415 まとまらない公爵会議
「王都に着くまでに見た限りだと、かなり危機的状況であろう。それでも農業の改善は進まぬのか。」
「施策が上手くいかぬのを、外の責に転嫁しようとする者が多くてな。私の言うことなど誰も取り入れぬよ。」
フィエルナズサの言葉に、ポエンデュムは首を振りながら答える。前ザッガルド公爵は国王暗殺に関わったものとして処刑されているし、公爵家自体の信用度が落ちていることも大きいようだ。
オードニアム公爵は嘆息して細い目をポエンデュムに向ける。
「今年はいくつかの区画を使い、今までにない方法を試験的に進めることにしている。」
「ザッガルドの方法をそのまま取り入れていれば、今頃、畑は青々としているはずですが、ご覧になりましたか?」
「随分と知ったように言うのだな?」
「ザッガルドやノエヴィスに農業の進め方を教えたのは私ですもの。」
「なんだと⁉」
そういった情報は今まで入っていなかったのだろうか、オードニアム公爵は目を見張って大きな声を出す。そして、フェルンジークと顔を見合わせるとがっくりと項垂れて頭を抱える。
「……分かった。それで、バランキル王国は何を望んでいるのだ?」
「平穏で豊かな国であることですよ? もう少し具体的に言えば、難癖をつけることばかりに一生懸命で利益を生み出さない者を権力の座から排除していきたいと思っています。」
大雑把ではあるが、私たちのとる方針を伝えると、オードニアム公爵らは諦めたように「可能な限り協力する」と約束してくれた。
さらに一週間が過ぎて、やっとウンガスの公爵家が王都に出揃った。ウンガスの公爵家はバランキルよりも多く、全部で十二もあるという。
なんだか中途半端な数だが、場合によって増えたり減ったりするものだし、そこに疑問を持っても意味はないだろう。
いくつかの公爵家とは話をすることができ、ザッガルド、オードニアム、ナノエイモスに加えて、ピユデヘセン公爵家もバランキル王国の要求を飲む方向で話が付いている。
残る八つの公爵家であるが、予想通り、一筋縄でいきそうにはなかった。全公爵家を集めて、改めて先王から説明があるものの、聞いているものたちの大半は不服そうに眉を顰める。
「何故、バランキル王国などに我が子の教育を任せねばならんのだ!」
そう声を荒らげるのはチェセラハナ公爵だ。北方に位置する領地で、食料生産力も乏しいのに何故そんなに強気なのかよく分からない。
「貴方達だけで食料を賄えるならば、撥ね付ければ良いと思いますよ。私たちは何も困りませんから。」
「食料など税率を上げれば良いだけだろう。バランキル王国の支援など不要だ。」
「待て。貴公ら、正気か? 今、税率を上げれば、来年は農民が居なくなるぞ?」
チェセラハナ公爵の滅茶苦茶な主張に、オードニアム公爵は強く意義を唱える。ウンガス貴族は民のことを軽んじるとは知っていたが、ここまで酷いと問題視する者も他にもいるようだ。
「民とて、食べなければ死んでしまう。農民が倒れれば、生産量はさらに下落するのは火を見るよりも明らかであろう。」
「では、どうするのだ! バランキルの言いなりになるとでも言うのか!」
「有り得ぬ! 一体何故、それを受け入れようなどという話になっているのか全く理解できぬ!」
いくつかの公爵家の者たちはどうにも過大な自尊心があるらしく、私たちに頭を下げるのは死んでもお断りといった様子だ。
彼らは滅ぼしてしまったほうが早そうだなどとフィエルナズサが小声でぼそりと言うが、聞こえるように言ってしまった方が良いのかもしれない。
「ゾエカギュフ様、エリハオップ公爵家はどのような立場を取るのだ?」
一旦、口論を抑えたところで|ナノエイモス公爵家代表は沈黙したままの|エリハオップ公爵家代表に話を振る。
「長く続く不作だが、深刻度が上がってきているのも事実だ。解決に向けて、何らかの手段を講じる必要があるのは間違いなかろう。」
「エリハオップにそんな意識があったとは驚きだな。」
今度は聞こえるように言ったのはジョノミディスだ。実際、私も大変に驚いたし、フィエルナズサやマッチハンジも声を漏らすほどに驚愕している。
「どういう意味だ? バランキルの。」
不愉快そうに|エリハオップ公爵家代表が睨め付けてくるが、そのまま言葉どおりの意味だ。
「二年前、我らがノエヴィス伯爵に解決の手段を与えてやったのに、それを潰したのは其方らであろう?」
ジョノミディスの言葉に、室内は静まり返る。
「其方らのような者が上に立っていたのでは、遠からずウンガス王国は滅びる。正しい教育を施すことでウンガスを救ってやろうと言っているのだが、理解できぬか?」
「卑劣な手段にて周辺領地から収穫を奪うのが、解決策だと? 出鱈目にも程があるのではないか?」
「本当に理解できぬのならば、諦めるしかないでしょう。どう考えても領主として不適格ですから、公爵位を剥奪するのが順当ですね。」
あくまでも自分たちに非があることを認めないのならば仕方がないだろう。非常に険悪な雰囲気となるが、この程度は想定の範囲内だ。
「エリハオップはノエヴィス伯爵が収穫を奪ったと主張していますが、何を何処からどれだけ奪ったのかご存知の方はいらっしゃいますか?」
「疑いようのない事実だ。ここにはおらぬがヘージュハック侯爵やセデセニオ伯爵らも、ノエヴィスの蔵から不自然なまでに大量の穀物が出てきたのを確認している。」
顎を上げて|エリハオップ公爵家代表は自信満々に言うが、おそらくこの一連の件に関してヘージュハック侯爵は白を切る。
そして、セデセニオ伯爵は今この城の地下牢にいる。呼んできたらどんな顔をするのかと思うが、それは今やることではない。
「そもそも、何故、バランキルがノエヴィス伯爵に解決の手段を与える必要がある? 山を挟んで隣接しているミュウジュウ侯やトダニヴァス伯ならばともかく、ノエヴィスがバランキルと縁があるなど聞いたこともない。」
私たちがノエヴィスに関わった、その信憑性が疑わしいとエリハオップ伯爵は捲し立てる。
その主張には、一応の理はある。私だってノエヴィス伯爵なんて聞いたこともなかった。
長年にわたる交流を持っていたどころか互いに全く知らぬ関係で、突如として重要な情報を与えるなど容易に信じられるものでもないだろう。
「ノエヴィスの地は北の街道からこの王都に来る際の通り道にあるのだ、全くの無関係ではないだろう。エリハオップ公爵より攻撃を受けたノエヴィス伯爵が我が国に亡命することを選ぶ程度には関係を築いていたということだ。」
ジョノミディスの言葉に、半数ほどが僅かに表情を変える。納得させるには程遠いといったところだが、今のところはそれで十分だ。
「親交が全くないわけではないにしても、不作の解消法とは安いものではなかろう。ノエヴィス伯爵と一体どのような取り引きをしたのだ?」
「バランキル王国とウンガス王国の関係は、決して良いものではなかったことは知っていよう。その改善の一助になればと思ったのだが、全くの的外れだったらしい。」
肩を竦めてジョノミディスは言う。農業改善は広まるどころか、潰されてしまったのだ。何をどう言い繕うとも、計画としては大失敗である。
エリハオップ公爵の表情はどんどん険しくなっていくが、何か変なことを言い出す前にジョノミディスは言葉を続ける。
「失敗するやり方であると結論づけられたのだから、ノエヴィス伯爵と同じようにただ教えるという選択はあり得ない。違う方法を考える必要があるとするのは当然だろう。」
「その答えが、全ての領主一族の後継者に教育指導するということか。その計画は上手くいくと思ったのか?」
「上手くいきますよ。他に解決策を持っている方などいませんから。」
ザッガルド公爵だけは私たち抜きでどうとでもできるだろうが、他の領主には解決策がないのは明白だ。なにか良い方法があるならば、勿体ぶっていないでこの場で言ってしまうべきだ。
バランキルの言いなりになる必要はない、と言って他の領主に恩を売る絶好の機会なのだ。しかし、ポエンデュムと事前に話をしたところ、回答を得ている。
そして、実際にそう言っても、解決策ならあると申し出るものはいなかった。




