいても構わないと存じますが……」
「魔物があると、それだけでその土地の草木の成長が悪くなるのです。豊かな土地にしたければ、まず魔物を排除するところから始めるものですよ。」
「魔物があるだけで、ですか?」
騎士隊長たちは一様に身を見開き驚きの声を漏らす。
ウンガスではそのようなことを教わらないのだろうか。その深刻度の受け止め方に違いこそあるが、魔物が土地を穢すということはバランキルの貴族ならば常識として知っている。
野山に魔物が溢れていると森の恵みにも大きな影響が出るのは明白だし、薪となる木が育たなければ森がなくなってしまう。
「少し調べてみたのですが、この王都周辺の森は二十数年で半減しています。このままでは無くなってしまいますよ。」
「確かに私が学生の頃はもっと大きかったように思いますが、その、木を育てるのは城でやることなのですか?」
「そうやって、誰もが自分の仕事ではないと放置していることがとても多いのですよ。」
なおざりにされている事業は植林だけではない。騎士の主たる仕事である魔物退治も不十分だし、多くの街道も整備されずに放置されている。補修が必要であろう橋も各所にあるはずだ。
これら全てを怠慢ということもできない。そもそも、人手が足りなくなっている最大の要因は、叛乱や鎮圧に多くの力が割かれてしまっているためだ。
魔物が跋扈するようなところで工事なんてできるはずもないし、ありとあらゆる屋外事業が停滞する。結果、国土は荒れてさらに各所に不満が溜まることになる。
「騎士だけにその責任があるわけではないのですが、これまで各所が放置されていたことも事実です。その分は頑張らないと、荒れてしまった土地を回復させることもできません。」
「叛乱だけではない。バランキル王国に攻め入り、無駄に多くの騎士を失ったのは痛手のはずだ。できるはずのことも、できなくなってしまっていよう。」
フィエルナズサが付け加えて言うと、騎士隊長たちは視線を落とす。失策の責任の大半は前国王にあるのだろうが、彼らだって諫言できる立場のはずだ。数年前からの失策が積み重なっての現状であることは理解してもらわなければ困る。
無理にでも納得してもらい、騎士には引き続き直轄領をまわって魔物退治を進めさせる。各地の小領主にも魔物退治に注力するように言っておけば、来年からは各地の工事を進めていけるようになるはずだ。




