表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
412/593

412 見下げ果てた伯爵

「セデセニオ伯爵には配下の騎士や文官は十数名しかいないのですか? よくそれで領主をしていられますね。」

「地図を見る限り、それなりの土地面積があるだろう。最低でも百は部下がいないと真っ当な領地運営はできぬだろう。急ぎ、他の者に領主を交代させた方が良いのではないか?」


 私の言葉を引き継ぎ、フィエルナズサはセデセニオ伯爵は領主の器にないと断言する。

 領主一族以外で捕らえて牢に入れさせたのは十八人だ。それ以外の者は私たちに敵対していないし、セデセニオ伯爵もそれを部下ではないと主張するのだ。


「すぐに露呈するような偽りの揚げ足取りを抜きにしても、領主として粗末に過ぎるのではないか?」


 領主とは、一族や多くの貴族および民をを率い、土地を守り、発展させるのがその務めのはずだ。


 領地内に魔物が蔓延(はびこ)っているのに処理も満足にできず、あまつさえ、百以上もの騎士を外に出しそれを失っている。それで、どうやって領地を守ろうというのか理解に苦しむ。


 挙げ句の果てには、バランキルやブェレンザッハの名を聞けば、安易に攻撃を仕掛けようとする愚昧さだ。


 いくら伯爵家の教育が公爵家に劣るとしても、程というものがある。小領主(バェル)にも劣るような資質の者では論外であろう。


 フィエルナズサの主張に先王(ヨジュナ)は大きく息を吐き、第三王子(スメキニア)はきつく目を閉じて(かぶり)を振る。

 同意も反論もないままに苦い顔を見せるのは、彼らの立場ではフィエルナズサに同意するわけにもいかないからだろうか。


「セデセニオ伯爵の適性については、今ここで議論をすることではない。それよりも、セデセニオ伯爵の方から攻撃をしたとする根拠はあるか?」

「リュデリック様の証言だけでは足りぬというならば、セデセニオの城の者に聞けば分かるであろう。」


 会議室での私たちへの攻撃は文官や使用人も目にしているし、馬車への攻撃は直接指示を受けた者がいるはずだ。投獄された者が未だに話をすることができる状態にあるかは分からないが、私たちが不問とした者たちには下手な嘘を言わぬようにと、きつく釘を刺してある。


「分かった。セデセニオに文官を派遣しよう。それではミュウジュウの件についてだが、セデセニオ伯爵らの騎士が襲ったというのは(まこと)か?」

「あらかじめ言っておくが、私たちは、それらの騎士がミュウジュウの町を襲っているところを目撃したわけではない。ミュウジュウ伯爵や、小領主(バェル)から話を聞いただけで、それ以上の根拠はない。」


 ディノアムの町で魔法で攻撃を受けたような跡をいくつか見たのは事実であり、それについて現地で話を聞くとセデセニオ伯爵やヘージュハック侯爵の名が出ただけということだ。


「魔物の仕業、ということはないのか?」

「魔物の襲撃にしては、周辺の被害が少なすぎる。畑に何の痕跡もないなどということもあるまい。」


 破壊された建物の位置や向きからすると、道をやってきた騎士が攻撃をしたと考えるのが最も自然だ。魔物が畑を気にしながら暴れるなど、不自然極まりない。民衆の暴動の方が可能性としては高いだろう。


「ハーベルヴィグ・ズェム・ヘージュハックを名乗る者を捕らえています。まだ処刑されていないはずですし、急ぎ遣いを出せば尋問できるかもしれません。」

「今から使者を立てても、帰ってくるまで二ヶ月はかかるであろう……」


 いくらなんでも時間がかかり過ぎると言うが、犯人と目されている者が生存しているのだから、直接問い質すのは一つの方法だと思う。


「それに関連するが、我が領地(ブェレンザッハ)に進攻してきたのはセデセニオやヘージュハックの騎士だ。迂回路のない山間の町であるディノアムを襲っているのだ、少なくとも立ち寄ったこともないという言い逃れは通じぬ。」


 そう言ってジョノミディスが合図をすると、騎士が小さな箱を差し出す。ウンガスの近衛に渡され、蓋を開けて危険がないかを確認した上でテーブルに置かれる。


 それを見ると、王族の二人は眉根を寄せてセデセニオ伯爵へと視線を向ける。


「これは、確かにセデセニオ伯爵の紋章であるな。一体どこで入手したのだ?」

「ブェレンザッハに攻撃を仕掛けてきた者たちが身に付けていました。」


 箱の中に収められた腕輪や徽章を手に取り、先王(ヨジュナ)第三王子(スメキニア)は揃って眉間の皺を深くする。そして、それらを突き付けられたセデセニオ伯爵は蒼白な顔を晒す。


「セデセニオ伯、何か言うことはあるか?」

「我が城の者たちから奪った物を持ちだして私が不法に攻撃を仕掛けたなど片腹痛いわ! そんなものが根拠になどなるはずがない! 殿下、此奴らの奸計(かんけい)に惑わされてはなりません!」


 猿轡(さるぐつわ)を外された途端に、セデセニオ伯爵は唾を吐き散らして喚き立てる。だが、私たちは小箱の中から徽章や腕輪が取り出され、並べられていくのを待っていれば良いだけだ。


「これはヴァンヴォント伯爵、それに、ハプアミシャ侯爵のものですね。」

「こちらはヘージュハック侯爵で間違いないな。セデセニオ伯爵にはこれらの貴族に心当たりは?」

「し、知らぬ。ヴァンヴォント伯爵らが何をしたのかは知らぬが、私には関係がない。」


 セデセニオ伯爵はあくまでもしらを切るつもりのようだが、どう考えてもそれは悪手だ。


 ヘージュハック侯爵が近隣領地とともに騎士を出したこと自体は認めているのだ、それを知らぬだの関係がないだの言っても信憑性が低い。


 騎士を出した目的はヘージュハック侯爵と同じで、あくまでもノエヴィス伯爵を追うためだったとして、他の貴族やバランキル王国への襲撃は全く意図していなかったと主張していれば、私たちにはそれを否定する根拠を持っていない。


 そして、知らぬというセデセニオ伯爵の主張を否定する根拠ならばある。先王(ヨジュナ)が背後の騎士を呼び手渡すと、騎士はセデセニオ伯爵の眼前にそれを突き付ける。


「この書類は、間違いなくヘージュハック侯爵のものだ。この春、其方(そなた)らと共同で騎士を動かしたとなっているのだが、これは誤りか?」


 恐らく、ヘージュハック侯爵が騎士を動かしたことそのものは認めてしまうとは思っていなかったのだろう。セデセニオ伯爵はまともに狼狽(うろた)え口をぱくぱくとさせる。


 その態度から、少なくとも一つ、虚偽を述べたことは明らかだ。つまりそれは、先王(ヨジュナ)らが話の結論を決定づけるものになりうる。


 質問に誠実に答え、真実を述べる。


 その信を裏切ったことが明らかになれば、セデセニオ伯爵の言葉は誰にも響かなくなる。たった一言、二言のことだが、もはや取り返しのつかないほどに信用が失墜したと言えよう。


「これ以上、伯爵の弁明を聞く必要はあるのか?」

「無いな。」


 フィエルナズサの質問に、先王(ヨジュナ)は吐き捨てるように答える。


 再び猿轡(さるぐつわ)を噛まされたセデセニオ伯爵が必死に頭を振り回して呻き声を発するが、話を聞くことはもうないだろう。


 弁明の機会を与えているのに嘘を吐くのでは文字通り話にならない。この程度の者を領主としていて、よくぞセデセニオは領地として成り立っていたなと思うほどだ。



「場所を変えさせてくれ。」


 一度大きく息を吐くと、先王(ヨジュナ)はそう言い立ち上がる。本来、王族と私たちバランキルの使節が騎士用の会議室で話をするものでもない。


 馬車に乗って本館へと移動すると、改めて応接室に案内される。

 お茶とお菓子の匂いに満たされた明るい部屋だが、先程よりも緊張感がある。


 セデセニオ伯爵は私たちにとって、騎士を差し向けてきた敵対者であり、直接攻撃してきた襲撃者だ。そして、王族にとっても、配下の使節団に攻撃をし、また他の領地を荒らした犯罪者だ。

 それを尋問するに当たっては、ある程度の利害の一致があると言えた。


 しかし、ここからの話はそうはいかない。

 ウンガス王族としては、何とかして私たちから利益を引き出したいだろうし、こちらとしてもバランキルの利益を最大限に要求する。


 ウンガスの使節は私たちの到着の三日前には王宮に戻っているはずだが、ウンガス王族は私たちが来るとは思っていなかったはずだ。しかもセデセニオ伯爵らの問題も抱え、この話の落とし所を未だ決めかねているだろうと予想される。


「既にリュデリックより報告を受けたが、バランキル王国は我が国に対し食料の支援をするつもりが全く無いわけではないと?」

「バランキル国王からも話があったと思うが、前提として、我が国にとってウンガス王国を支援する利益が全くない。取り引きとして成立するには、相応の見返りが必要だ。」


 探るような視線を向けてくる先王(ヨジュナ)だが、ジョノミディスは正面から受け止めて、ハネシテゼから預かった言葉を真っ直ぐに口にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ