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408 セデセニオ

「ウンガスの地理について伺ってよろしいですかな?」

「西部や南部には詳しくありませんが、分かることでしたら伺いましょう。」


 私たちが聞きたいのは、進攻してきたヘージュハック侯爵らの領地の場所と道についてだ。大まかな話はリュデリックらに聞けば分かるのだが、周辺含めて地図を見ながらの説明がほしい。


 少々遠回りになる、と言うのが実際にどの程度であるのかが分からないのだ。リュデリックらも、どの街道を進めば何日で王都に着くかという詳細情報は持っていない。


 文官が持ってきた地図は、ミュウジュウを中心からやや外し、その逆側に王族直轄領が入っている程度のものだった。この土地の者たちは国の西や南側に行くことはないらしく、ウンガス全土が記された地図はないという。


「セデセニオ伯爵領とヘージュハック侯爵領は、経由しても何とかなりそうですね。」

「地図にあるということは、このネブジ川というのは水運があるのだろう? ほぼ真っ直ぐ王都までいけるならば、ヘージュハック領の西側まで抜けてしまった方が早そうだな。」


 地図を見ると、ミュウジュウのほぼ真西にセデセニオ伯爵領があり、そのさらに西側にヘージュハック侯爵領がある。その北側にあるハプアミシャやヴァンヴォントまで行こうとすればかなりの時間を要するだろうが、この二領だけならば許容範囲内だろう。


 王都へ行くならば真っ直ぐ南西へと向かっていくのば最短であるが、船を使うことができれば所要時間はあまり変わらなそうである。



 出発の前に、ミュウジュウ侯爵にも畑に魔力を撒き、魔菜を含めて魔物退治を徹底するよう伝えておく。本来ならば、順序としては王族から話をした方が良いのだが、畑の様子を見るに、あまり悠長なことを言っていられそうにもない。


 元々は、ザッガルド公爵やノエヴィス伯爵から収穫の改善方法が広まっていけば何とかなるだろうと思っていたのだが、全く想定していた通りにはことが運ばず、挙げ句の果てにわけの分からない言い掛かりをつけての進攻だ。


 私たちはウンガスの非常識さを甘く見すぎていたと言うよりほかはない。



 ミュウジュウの領都を出て四日後にはセデセニオの領都に着く。通常ならば六日掛かるというが、町を素通りして急げば期間の短縮は可能だ。


 二日目に青鬣狼(グラール)は群れ全てで北の方へと走っていき、翌日以降も戻ってくることはなかった。少々寂しいが、元より彼らとは目的地が一緒なわけでもない。偶々(たまたま)、進む方角が一致していただけに過ぎない。


 街の門では特に止められることもなく、寂れた道を行く。街の中は不衛生な臭いもするし、管理が行き届いていないのは明らかだ。

 全てを見たわけではないが、騎士を領地の外に出したりしている余裕なんてどこにあるのかと思う。


「私はジョノミディス・ブェレンザッハだ。バランキル王国より王都へ向かっている途中だが、挨拶のため立ち寄らせてもらった。」


 城門で名乗ると騎士は顔を引き()らせた。セデセニオ伯爵を責めるようなことは何も言っていないし、ミュウジュウでの名乗りとも変わりはない。

 しかし、門を守る騎士たちは大慌てで身構え、あるいは連絡に走っていく。


「バランキルの貴族が何用であるか?」

「王都までの道すがら、挨拶に立ち寄ったと言っているであろう。」


 愚かしい質問に同じことを繰り返すと、緊張した顔の騎士は互いに顔を見合わせ、私たちを待合室へと案内する。


「応接室で伯爵様がお待ちです。」


 五分ほど待たされ、私とジョノミディスそれにリュデリックら王宮の文官が使用人に案内されて応接室に向かう。フィエルナズサらは馬車で待機だ。挨拶に来ただけと言っているのだから、全員で行くものでもない。


「私はビルニィレケ・ミスドヨ・セデセニオ。お初にお目にかかる、バランキルのお方……」


 意図的に無表情を貼り付けたようなセデセニオ伯爵だったが、挨拶の途中で怪訝そうに私の後ろに目を向ける。領主として王宮に参じることのあるセデセニオ伯爵がリュデリックと面識があっても別段不思議はない。


「お久しゅうございます、セデセニオ伯。」

「リ、リュデリック卿……? 一体、何故……?」


 王宮の文官が私たちバランキル貴族と一緒にいれば困惑するのも無理はない。彼らも、王族がバランキル王国に使節を派遣しているのを知らないのだろう。知っていて進攻していたならば、叛逆行為と受け取られてもおかしくはない。


「バランキル王国とは先年より使節の行き来がある。両国の今後のために、何人かをお招きしても不思議はないと思うが?」


 私たちがそうするよう要求したわけでもないのだが、リュデリックの返答はもっともらしいものだった。セデセニオ伯爵に後ろ暗いことがないならば、普通に私たちの紹介を願うのが予想される平常の流れだろう。


 だが、セデセニオ伯爵は目を見開き、口をぱくぱくとさせるばかりで言葉が出てこない。


「如何いたした? 私はジョノミディス・ブェレンザッハ、こちらは妻のティアリッテ。ウンガス王国と国境を接する領地の一族として挨拶に参った。」


 ジョノミディスが名乗り挨拶をすると、セデセニオ伯爵の狼狽ぶりはさらに酷くなるばかりだ。罪の糾弾もまだしていないのに今からここまで慌てるとは、どれほど後ろ暗いことがあるのだろうか。


 そう思っていると、どこからか轟音が響いてきた。


「何の音だ?」

「人の騒ぐ声も聞こえますね。もしかして、この町は治安が悪いのでしょうか?」


 素知らぬ顔でそう言ってやるが、魔法が放たれたのだということは気配で分かる。もちろん、平民に魔法なんて使えるはずがないので、騒いでいるのはセデセニオの騎士以外にはいない。


「バランキルの畜生め、灰になってしまえ!」


 悲鳴のような甲高い声を上げながら、セデセニオ伯爵は杖を取り出し火球を私に向けて放つ。しかし、火球がくると分かっていれば防ぐのは容易い。一歩前に出て手を振ると、火球は弾けて消える。


「あ、ああぁぁぁぁああ!」


 顔を引き()らせガタガタと震えながら叫ぶが、そんなに打ち倒されるのが怖いならば、最初から攻撃などしなければ良いのだ。

 なんだかもう溜息しか出てこないが、控えていたセデセニオの騎士は手に杖を構えている。


「黙りなさい。」


 右手を振り水の玉を放つと、至近距離からの直撃を受けたセデセニオ伯爵やその騎士は背後の壁に叩きつけられ(うずくま)る。さらにもう一発を放ってやれば、雄叫びを上げて立ち上がろうとした者も床に倒れ伏し、(うめ)き声を漏らすしかできなくなった。


「一体、何が……? ティアリッテ様はどうやって魔法を……?」


 事態についてこれないリュデリックは目を見張って聞いてくる。城や邸に入る際に、敵意がないことを証明するために、杖や腕輪を預けるのが通例だ。今回も例に漏れず、私たちもリュデリックらも杖や腕輪を差し出している。


 常識的には、その状態で魔法を使える者はない。


 しかし、敵地と分かりきっているのに、私たちが本当に全ての武器を渡してしまうはずもない。が、本当のところを全て答えてやる必要もない。


「攻撃されることなど予測済みだ。セデセニオは我が領地に攻撃してきたのだ、私が何の対策もなしに来るはずがないだろう。」


 質問の答えにはなっていないが、今はリュデリックはそれで納得するしかない。彼らもセデセニオ伯爵の攻撃対象に入っていたのだ。まずはこの状況を何とかする方が先だ。


 気を失って床に倒れ伏しているセデセニオ伯爵らから杖と腕輪を取り上げて、手近な布で手足を拘束する。そして、応接室の扉を開け放ち、ジョノミディスが大声で宣言をする。


「降伏せよ! 既にセデセニオ伯爵は捕らえた。無駄な抵抗をするな。」


 私たちはともかく、王宮の文官であるリュデリックらに攻撃を仕掛ければ、犯罪行為として(とが)められることになる。捕縛が完了して戦闘が終わってしまえば、もはや周囲の騎士の出る幕でもない。


 そして、私たちは私たちで、セデセニオ伯爵を赦すつもりもない。とはいっても、ここで私たちが一方的に討ち倒せば、こちらが犯罪者となってしまう。


 ここは何としてでもリュデリックら使節団を襲撃したと押し通してセデセニオ伯爵らを押送する方針だ。


「当主捕縛に不服があるならば、王宮で弁明せよ。」


 リュデリックもそう大音声を発するが、それでも聞こうとしない者はいる。


「バランキルの下衆ども……」


 言い終わらないうちに炎の槍を放ってくるが、届く前に私の風の魔法で吹き散らされ押し戻される。調度品に気を遣った攻撃なんて通用するはずもない。


 何やら叫んでいるところに水の玉を叩き込んでやると、叫び声は()せ込んだ(せき)に変わる。大きく口を開けているところに水の玉が直撃したのだろう、最悪、水が喉の奥に詰まって窒息してしまうだろうが、それはもう不運として諦めるしかない。



「セデセニオ伯爵はヘージュハック侯爵らとともに軍を用い、他領の町を襲ったと報告がある。そして今、王宮からの使者を亡き者にせんとした。これ以上、罪を重ねるのを止めず抵抗するならば容赦はせぬぞ!」


 ジョノミディスがそう叫ぶと、騒ぎに集まってきた者たちの反応は二つに分かれる。明らかに動揺し狼狽(うろた)える者、そして敵意を(あら)わに眼光を鋭くする者だ。


 しかし、次の瞬間には水の玉に打たれて倒れていく。私は杖の一振りで三十以上の水の玉を打ち出せるし、ジョノミディスとともにやれば、四、五十程度の敵ならば問題なく全滅させれる。


 あっという間に方がついてしまうと、残った者たちは慌てて(ひざまず)く。


 恐らく彼らは、バランキルへ向けて進攻したことは知っていても、ミュウジュウ領内での狼藉(ろうぜき)までは知らなかったのだろう。

 セデセニオの騎士が他領の町を襲って食料を奪ったといえば、非難がましい目がセデセニオ伯爵に向けて注がれる。


 そんなことをしている間にも、外から聞こえていた轟音も鳴り止んでいた。馬車には守りの石もあるのにフィエルナズサが負けるはずもない。外の戦いも片付いたのだろう。

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