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406 ウンガスへ

「陛下自らいらっしゃるとは、一体、どのような用件でございますか?」


 ブェレンザッハ公爵も事前に予定していない行動に国王(ハネシテゼ)の来訪に困惑の色を隠せない。


「ウンガス王国からの要望はブェレンザッハ公もご存知でしょう? しかし、支援をせよとわたくしが手紙を送ったところで、そう簡単には飲むこともできぬでしょう。」


 ハネシテゼの言葉に私も意図を理解した。今回の件は国王が動き、貴族の動きも感情も捻じ曲げて行う事業となるのだ。ウンガス王国も相応の覚悟をせよとリュデリックらに圧をかけるためのことだ。


「ジョノミディス、ティアリッテ。二人はウンガス王国に行き、王族や上級貴族の整理に手を尽くしてくださいませ。未成年の子らには、しばらく我が中央学院で教育を施すとお約束をいたしました。」

「必要なのは食料の支援という話ではありませんでしたか?」


 ハネシテゼの言葉にブェレンザッハ公爵は眉間に(しわ)を寄せ、わざとらしく質問をする。こんなやりとりは何ヶ月も前に済ませていることだが、ウンガスの使節の前で改めてやってみせるらしい。


「話を聞く限りでは、今年食料を送っても、来年もまた同じように作物が育たないなどと言ってくることでしょう。」


 抜本的な解決策を取らなければ、いつまで経っても同じことを繰り返すだろう。ハネシテゼの言葉にリュデリックらは苦い顔をするが、特に反論はしない。恐らく、王都でハネシテゼに完全に言い負かされているのだろう。


「それで、ウンガス王国は私たちを受け入れる用意はあるのですか?」


 ここまで来ているということは、国王(ハネシテゼ)には何とかすると答えたのだろうが、どのような言葉を使ったのかは私も知りたいところだ。


「我々は指導を受ける立場であると重々承知しております。何としてでもバランキルの方々の立場は確保いたします。」


 その言葉を聞いて私とジョノミディスは互いに目配せをしてハネシテゼの前に(ひざまず)く。


「お役目承知いたしました。ウンガス王国に赴き、国体を支えるための力となりましょう。」

「ジョノミディス、貴方を中心に取り組んでいただきます。こちらのマッチハンジやフィエルナズサ、メイキヒューセを貴方にお付けいたしますので、できるだけ早急に問題を解決してきてください。」


 マッチハンジらと共に行くことなども、事前に決定していることだが、そんなことはおくびにも出さずハネシテゼは命を下す。



 その夜は国王歓待の宴を催し、私たちは三日後に出発する。実のところ、翌日には出発できるよう準備はしてあったのだが、万端整えて待っていたことを知られてはならないと言われてしまった。


 王都に向かうのは私たちの他に三十五人の騎士と十二人の文官だ。王都のほかエーギノミーアやスズノエリアなど各領から数人ずつを出している。


 騎士たちは全員がバランキル王家の紋章の入ったマントを着用しているが、王宮に召し上げられたわけではなく、国外に出るための一時的な措置らしい。


 ブェレンザッハやエーギノミーアなど、領主が勝手な動きをしているのではなく、国としての派遣であることをウンガスに対して明確に示すということだ。


 いくつかの町を通り過ぎ、アーウィゼの町を出ると国境を越えてウンガスの町に着くまでは野営をすることになる。


「六年前の侵攻以前は、以前はここにも町があったのですよ。」


 スゥミガシの跡地に着くと、ジョノミディスはいつもの説明をする。そこは背の高い草が好き放題に伸び、もはや町があったことを全く感じさせない。


 足下の痕跡も時とともに薄れ、注意深く探さねば見つけることもできない。逆に言えば、草を掻き分けて探せば、まだ町の痕跡を見つけることはできる。


 リュデリックらは神妙な表情で死者への祈りの言葉を口にするが、ここには多くのウンガス騎士や兵も一緒に埋まっている。町を滅ぼしたのは間違いなくウンガスの仕業だが、その後踏み潰したのは巨大な岩の魔物だ。


 翌日にはグィニハシの跡地を過ぎ、夕方には国境関門に至る。


 その道の途中で、私たちは思わぬ集団と遭遇した。


「ジョノミディス様、ティアリッテ様。左手より獣の影が複数近づいてきています!」


 私たちの乗る馬車の外を守る騎士たちが慌てた声を上げるが、急な山の斜面を駆け下りてくる気配は明らかに〝守り手〟のものだ。


青鬣狼(グラール)ですね。馬車を止めてください。挨拶をすれば襲われる心配はありません。」

「しかし、こんなところで会うとはな。何かあったのか?」


 ジョノミディスがそう言って首を傾げるのも無理はない。

 単に移動しているところに出会っただけならば良いのだが、いま、魔物退治に協力してくれと言われるのも困る。


 頭上に魔力の塊を放り投げて馬車を降りれば、青鬣狼(グラール)は私たちの前にやってくる。遠くに見えていた彼らがすぐ近くまでやってくるのに、待つほどの時間は必要ない。


 ジョノミディスを先頭に私も挨拶をしていると、フィエルナズサとメイキヒューセも馬車から出てきてそれに加わる。


「随分と数が多いな。この規模の群れを見るのは初めてだ。」

「四十くらいですかね。二つの群れが合流したのでしょうか?」

「珍しいといえば、若い個体が大半を占める群れというのもあまり見ぬぞ。」


 ジョノミディスやフィエルナズサと話をしていると、私もとても不安になってくる。私が青鬣狼(グラール)に出会って何もなかったことは一度もない。

 すぐ近くに魔物の巣があるならばみんなで退治してしまえば良いのだが、遠くに連れて行かれるのは勘弁願いたい。


「どうしたのですか? 何か私たちに用事でもございますか?」


 首のあたりを撫でまわしながらそう聞いてみるが、青鬣狼(グラール)は特に急かす様子もなく私たちの顔を見回している。


「私たちは西へ向かうが其方(そなた)らは何処(どこ)へ行く?」


 ジョノミディスが道の先を指差して問うと、青鬣狼(グラール)は一斉にその先を振り向き足を踏み鳴らす。恐らくこれは、自分たちも西へ向かうと意思表示しているのだろう。


 何処に何をしに行くのかは分からないが、細かい意味で言葉を交わすことはできない。取り敢えず馬車を進めると、青鬣狼(グラール)はその横を並んで歩く。


「ブェレンザッハでは食料が足りぬのではないか?」


 夕方、国境関門に到着して野営の準備をしていると、フィエルナズサが周囲に寝そべる青鬣狼(グラール)を指して言う。


「ノエヴィスの騎士を使って徹底的に魔物退治をしていると言っていたであろう。青鬣狼(グラール)は魔物を餌としているのだ、狩り尽くせば別の土地に移り住まざるを得ないだろう。」


 言われてみれば確かにそうだ。西や南の山岳部ではまだ魔物も残っているはずだが、領都から東方面は中型以上の魔物は狩り尽くしたと言っても過言ではないほどだ。

 小型の魔物はまだまだいるはずだが、青鬣狼(グラール)の数を支えられるほどではないのかもしれない。



 その後も青鬣狼(グラール)は私たちの隣を一緒に歩く。時折、十頭ほどで斜面を駆け上がっていき、蛇や蜥蜴(とかげ)などの魔物を咥えて戻ってくる。


 その様子を見る限りでは特に急いでいるわけでもなく、本当に餌を求めて移動しているだけなのだと思わされる。恐らくだが、この険しい山の中では青鬣狼(グラール)も狩りをするのが難しいのだろう。


 延々と山道を進み、ウンガス王国の町に着くのは国境関門を出て翌日の夕方だ。そこまで一緒についてきた青鬣狼(グラール)も、町の中にまでは入ろうとはせず畑の外側で別れることになった。


 ここからは別行動になるのかと思っていたら、翌朝出発するとどこからか駆け寄ってきて再び一緒に歩き始める。


「一体、どういうことなのだ? 彼らもはじめての土地で不安があったりするのだろうか?」


 フィエルナズサも首を傾げて肩を(すく)めて見せるが、そんなことは私にも分からない。


「周囲の魔物を退治していってくれますし、私たちにとって不利益もございません。好きにさせておきましょう。」

其方(そなた)はあれを撫でまわしたいだけであろう。」


 呆れたようにフィエルナズサは言うが、休憩時に青鬣狼(グラール)を撫でているのは私だけではない。メイキヒューセも満面の笑みで青鬣狼(グラール)と戯れている。

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