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411 ウンガスの王宮へ

「一体これは何の騒ぎですか? 今朝までは住人がいるのか心配になるほど静かでしたのに。」


 町の雰囲気が一変していれば誰でも戸惑うだろう。何かがあって今朝まで静かだったのか、この騒ぎが特別なのかも分からない。


「肉でさあ!」

「食い切れないほどの肉が取れたんだ、お祭りにもなるってもんだ!」


 町の入り口に立つ兵たちは上機嫌に答える。

 話を聞くと、町の人口からすると赤紋水蛇(デシャブーン)の肉が多すぎるらしい。冬ならばともかく、肉など夏の時期にそう長く持つものではないし、見境なく町の者全員に肉が振舞われているということだ。


 魔物の肉は干し肉にすると酷く味が悪くなるということもあるが、量が多すぎて全てを加工することなど不可能ということで、数日内に全て食べきってしまう以外に道はないらしい。


 兵士たちが上機嫌なのは、彼らも町で振る舞われている肉を存分に食べてきたかららしい。


「おお! 貴族様だ!」

「ありがとうございます!」


 町を歩いていると私たちの姿を見つけた人々が、口々に叫んで平伏するがそこまでされると逆に気分が悪い。


「取れた肉は小領主(バェル)の邸にも少し運んでいただけますか?」

「既にお持ちしています!」


 声をかけると、満面の笑みで答えが返ってくる。小領主(バェル)の邸に行ってみると、盛大に肉料理が用意されていた。


「おお、ブェレンザッハの。赤紋水蛇(デシャブーン)を討ったらしいな。あれは普段水の中に潜んでいるため、討つにも苦労しておったのだ。丁度、産卵期だったか、良いところに来たものよ。」


 こちらも大変に上機嫌である。

 赤紋水蛇(デシャブーン)は、数年に一度、産卵のために陸に上がってくるらしい。彼らは、私たちがそれを見つけて退治したと思っているようだ。


「こちらの町でも食べ物には困っているのですね。」

「農作物の収穫が落ち込んでいるのに加えて、赤紋水蛇(デシャブーン)などの川の魔物が漁の邪魔をしてくれてな。一度に三匹も討ったのだから、漁獲量も少しは回復するだろう。」


 そう言う小領主(バェル)は本当に安心したように表情を緩めている。


 取れた赤紋水蛇(デシャブーン)の肉は、町の住民全員で食べても、なくなるまで二、三日はかかるほどの量があるという。たくさん食べて体力を回復できる上に、麦や豆などの消費を遅らせることができるのだから、食料の見通しは相当に明るくなるということだ。


 満足な食事を取れないことが、さらなる収穫量や漁獲量の減少につながってもいたわけで、それを断ち切る良い契機になると小領主(バェル)は意気込みを見せる。


 翌日も暇なので、小領主(バェル)の騎士とともに町の周辺をまわり、小型の魔物をとにかく退治していく。農民でも踏み潰せるような小さな魔物まで退治していると驚かれたが、それをしないから魔物に畑を荒らされるのだと言うと、目を逸らし神妙な顔をする。


「畑の中にいる小さな魔虫も、町の者総出で潰していくと良いですよ。子どもでも、虫を潰すくらいできるでしょう。元気なうちにできることをしておけば、少しは収穫が向上するはずですよ。」


 そう教えておくと、小領主(バェル)の騎士たちは頷きあってどこにどう指示を出そうかと相談を始める。私もこの町の運営に細々と口を出すつもりもないので、あとは好きに頑張ってくれればと思う。



 翌日には、やってきた船に乗って王都へと向かう。あまり良いことでもないのだろうが、船を利用する商人がいなくて助かる。


 十五台の馬車を乗せて、船は軽快に走る。天候が荒れることもなく順調に進み、一週間後には王都に着いた。


 二年ぶりのウンガス王都だが、周囲の畑は以前見たときよりもその面積が広がっていた。とにかく作付数を増やして収穫を増やそうとしているのだろう。そのお陰なのか、街に入ると以前よりも賑わいが増しているようだった。


 船を降りたところから、二名の騎士を城に先遣いとして出しておいたのだが、城門に着いてからしばらく待たされることになった。


 案内されていったのは城の入り口ではなく、庭を横切って騎士団の訓練場の近くだった。そこで私を出迎えたのは、王宮騎士団第一隊隊長だ。


「お久しゅう、ティアリッテ・シュレイ様。ジョノミディス様。」

「お久しゅうございます、カミサアーク・ロンド様。」


 馬車を降りて軽く挨拶を交わすと、城の本館とは別の建物の部屋へと案内される。質素な造りの部屋の中央には大きなテーブルがあり、何人かが座っている。


 正面に座るのは二人。そのうち老齢の者には見覚えがある。


「お久しゅうございます、ヨジュナ・ウンガス国王。私はジョノミディス・ブェレンザッハ。」

「国王はよしてくれるか、ブェレンザッハの。一応、(われ)が代行ということになっているが、老身には少々荷が重い。」


 そう言う先王(ヨジュナ)は、以前会ったときよりも(やつ)れているように見える。そういえば、元々、健康を理由に国王の座を退いたと聞いている。


 その隣に座るのは先王とは対照的な若者だ。


「ウンガス王国、第三王子スメキニアだ。昨年、成人したばかりの若輩者だが、王権の一端を預かっている。済まぬが、挨拶は省略し、本題に入らせていただきたい。」


 謁見の間でもなければ、応接室ですらない。部屋の作りからすると、恐らくこの部屋は騎士の会議室なのだろう。つまりここは、この実務を行う場であり、格式や見栄を追求する場ではない。


 私たちが席に着くと、第三王子(スメキニア)は早速話を始める。


「バランキルの者と話したいことはいくつかあるのだが、ここでの話は二点だ。一つは、リュデリックら使節団および其方(そなた)らバランキルの使節団をセデセニオ伯爵が襲撃した件、もう一つはセデセニオ伯爵およびヘージュハック侯爵らの騎士がミュウジュウ領で起こした騒ぎについてだ。」


 テーブルの向かって左手には縛られたセデセニオ伯爵もいるのだから、その関連に話を絞りたいということだろう。


「ヘージュハック侯爵子息らによる我が国への進攻の件は?」

「その点については、席をあらためて時間をかけて話をしたい。」


 話自体はリュデリックから報告を受けているのだろう。その話題を口にしても、先王(ヨジュナ)第三王子(スメキニア)も、背後の文官や騎士すらも特にこれといった反応を示さない。


 話をするつもりがあるならば、まずはセデセニオ伯爵についてからでも良いだろう。いくら無傷で対応できたとはいえ、私たちに対して直接攻撃してきたことは、看過するわけにいかない。


「まず、セデセニオ伯爵が杖を向けたと言うのは事実か?」

「セデセニオ伯爵本人が私たちに向けて火球を放ってきましたし、馬車への攻撃もございました。」


 ウンガスの法律は知らないが、実際に攻撃してきているのに、捕縛しての連行が不当であるということはないと思う。私たちの立場を抜きにしても、王宮の遣いであるリュデリックは侯爵位を持っているはずだし、越権ということもないだろう。


「セデセニオ伯爵は、そのような事実はないと主張している。確かに、襲撃されたとする者が誰一人として負傷していないのは不自然とも思える。」

「ウンガス王家は奇襲や暗殺の類への対処は教えられないのですか?」


 敵対的な相手に会う際は、防御手段くらい用意して臨むものだ。守りの石は個人でも持っているし、魔力をぶつけて魔法を吹き飛ばす方法は、二年前の使節に出る時点で既に教わっているし、この王宮で第一王子の魔法を防ぐことはやってみせたはずだ。


 私としては、何かと物騒なウンガス王国の方が色々と方法を用意していそうだと思うのだが、それを口にするのは失礼だろう。


 先王(ヨジュナ)第三王子(スメキニア)は困ったように顔を見合わせるが、ウンガス王国では王族でも個人で守りの石を持つことはしていないのだろうか。


「攻撃を防ぐ手段を有しているとはいえ、それは万能ではありません。破られる前に反撃いたしますし、相手を捕縛することもします。」

「なるほど。それでセデセニオ伯爵の杖を取り上げてしまえば、魔法で騎士に応戦することも可能になるというわけか。」


 第三王子(スメキニア)は納得したように頷きながら言うが、その一方でセデセニオ伯爵は顔を引き()らせて甲高い声で叫ぶ。


「殿下、(だま)されないでください! そ奴らは我が部下を皆殺しにしたのです。卑怯な侵略者であり簒奪(さんだつ)者……」


 何やら喚き立てるが、猿轡(さるぐつわ)を噛まされてセデセニオ伯爵の金切声は(うめ)き声に変わる。


 事実確認すれば虚偽であると分かるような嘘ばかり言うのには本当に呆れてしまう。領主一族は捕らえているが、文官も騎士も大半はそのまま残している。

 そもそも、私たちは一人も殺してはいない。もしかしたら、当たりどころが悪くて死亡してしまった者もいるのかもしれないが、私たちがセデセニオの領都を出発するまでにはそのような報告は上がっていない。


 そんなことはリュデリックも知っているし、わざわざ声を大にして反論する必要もない。視線を交わすと、揃って溜息を吐いた。

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