413 要求
「それで、バランキル王国は我々に何を求めるのだ?」
第三王子は渋い顔で質問する。
食料支援の見返りを要求するといっても、宝飾品の類を求めるわけではない。バランキル王国は農業生産は間に合っているため、十数年をかけての返済も却下だ。そんなことは、言うまでもなく分かっているのだろう。
「困ったことに、我が国王はウンガスの統治支配権を求めています。」
単刀直入な質問に正直に答えてみると、王族の二人はあんぐりと口を開ける。だが、思ったよりも冷静なのか想定外すぎる答えに考えがついていかないのか、大声を上げたのは彼らではなかった。
「貴公ら、何を言っているのか分かっているのか!」
「王位を譲れと言っているつもりですよ。ちょうど、空席のようですし。」
色めきたち鋭い視線を向けてくるが、ハネシテゼならばそうするだろうという態度と言葉で返す。第三王子は顔を真っ赤にするが、先王の方は思ったよりも冷静だった。
「それで、バランキル王国にどのような利益が出るのだ?」
「隣国が荒れているよりも、豊かで平和であった方が良いであろう。そもそも、我々には国交断絶という道もある。」
これ以上の面倒を手っ取り早く避けるには、バランキル王国からウンガス王国に通じる二つの道を塞いでしまえば良い。ウンガスとの国境街道は損失の方が大きいと考えている貴族の方が多いくらいだ。
街道を維持するためには大きく二つ選択肢があり、一つはウンガス王国が対等な立場で交渉に応じること。たとえば鉄鉱その他金属を見返りとして提供できるならば、食料との交換交渉は十分にあり得る話だ。
そしてもう一つは、ウンガス王国がバランキル王国の属国として傘下に入ることだ。それならば食料の支援の名目が立つし、バランキル王国に敵対的な態度を取る貴族を処罰することもできるようになる。
それらを掻い摘んで説明すれば、先王らは顔を苦しそうに歪める。
「我が国をバランキルの属国とした場合、どのように治めるつもりだ?」
「平穏かつ豊かになるようにするつもりだ。貴族や王族に関して大きく変えることを考えているのは教育と、領主の指名についてだ。」
農業の改善をはじめとした各種産業の活性化など、誰が王となろうが進めるべき事柄だろうし、わざわざこの場で説明することでもない。
「最も重要なのは、領主一族の当主の交代はバランキル国王の認可を必要とすること、そして未成年の領主一族はバランキル王国で教育を受けることだ。」
ジョノミディスが告げると、先王は歯を食いしばり固く目を瞑る。
ウンガスの現行法がどうなっているのかは知らないが、おそらくその二つの要求は国王であっても単独で飲むことを決することはできないだろう。
最低でも公爵の同意を取り付けるくらいは必要なはずだ。
「今すぐに返答することはできぬ。」
「即答できるとも私も思っておらぬ。」
首を横に振りながら先王は苦しそうに言うが、返事を急かすつもりはない。
そもそも、結論を急ぎたいのは私たちではなくウンガス側だ。往路で見た町の状況から察するに、今年の収穫もとても酷いものになると予想される。できるだけ早く食料の支援が欲しいならば、急いで返答するべきである。
私たちとしては、いつまでも結論が出ない場合や交渉が決裂に終わったならば、帰って街道を塞げば良いだけだ。
「ハーベルヴィグ・ズェムを名乗る者の処分についてだが、ヘージュハックからは許可を得ているが、ウンガス王族としては異論はありますか?」
爵位を受けている身ならば、念のため、王族への確認はしておいた方が良い。ウンガス王国がどのような爵位体系を持っているのかの詳細は知らないが、私のように親とは全く別に爵位を受けている可能性もある。
王族の二人は互いに顔を見合わせて「特に問題ない」と答える。彼らにとっては瑣事なのかもしれないが、それが本当に大きな国際問題になるものかは私には判断がつかない。
「バランキルに攻め込んだ貴族が戻ってこないなど、今に始まったことではない。我が息子の一人も、勇んで出ていってそれきりだ。」
先王の返答は、なかなかに応対に困るものだった。もしかしたら私やジョノミディス、フィエルナズサのうち誰かが倒したものかもしれない。だが、そんな話をしても、互いに気分が悪くなるだけだろう。
「人伝に聞いたことばかりだったのですが、やはり教育に問題があるのは間違いなさそうですね。」
「うむ。安易に境界を越えて他の領地や国に攻め入ろうなどと考えるのは、ウンガス王国全体の問題としか思えぬだろう。」
メイキヒューセとフィエルナズサは、教育をなんとかしなければウンガスに平和は訪れないだろうと釘をさす。国王不在の現状では、王族の求心力もたかが知れているというものだ。このまま放置すれば、遠からずウンガス酷い内戦状態になる。
その未来で笑うものは誰もいない。ウンガス王族にとっては何としても避けねばならない事態だし、バランキル王国としても内戦状態にある国に関わりたくなどない。
「ウンガス王国が平和な国体を保つには教育からやり直さねばならぬと我々は考えている。」
話がそこに戻ってきてしまうということで、今日の話し合いはそこで終了とすることにした。同じことを何度も繰り返しても結論など出ないし、時間の無駄だ。それに、そろそろ夕食の時間が迫っている。
話し合いの落とし所が見えていなければ、夕食に呼ばれることもない。部屋に運ばれてきた料理を食べるだけだ。
城で一泊して、翌日は朝から客室でのんびりと過ごすことになる。町や畑を見て回りたいとは思うのだが、王族の態度が決まらない状態で変なところを刺激してしまっても良くない。
黙って部屋に籠って呼ばれるのを待つのみだ。やることがなく、暇を持て余してしまうが、それも昼食までだった。
食後のお茶を飲んで寛いでいると、先王からの遣いがあり、応接室へと向かう。
開けられた扉をくぐると、先王に第三王子、そしてもう一人が正面に座っていた。
「まずは紹介させてくれ、こちらは第四王子のギェネスイエだ。私か、このギュネスイエのどちらかが国王となる予定だった。」
そう言う第三王子の目は伏せがちではあるが、声はまっすぐ淀みなく発せられる。その隣の第四王子は、緊張しているのか顔を強張らせている。
「さて、本題だが、赤子を除く未成年者に対しての緊急召集のため、今朝のうちに公爵への遣いを出した。返事が戻るまで早くて一週間、遅くても三週間以内に結論が出るだろう。」
「公爵らは応じると思いますか?」
「最終的にどのような判断になるかは分からぬ。ザッガルドとナノエイモスは応じるであろうが、ボルシユアやヨドンベックなどは忠誠心が高いとは言えぬからな。」
子どもの教育をバランキルに任せるかはともかく、王都までは出てくるだろうと先王は予想しているらしい。
バランキル王国と同様に、ウンガス王国でも全体的に慢性的な不作が続いているとはノエヴィス伯爵からも聞いていることだが、問題はこの数年でそれが加速しているということで、何らかの対策は誰もが必要と思っているはずだという。
叛乱騒ぎなどしていないで、もっと真剣に内政に勤しめば良いのにと思うのだが、それを先王に今言っても仕方がない。
「ザッガルドも食べ物に困っているのですか?」
「困っているのではないか? 今のザッガルド公爵の立場では何も言ってくることはできぬと思うが。」
冷めた口調で第三王子が言う。国王暗殺に関わっていたとされる一族をそう簡単に信用することができないのは仕方がないだろうが、ザッガルドは私たちが農業の改善について教えてやったのだがら、もうちょっと話を聞いてやってほしいと思う。
「今回はザッガルドには立ち寄ってはおらぬが、あの地は不作は解消されているはずだ。」
ジョノミディスの言葉に、王族は揃って目を瞬かせる。だが、その様子に私は困惑せざるを得ない。
諸々の事情により、ザッガルドの方が長期間留まり農業の改善について色々と指導している。その程度の情報も得ていないのだとしたら、怠慢に過ぎるのではないだろうか。
「やはり、教育は必要だな。」
「その件なのですが、私はどうなるのでしょう?」
ぽつりと漏らしたフィエルナズサの言葉に、何故か第四王子が食いついてくる。
「先程ありましたように、私は先日十三歳になりました。成人まで一年足らずなのですが、やはりバランキル王国には行かねばならないのでしょうか?」
ウンガスの王都からバランキル王都まで行って帰ってくるだけで数ヶ月を要するのだ。一年足らずの勉強のためにその労力をかけたくないと言うことだろう。
だが、それは心配することではない。
「ウンガス国王になる意思があるならば、一年と言わずに三年ほどハネシテゼ国王に指導を受けると良いのではないか?」
「スメキニア様も一緒に行くのも良いかも知れませんね。ハネシテゼ国王や夫君のセプクギオ様とは歳も同じですし、良い刺激になるでしょう。」
自分もそちら側の扱いをされるとは思っていなかったのだろう、第三王子はぎょっとした顔をするが、もし行かないのならば、自動的に次期国王は第四王子になる。
次期国王としての教育指導などしている余裕は無い想定であるため、私たちが直接面倒を見るのは却下だ。もし、私たちの配下について学びたいというならば、国王を支える者としての指導となる。




