409 ヘージュハック
歯向かう意思を見せる者は全て捕らえ、領主一族は馬車に、それ以外は牢に放り込んでおくよう指示をする。それとともに、王都への押送に必要な食料の積み込みもさせていく。
ただし、捕らえたセデセニオ伯爵らの食事は一日一食だ。死なない程度には与えるが、それ以上を与えるつもりはない。
彼らも食料を奪われる苦しみを味わえば良いのだ。
ヘージュハック領へと出発する前に、畑に植えられた魔物の植物が周辺の作物の成長を妨げていることを教えておく。さらに、魔力を撒くことを教え、魔物退治をするよう言っておけば食料生産は何とかなるだろう。
セデセニオ伯爵らは許し難い愚か者だが、ここの領民に罪はない。民も一緒に飢えていろというのはやり過ぎだ。
領主一族を全員捕縛したため、上級貴族を適当に代表として指名し、今年は食料生産に注力するように言っておく。潤沢に食料があれば、余所の地から奪おうとはしないだろう。
「騎士には休日も訓練も必要ありません。冬になるまでとにかく徹底的に魔物を退治しなさい。文官も周辺の畑を巡って魔力を畑に撒くくらいしてください。この数年、畑の収穫は惨憺たる状況と聞いていますが、それは全て貴族の怠慢が原因です。」
ウンガス王国は全体的に絶望的な不作だとはきいているが、大水などの酷い災害があったとは聞いていない。ならば必死に頑張ればなんとでもなるはずだ。
街道の管理なども大事な仕事だが、この際後回しで良い。民も貴族も飢える者がないだけの収穫を確保するのが最優先だろう。ただし、治水に関しては怠って畑が全滅してしまったのでは元も子もないので、最低限の人員は残しておく。
大雑把に指示をしてやると、セデセニオの騎士も文官も途方に暮れたような顔をするが、私たちにはこんな所に止まって細やかな指導などしている暇はない。自分たちの領地なのだから、なんとか頑張って運営していってもらいたいものだ。
馬の飼料と縛り上げたセデセニオ伯爵らを馬車に詰め込んで領都を出発すると、西へと向かう。セデセニオの領都から隣のヘージュハック侯爵の領都までは五日の道のりだ。
小領主の邸には寄りもせずに町をいくつか通り過ぎていくが、どこもここも活気に乏しい。恐らく食糧難で立ち行かなくなっているのだろう。
畑には当たり前のように魔物が栽培されているし、これでは収穫量が減っていく一方なのは必然だ。魔菜を植えてから収穫が落ちていると気付いても良さそうなのだが、魔菜だけは収穫できるからと安易に継続してしまうのだろう。
数日前に北の方へ走り去っていった青鬣狼も何故か戻ってきて私たちと一緒に進む。
ジョノミディスやフィエルナズサは、以前より青鬣狼とは親しんでいるため、特に恐れることもなく接しているがが、マッチハンジはまだ慣れぬ様子でいるし、リュデリックらウンガスの者たちは全く近寄ろうともしない。
メイキヒューセは喜んで撫でまわしたり水を与えたりしているのだが、それに異物を見るような目を向けるばかりだ。
予定通りの日程でヘージュハック領都に着くと、畑の外側で青鬣狼は再び何処かへと走っていった。彼らは、あまり人の街に入るつもりもないようで助かる。もし、青鬣狼を街の中に入れようとすれば門番も抵抗するだろう。
やはり暗い雰囲気の漂う街を進み、真っ直ぐに領主城へ向かう。
「私はヘイゼルヴィーン・ジェス・リュデリック。バランキルへの使節の任の帰りにある。こちらは挨拶に立ち寄った次第だが、領主殿にお目通りは叶いますかな?」
セデセニオでの件を反省し、城門で名乗りを上げるのはリュデリックだ。領地を持たない王宮努めの貴族だが、彼も侯爵位を持つ。さらに、王宮の遣いの証である徽章を見せれば、門番も表情を引き締めて対応をする。
取り次ぎの間、少々待たされるが、突然の訪問なのだからこれは仕方がない。小領主からの遣いならば特に指示を仰ぐ必要もなく文官だけで対応できるが、王宮の遣いをそれと同じ対応にするわけにもいかない。
数分待たされた後に私たちは城内に案内される。向かうのはリュデリックら王宮の文官にジョノミディスと私、そしてセデセニオ伯爵だ。
布で隠してセデセニオ伯爵を縛ってあるのを見えないようにしてあるが、それでも顔を知っている者はいる。
使節に参加しているなどと聞いているはずもなく、案内された応接室に入ると中の者たちは一瞬だけ表情を変える。
とはいっても、隣の領主が門で名乗っていないことが意外なだけで、挨拶もなしに理由を問われることもない。まずは、型通りの挨拶を済ませて席に着く。
私たちの正面に座るのは、ヘージュハック侯爵の第二子のミバネズィチェだ。ヘージュハック侯爵当人が出てこないのは残念だが、事前の約束もなしに突如押しかけてきてそれを言うわけにもいかない。
「バランキル王国まで使節として向かったとは大義でございますね。どのようなお話で行ったのかは存じませんが、何か収穫はございましたか?」
「うむ。我が国の農業政策の非を指摘され、改革のために数人を派遣いただけることになった。」
「近年の不作は我々の失策が責であるということですかな?」
ミバネズィチェは不愉快そうに言うが、本気でそう思っているのだとしたら救いようのないほど愚かなことである。収穫量が年々低下しているのに有効な手を打つことができないのが妥当な政策であるはずがない。
「私には真実は分からぬが、もし彼らの提示する政策が成功すれば、農業政策の非は認めざるを得ぬだろう。」
リュデリックは、ミバネズィチェの不服には取り合わない。農業生産が壊滅的なことになっているのは事実だし、それを打破する方法があるならば勿体ぶらずに出してしまえば良いだけだ。
「ところで、ハーベルヴィグ・ズェム様はご健勝でありますかな?」
そう切り出したのは、ヘージュハック侯爵の第一子のことである。リュデリックはブェレンザッハで虜囚となっている男にいくつか質問をして確認していたが、もしかしたら名を騙る偽物であるかも知れない。
あれが本物である可能性も十分にあるため、おくびにも出さずに質問するが、ミバネズィチェも知らぬ顔で片眉を上げて肩を竦める。
「兄は今はこの城を離れているが、何かございましたか? 領主一族というのも多忙であるが故、何か用件があるならば事前に約束をいただきたいのですが。」
この言い分自体はもっともなものだ。表情をそれ以上に崩すこともなく、どこまでこちらの意図を理解しているのかは読み取れない。
だが、セデセニオ伯爵の腕を隠していた布を取り上げてテーブルの上に置くと、取り繕っていた表情は剥がれ落ちた。
「この外套にはヘージュハックの紋がございますが、間違いございませんか?」
外套の裏地に大きく刺繍されているほかに、肩の部分に徽章が付けられている。ヘージュハックの紋章など知らない私には全く区別できないが、ミバネズィチェが顔色を変えたところを見ると、偽物である可能性は低いのだろう。
「リュデリック卿、一体どこでこれを入手したのでしょう?」
「バランキル王国にて、ハーベルヴィグ・ズェムを名乗る者が捕らえられていました。その男が持っていた物です。」
震える声で尋ねるミバネズィチェに、リュデリックは淡々と答える。
瘦せて汚れた虜囚の姿は、知っているヘージュハックの子息の容姿とは違っていたし、本人と断ずることもできなかったというのは決して嘘ではないだろう。バランキル王国側の捏ち上げである可能性も高いと判断し引渡しの交渉はしていないと言えば、ミバネズィチェは奥歯を噛み締める。
そもそもリュデリックは、ヘージュハック侯爵がバランキル王国に攻め込んだなどという話は聞いていなかったし、逆にバランキル王国側が攻め込んできたという情報もなかった。
普通に考えれば、適当な犯罪者をウンガスの貴族と偽っての不当な要求である可能性が高いと判断するだろう。
何の確認もせずに出鱈目な要求を飲めば国益に反することにもなるためマントだけを受け取ってきたと言えば、ミバネズィチェには反論のしようもない。
「以上が、ハーベルヴィグ・ズェム様がご健勝であるかを尋ねた理由にございます。ご不在でも健勝にあるならば、バランキルの下らぬ詐術であると切って捨てて構いませんな?」
「……待ってくれ。兄の行き先を当主に確認しよう。」
そう言ってミバネズィチェは蒼白な顔をして部屋を出ていった。本当に進攻の件を知らないということもないだろうが、勝手な対応はできないと判断したのだろう。
文官や使用人を出すのではなく本人が出て行ったということは、色々と対応策を話し合ってくるのだろう。しかし、今回は私たちは名乗っていないし、セデセニオ伯爵のようにいきなり攻撃してくることもないだろう。




