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414 ウンガスの公爵たち

 ウンガスの法律や地理などを学びつつ過ごしていれば、二週間ほど経った頃から公爵の子らが集まりはじめる。当主本人が来るところもあれば、成人済みの子などを代理としているところもある。


 昼食後、執務室へ向かうべく城の廊下を歩いていると、横から声をかけられた。


「ティアリッテ様、それにジョノミディス様。こちらにいらしていたのですね。」

「お久しゅうございます、ポエンデュム様。ザッガルドはその後、静穏でありましたか?」

「ええ。凶事に苦しむこともなく、無事に過ごせております。」


 足を止めて軽く言葉を交わすが、ポエンデュムの周囲の貴族たちは胡乱げな目を向けてくる。彼らのポエンデュムへの態度から察するに、他の公爵や、それに近い者なのだろう。


「そちらの方は?」

「こちらはモクニドゥシレ・ミルハ。オードニアム公爵家の当主だ。」

「私はジョノミディス・ブェレンザッハ。バランキル王国第一公爵の次期当主だ。」


 紹介に対し、こちらも順に名乗っていく。このような場での名乗りを概ね交互に行うのはウンガスでも同じようである。


「次期領主候補の教育をバランキル王国で行うと聞いたのだが、その意図を教えてもらえるか?」


 私たちがバランキルの貴族だと分かれば、当然出てくる質問だろう。彼らが何のために呼ばれてきたのか知らぬはずがないし、私たちが要求したことも知っているだろう。


「食料が不足したら他の領地や国に攻め入ろうなどと考えるのは、教育の質が悪いからではありませんか?」

「その点については、反論のしようもない。安易な武力侵攻に手を焼いているのは我らも同じだ。だが、もう少し穏やかな方法はないものか?」

「きちんと教育を受ければ、正統な後継者に爵位を譲り渡すことを認めると言っているのですが、穏やかではありませんか?」


 どうやら、前提としている条件が私たちと彼らでは大きく異なっているようだ。その理由は概ね想像がつく。


其方(そなた)らに時間があるならば、会議室で話し合った方が良いと思うのだが如何だ?」

「取り立てて急ぐ仕事はない。公爵家が揃うまでまだ数日が必要だろう。」


 落ち着いて話し合おうというジョノミディスの提案は思ったよりも簡単に受け入れられ、私たちは会議室へと移動する。執務室へは、使用人に言って連絡しておけば良い。


「経緯から説明してもらえると助かる。情報が少なすぎて、どのような立場を取るべきなのか判断がつかぬ。」

「教育体制に改善が必要という主張は理解できるのだが、バランキル王国が関わってくる理由が分からぬ。食料の支援と一体どのような関係があるのだ?」


 オードニアム公爵らが口々に言うのは、状況が分からないということだった。ザッガルドはともかく、オードニアム公爵領やナノエイモス公爵領は王都よりも西側にある領地で、東側の情報は入手しづらいということだ。


 少しでも情報を求めて、ザッガルド公爵家のポエンデュムから話を聞こうというところだったらしい。


(さかのぼ)れば六年前の侵攻の話からとなるのだが、その時よりウンガスの王侯貴族に対する印象は非常に悪い。そして、今春また軍事侵攻があった。」

「何だと⁉  そんな話は聞いていない。一体どこの主導だ?」

「ヘージュハック侯爵とその一派だ。証拠と言えるものはないが、我々はエリハオップ公爵も絡んでいると思っている。」

「ヘージュハックの方は証拠があるのか?」

「捕らえた者がヘージュハックの紋をつけていたし、侯爵本人も心当たりを認めている。意図はなかったとしているがな。」


 ジョノミディスの言葉に、オードニアム公爵らは揃って大きく息を吐く。


「なんという莫迦なことをしているのだ、彼奴(きやつ)らは。」

「それが事実ならば、交渉の余地など無いではないか。滅ぼされたくなければ子どもを差し出せと言われてもおかしくはないというのに、どうして支援を求めるなどできようか。」


 拳を握り締め、テーブルを叩きながら言うのはフェルンジーク・ナノエイモスだ。領主の兄であるという彼は、この中では最年長であろう。顔の端に浮かぶ皺を深めて語気を荒くする。


「エリハオップ公といえば、昨年のノエヴィス伯の件もそうだ。安易に攻め入り、それで得られたものは何もない。何故、同じ愚を何度も繰り返すのだ。」

「本当に、呆れた話だ。我が国では、ウンガス王国にはもう関わらない方が良いという意見もあるくらいだ。」

「つまり、其方(そなた)らは交流派で、子どもの教育は断絶派を納得させるために必要な人質ということか。」


 オードニアム公爵たちは中々理解が早くて助かる。さらにノエヴィス伯爵の現状を伝えると揃って頭を抱えるが、それは私のせいではないだろう。


其方(そなた)らは協力してくれるか?」

「私には恐ろしくて断ることなどできぬよ。」


 諦めたように言うのはポエンデュムだ。そして、その言葉に首を傾げたのはフェルンジークだ。


「随分と結論が早いな。場合によっては国が割れるぞ?」

「分かっておらぬな、其方(そなた)は。断れば国が割れるでは済まぬ。最悪の場合、この国が滅びることになる。」

「ザッガルドの言う通りだ。ノエヴィスに攻め込んだ愚か者をどうにかせねば、農業生産の改善などどこもできぬ。それに、バランキルからの攻勢の心配もすべきだろう。」


 私たちは一言も口にしていないが、オードニアム公爵はバランキル王国にはウンガスとの全面開戦を唱える者もいるだろうと主張する。


 六年前の侵攻では、ウンガス側は参加した騎士のほぼ全数を失い、二年前の使節でも戦力を見せつけられている。バランキル王国が本気で攻め込んできた場合、叛乱などとは比較にならないほどの被害が出るのは想像に難くないだろう。


「本当に理解が早くて助かるな。他の公爵も同様であれば良いのだが。」

「余計な期待はするな、フィエルナズサ。そんなことがあるならば、我々がここにいることもなかっただろう。」


 フィエルナズサの楽観的な希望は、即座に否定された。少なくとも他の領地に攻め入る公爵がいるのは明白なのだ。

 メイキヒューセも軽く息を吐き、想定しうる悪い事態はいくつもあると言う。


「私たちを人質にしてバランキル王国に食料を要求すれば良いなどという者も出てくると思っていますよ。下手をしたらそこにすら思い至らず、怒りに任せて殺してしまえと言う方もいるかもしれません。」

「む、むう……」


 フィエルナズサは目を逸らして口籠もるが、ウンガス貴族はそれ以上に苦い顔をする。

 できれば、彼らにはメイキヒューセの言葉を否定してほしかったのだが、どうやらそれを望むこともできないらしい。


「いずれにせよ、頭を悩ませるのは我々ではない。ところで、先程は話題に上がったノエヴィス伯爵だが、こちらではどのように言われているのだ?」


 ノエヴィス伯爵からは、色々と話を聞いているがそれがどれほど真実なのかは分かっていない。攻め込んできたハーベルヴィグなどからも聴取は行っているが、情報源としての信用度はかなり低い。

 急ぐことでもないが、情報を得ておきたいのは確かである。


「エリハオップ公が収穫を奪われたなどと息巻いていたのは一昨年の秋だったか? 昨年の秋は、ノエヴィスで増えた大型の魔物が溢れてくるせいで大きな被害が出ているなどと言っていたが、それはノエヴィス伯爵の所為ではないだろう。」

「ノエヴィス伯爵が収穫を奪ったというのは、何か根拠でもあるのですか?」

「決定的な証拠はないな。だが、ノエヴィス伯が本当に何もしていない根拠も無い。」


 オードニアム公爵やフェルンジークは、口々に双方の主張ともに胡散臭いと言う。エリハオップ公爵の主張は言い掛かりである可能性が高いとしながらも、ノエヴィス伯爵の釈明もまた嘘であると感じているらしい。


 その中でポエンデュムは沈黙を守っているが、ここでの質問はどうしたものかと思う。

 まずは、ノエヴィス伯爵が何を主張していたのかを確認するところからだろう。ザッガルドの見解を聞くのはその後でも十分だ。

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