410 侯爵会談
お茶を飲みながら待っていると、十分ほどでミバネズィチェは戻ってきた。出て行ったときは一人だったが、入室してきたのは四人だ。
「久しいな、リュデリック卿。我が城に来るのは初めてだったか?」
「お久しゅう、ヘージュハック侯。私がこちらに伺ったのは今回が初めてにございますな。」
見たところ歳も近そうだし、二人は旧知の仲なのだろう。軽く挨拶を交わし、互いに席に着く。私とジョノミディスもリュデリックと並んで座るとヘージュハック侯爵はぴくりと片眉を上げるが、特に何も言ってこない。
彼が鋭い視線を向ける先はセデセニオ伯爵だ。だが、そちらへは声をかけず、視線をリュデリックに戻すと再び口を開いた。
「バランキル王国で我が息子を見たというのは本当か?」
「先程も説明したのですが、本人である確証はございません。」
バランキル側が偽りの罪人を持ち出している可能性が高いが、万が一のこともあるから、態々遠回りしてまでヘージュハックにまで来たと説明をする。
「それで、その件とセデセニオ伯に何か関係があるのか? 伯爵が其方らを襲ったと聞いたのだが、それは私には関係あるまい?」
二つを結びつけるには、いくらなんでも脈絡がなさすぎるとヘージュハック侯爵は言う。そして、セデセニオ伯爵を応接室に連れてきた理由が分からないというのも本当なのだろう。
「セデセニオ伯、口を開くことを許します。貴方からご説明してください。」
「お助けください、ヘージュハック閣下。この二人はバランキルの貴族にございます。私は卑劣な者たちに陥れられたのです。」
口を開くことを許されたことを幸いとばかりに、セデセニオ伯爵はとにかく自分は悪くないと言い募る。
名乗っただけで攻撃してくるような者に卑劣などと言われたくはないが、私たちが反論しても、ヘージュハック侯爵はセデセニオ伯爵の言葉の方を優先するだろう。
「貴方の都合ばかりを述べられても、ヘージュハック侯も困るであろう。貴方の騎士がミュウジュウの町を襲ったのは如何なる理由か、ここで説明せよと申しているのだ。」
馬車の道中での尋問では、セデセニオ伯爵は知らぬ存ぜぬを押し通し、騎士はヘージュハック侯爵に預けだのだから自分に責を問うのは筋違いだと繰り返している。
「騎士がミュウジュウの町を襲った、だと? それは間違いのない事実なのか?」
「ミュウジュウ侯爵より強い苦情が出ている。襲撃した者たちはセデセニオやヘージュハックの紋章を着けていたということだ。ついでに言うと、セデセニオ伯爵はヘージュハック侯の命令だと供述している。」
リュデリックがそう言うと、ヘージュハック侯爵は不愉快そうに眉を寄せるが、大声を出して威圧したり杖を構えたりするようなことはなかった。
そんなことをすれば、罪を認めるようなものだし何より万が一敗北すれば後がなくなる。セデセニオ伯爵が捕縛されていることを考えれば、不用意なことはできないだろう。
「私はそのような指示を出した覚えはない。確かにノエヴィス伯爵を捕らえるようにとハーベルヴィグに命じたが、ミュウジュウを襲撃する意図など断じてない。」
一つ一つ、言葉を確認するようにヘージュハック侯爵は言う。元々、用意していたのだろう、落ち着いて大義名分を述べる彼は、うっかりと本音を漏らしてしまうこともなさそうだ。
とにかく一方的にノエヴィス伯爵を悪と断じているが、私も全ての真実を知っているわけではない。反論できる根拠もないため、黙って聞いているだけだ。
「ミュウジュウ侯爵に送られたヘージュハックからの書類は私も確認している。あれの意図は?」
「いき違いから武力衝突など起こさぬように協力要請をするのは当然だろう。駐留の際の便宜を図ってくれというだけのことだ。」
食料の工面の要求など最初からするつもりがないとヘージュハック侯爵は言う。そして、それ以上の要請があったのだとしたら、ハーベルヴィグ・ズェムの独断だと渋い顔をする。
「つまり、ハーベルヴィグ・ズェム様の暴走ということでしょうか。」
「全く不本意であるが、そういうことになるな。愚息が迷惑をかけて申し訳ない。ミュウジュウにも遣いを出し、謝罪しよう。」
そう言われれば、今ここでそれ以上の追及はできない。全ての責任を息子に押し付けて切り捨てようとする姿に不快感はあるが、それが事実ではないとする根拠もない。
「そうしますと、バランキル王国に対しては如何なさいますか? 私が見た虜囚はハーベルヴィグ・ズェム様である可能性が高いのでありますな。」
「バランキル王国まで攻め入って捕らえられたのならば、返せなどと言えた義理でもあるまい。ハーベルヴィグを処刑することで、バランキル側の感情が和らぐならば、口惜しいが諦める以外にはないだろう。」
そもそも、武力をもってバランキル王国に攻め込むつもりなどなかったと言う。ノエヴィス伯爵の引き渡しのため、圧をかけるのが騎士を出した目的だったらしい。
取ってつけたような言い訳にも聞こえるが、戦っても勝てるはずがないと断言するところをみると、国境付近の地形を理解していないだけなのかもしれない。
難しい顔をして淡々と話をするヘージュハック侯爵だが、やはりエリハオップ公爵の名は出てこない。根拠もなく突いてみても、何か出てくるとも思えないし、ここで質問することはしない。
「話が変わるが、ここから王都に向かうのは何処を通るのが一番早いだろうか?」
「私が王都に行くときは、西のネブジ川の船を利用している。」
船に載せられる馬車は十六台までだが、二日まてば別の船が来るはずだということだし、それを利用するのが最も良さそうだ。ヘージュハック侯爵を完全に信用することはできないが、そんなところで嘘を吐く意味はない。
ヘージュハックの城で一泊すると、私たちは西へと向かう。
ここまで通ってきた領地と違い、このヘージュハック領では魔力を撒くことは敢えて教えない。魔菜を植えると周辺の他の作物の収穫量が落ちることは教えておくが、それだけだ。
四日かけて馬車で街道を行くと、セウゼントという町で大きな川に行きあたる。以前は商人たちの行き交う街だったらしいが、今では町を巡る隊商もほとんどいないようで、すっかり寂れてしまっている。
先の便に乗るのはリュデリックらだ。セデセニオら犯罪者として押送する者も先に送ってやる。
私たちが彼らよりも先に王都に行っても、結局やることがない。待つことに変わりがないのならば、自由のきくこの河港の町で待っていた方が気が楽だ。
暇つぶしとしてやることといえば、魔物退治だ。川の中には魔物がどれほどいるのかと試しに川岸で魔力を撒いていたら、やたらと細長い胴体を持つ三匹の魔物がうねりながら出てきた。
この魔物は雷光を撃てば簡単に倒せたのだが、今までに遭遇したことのない問題に直面した。
「どうしましょう? 長すぎて全て水の上に出てきてないですけれど……」
「むう。青鬣狼がいてくれれば、引きずり出してくれそうなのだがな。」
胴の太さは私の数倍ほどだが、長さは今まで出会った魔物の中でも最も長いのではないだろうか。見えている分だけでも四十歩ほどはあった。
爆炎の魔法で横に転がすことはできても、縦に引っ張り出すことができない。試しに引っ張ってみても、重くて全然動きそうになかった。
「町に戻り、手伝いを探しましょう。皮の加工など使い途があるならば、民の協力も得られましょう。」
騎士の提案で一度町に戻り、人を募ってみると思ったよりも多くの人が集まった。魔物の姿を説明すると、食べられる種類の魔物である可能性が高いということだった。
「間違いない、赤紋水蛇だ!」
「大物だぞ! もっと呼んでこい!」
私たちが退治した魔物を見ると、民たちは大喜びで叫んで走り回る。そして縄を括り付けると、総勢六十人ほどで掛け声をかけながら引き摺り上げていった。
「さすが貴族様でさぁ。こんな巨い赤紋水蛇なんざ、ワシらじゃあ捕まえらんねえよなあ」
「魚取りの網を破ってくれてたのもコイツか。これで漁も楽になるんじゃねえか?」
よほど嬉しいのか、集まった大喜びで声を上げる。その横で赤紋水蛇の解体が進んでいく。
内臓には毒があるということで、腹を割くときには注意が必要ということだが、ナイフをもった者たちは器用に皮を剥ぎ取り、肉を切り落としていく。
捨てる分は後で焼却するのでまとめておくように言って、私たちは別の場所で魔物退治をする。草原は、そこらじゅう魔物だらけだ。
町の近くの大型の魔物は小領主の騎士に退治されているのだろうが、小型の魔物は山ほどいる。
いくつもの死骸の山を作り上げ、夕方には全て焼却を完了して町に戻ると、賑やかを通りすぎた騒ぎになっていた。




