416 不愉快な了承
「バランキルに頼らず、我々だけで不作問題に対処することができない。其方らの主張はそれで間違いないか?」
老齢の公爵が眉間から伸びる皺を深くして低い声で問う。この場でできる精一杯の威をぶつけてくるが、そんな程度に怯むならば、こんなところに来はしない。
「そうだな。既に解決までの時間的余裕は尽きたとみて良いだろう。」
ジョノミディスは淡々と答えるが、ウンガスの貴族たちはとても不愉快そうだ。しかし、もはや試行錯誤していられる状況ではないだろうというのが私たちの結論だ。
この三週間ほど、ウンガスの内情について色々と教わってきたが、一刻も早く手を打たなければ、国全体で奪い合いの争いが始まりかねない。
「この数年の推移から半年後の収穫量の予測くらい立てられるだろう? 今年の秋、蔵の中身はどうなっているか分からないということもあるまい。」
領主やその代行として王宮に来ているのに、その程度も把握していないのでは務まらない。バランキル王国から本当に支援の食料が届いたらどう配分するのかは重要な課題だ。
誰もが、本音としては多く確保したいだろうが、自分の領地が最も困窮しているなどと胸を張って言えることではない。多く言っても少なく言っても利はないため、結局のところ正直なところを言うしかないのだ。
「我が領地は、支援がなくとも今年は乗り切れる予定だ。」
「ザッガルドも今年は問題ない。」
オードニアム公爵やポエンデュムが言うと、他の公爵らは一様に難しい顔をする。だが、その表情もよく見れば差があることが分かる。
取り繕ってはいるが、苦しそうな表情を隠しきれない者が五名おる。直接そう口にすることはないが、彼らの領地は今年を乗り切ることが難しいのだと思われる。
ほとんどが互いの顔色見ている中で、声を張り上げるのは者がいた。
「其方らに解決策があると言うならば、その証を示せば良いではないか。我らを排する謀にしか聞こえぬわ。」
「この王宮からバランキル王国に使節を出していることを知らぬわけでもあるまい。その使者に選ばれた者が余程の節穴でもない限り、両国の畑に大きな違いがあることは分かるはずだ。」
苦し紛れの言い掛かりなど、そう答えておけば良いはずだ。無駄に大声を出す|エリハオップ公爵家代表は内心の動揺を苛立ちで誤魔化しているようにしか見えない。
そもそも、信ずるに値するものが本当に何ひとつないならば、ウンガス王族だって私たちの要求を飲むようなことなどするはずがない。
「あまり話を長引かせたくはないのだが、本当に偽りなくバランキル王国より支援があるとした場合でも、条件を飲めぬという者はいるか?」
納得するまで議論を交わし、あるいは交渉をしようというのは間違ったことではないが、納得するつもりが最初からないのでは困るとオードニアム公爵は言う。
「オードニアム公、しかし、こんな話を信用できるはずがなかろう?」
「それを言っていは話が進まぬと言っているのだ。決定的なものを突きつけられても受け入れぬというのでは話にならぬ。」
ここに集まっているものは決して暇を持て余しているわけではない。できるだけ早く用件を済ませて自領に帰って仕事を進めねばならない立場であるはずだ。
「公は納得できるのか?」
「我々と違い、バランキル王国には選択肢がある。それを考えれば納得せざるを得ない、というのが正しいだろう。」
オードニアム公爵は考えられる選択肢は敢えて口にしないが、それを考えることができぬほど愚かな者はこの場にはいないはずだ。
一度深呼吸すると、怪訝そうな目を向けてきていた者たちの目は左右に泳ぎ始める。
しかし、そんな中で鋭い目を向けてくる者や変な笑みを浮かべる者もいる。この場でそれを口に出すことはしないが、私たちを亡き者にするか、あるいは人質としてバランキル王国に要求を出すことを思いついたのだろう。
「そういえば、二年前の王宮の事変の際、バランキルの使節団は夜襲を仕掛けた騎士団第二隊を返り討ちにしたと聞くな。あの話は事実なのか?」
おかしな雰囲気になりつつあるところで、間の抜けたほどに場違いな質問をしたのは第四王子だ。だが、こんな問いは他の誰も発することはできない。未成年でありながら会議に出席している第四王子だからこそできることだ。
「今更隠しても仕方がないだろう。」
先王の言葉は肯定でも否定でもないが、それだけで十分だ。あまり強い言葉を用いると、この場で暴れだす者が出てきかねない。
そして、このやり取りを含めて考えれば、オードニアム公爵が納得した理由が分からない者もいないだろう。
「確認したいのだが、子どもらを教育のためにバランキルに出すと、帰ってくるのはいつになるのだ?」
「本人の努力にもよるが、成人の頃には戻れる想定だ。ただし、最低の滞在期間は二年を考えている。」
二年というのは、往復するために必要な期間を考えると、その程度の滞在を考えねば割に合わないだろうということで決めた年限だ。
「教育の対象となるのは領主一族だけか?」
「どうしても希望があれば小領主の子も受けつけるが、無制限に数を増やせるわけではない。」
できることならば、上級貴族は全てバランキル王国で学ぶことを義務付けたいところだが、受け入れ態勢を整えるのにも時間がかかる。年齢の下限は三歳で、これはあまりに幼いと長旅に耐えられない可能性もあるためだ。
その後、いくつかの質問があると、難しい顔をしていた公爵の一人が賛同を示した。さらにナノエイモス、ピユデヘセンと二つの公爵家が立て続けに賛同すれば、場の流れは賛同へと傾く。
このような空気を作るのは大切だ。意地の張り合いをいつまでも続けても得られるものはない。仕方がない、と言いつつもほとんどの公爵家は賛同の意を示す。
それでも、最後に残っていたのはエリハオップ公爵家だった。もう一つ、ザッガルド公爵家のポエンデュムも黙ったままだが、こちらは最後に手を挙げるという事前の打ち合わせ通りのことだ。
エリハオップ公爵家には、この流れに賛同できない理由がある。代表してやってきているゾエカギュフが、単に意地を張った無能者ということではない。
自分たちが追放したノエヴィス伯爵がいるバランキル王国に、後継者候補を送り出すなどということができるはずがない。ノエヴィス伯爵に見つかれば、復讐の対象となるのは目に見えた事態だ。
「ゾエカギュフ様、道は残されていないと私は思うぞ。赦しを乞いに行かせた方が可能性があるのではないか? 学びに行った子を殺害すれば、バランキル王国でも罪に問われることになるだろう。」
ポエンデュムの言葉にゾエカギュフは奥歯を噛み締める。万が一、処刑を恐れずにノエヴィス伯爵が暴挙に及べば、エリハオップ公爵家は潰えてしまう。
無言のままのゾエカギュフに、ポエンデュムはさらに言葉を続ける。
「我がザッガルドが未だに公爵家であるのは何故だと思う? 前当主は謀叛を起こした第一王子に付いていたのだ、あの一件だけで爵位を剥奪されても不思議はないだろう。」
形こそ違うが、公爵家の存続の危機というのはザッガルドも経験している。どうやって危機を乗り越えたのかを考えれば、ゾエカギュフのすべきことも明らかだろうとポエンデュムは言う。
目を見張り、息を荒くするゾエカギュフだが、しばらくポエンデュムに注いでいた視線をこちらへと向ける。
「もし、当主が謝罪に行くとした場合、バランキル王国は拒まずに通してくれるか?」
「敵対的な態度を取るならばともかく、平和的に話し合いをしにきた者の入国を拒みはしないでしょう。」
軍を率いていけば迎え撃たれるだろうが、使者を名乗る者をいきなり殺すようなことはしない。バランキル国内で犯罪行為をすれば、処罰を受けることになるだろうが、何もしていない者を拘束したり排除したりはしないと断言できる。
ゾエカギュフが首を縦に振ったことで、全公爵家のバランキルへの移動が決まる。翌日には移動を開始し、また、侯爵家以下への通知も出されることになった。




