405 ウンガスの使者
やってきたのはウンガス王宮に仕える者たちで、リュデリックという男を筆頭に文官三人に騎士を七人という少数構成だった。
ウンガスからの使者の要件はやはり予想通りで、食料の支援の依頼である。
「我が領地にはウンガス王国より数万の難民が流れできている。食料の支援など、そうそうできるほど余裕はない。」
昨年、芋を馬車で何十台分か送ってやったのに、それに対して感謝の言葉もないのだ、快く引き受けるつもりなど全くない。ブェレンザッハ公爵は余裕がないの一点張りで押し通す。
先の進攻についても把握しているのかいないのか、一言も触れようとしない。
そんな態度では、私も「少しくらいならば」などと言ってやる気にもならない。
「今年の作物の生育状況は昨年よりも悪化しているのです。このままでは、多くの国民が飢えに苦しむことになってしまうでしょう。」
彼らとしても死活問題なのだろう、リュデリックは必死に食い下がってくるが、その言葉は私たちには受け入れられない。ブェレンザッハ公爵をはじめ、同席している領主一族は揃って不愉快そうに表情を歪める。
「土地を守りもせずに余計なことばかりをしていれば、畑が荒れるのも当然でしょう。ウンガス国民が飢えに苦しむのが我々の責であるかのように言うのはお止めいただきたい。」
「どうしても支援が欲しければ、王都まで赴き陛下にお頼み申し上げることですな。そんなことよりも、私にも其方らに尋ねたいことがある。」
そう言ってブェレンザッハが合図を出すと、会議室の扉が開けられて一人の痩せこけた男が騎士に両脇を抱えられるようにして入ってくる。
その男は使者の顔を見て目を剥き、大きく息を呑んだ。
「その男は……?」
「我だ、ハーベルヴィグ・ズェム・ヘージュハックだ! リュデリック卿、我が分からぬか⁉」
リュデリックが怪訝そうに問うと、ハーベルヴィグは殊更大声で怒鳴る。
そして、来るのが遅いだの、解放するように言えだのと喚き立てるが、使者の方は何のことか全く分からないといった表情で私たちを見回す。
「彼は本当にヘージュハック侯の子息なのですか?」
困惑した様子で尋ねるリュデリックは、演技をしているようには見えない。他の文官や背後に控える騎士も眉を寄せて互いに顔を見合わせる。
「以前よりそう言い張っているのは確かだ。我々はヘージュハック侯爵とやらの顔も名前も知らぬがな。」
「それで、ヘージュハックの長子が、何故、ここに?」
「武力を以って侵入したから捕らえたまでだ。リュデリック殿は本当に存じていないのか?」
ブェレンザッハ公爵の言葉に、リュデリックらは言葉を失う。誰もが口を閉ざす中、ハーベルヴィグ一人だけがノエヴィスやバランキル王国に対して恨みを喚き立てる。
「愚か者め、何が解放だ。ノエヴィス伯爵が一体何だというのだ。其方は自分が何をしたのか分からぬのか! これでは交渉などできるはずもないではないか……」
リュデリックは吐き捨てるように言う。彼としても、何としてでもこの交渉を成功にと意気込んで来たのだろう。それが事前に台無しにされていたと知れば穏やかでいられないのも仕方がないだろう。
どのような条件を持ってきていたのかは知らないが、何もする前に手詰まりとなってしまったも同然だ。とはいえ、彼らに全く打つ手がないわけでもない。今その用意はないだろうが、こちら側が要求することは早めに伝えておいた方が良い。
「まずは、ヘージュハック侯爵とやらを廃し、一族の貴族位を剥奪するくらいはしていただかなければ、ブェレンザッハとしては貴方たちのどんな希望にも添えないでしょう。」
そうしたら支援をするというわけではない。何もなしに来られても話を聞く気にもならないというだけのことだ。
私の言葉にリュデリックらはきつく目を閉じて歯を食いしばる。
「私の一存でそれをお約束することは叶いませぬ。」
「ならば、其方の取る道は二つだ。バランキル王都へ赴き、陛下に温情を願い出るのが一つ。もう一つが急ぎ戻り、ヘージュハック侯爵およびその一族を罪人としてこちらまで押送することだ。」
私はもちろん、ジョノミディスもブェレンザッハ公爵もヘージュハック侯爵とやらの顔など知りもしないが、元伯爵家当主であるノエヴィスならば領主一族も含めて面識くらいあるだろう。全く関係のない叛逆者を適当に差し出して誤魔化すという手段は通用しない。
そう考えると、領主およびその一族を処刑する権利を寄越せという主張は、彼らの立場ではそのまま持ち帰ることができないだろうと容易に想像される。
そもそもブェレンザッハ公爵は、バランキル王国内においても他の領主を処刑する権利なんてものは持っていない。国王にその権利を願い出ても、ほぼ間違いなく却下される。
そんな要求を簡単に呑めるはずがないのだ。
となると、リュデリックは王都に向かう選択肢しかなくなる。必死に頭を下げて謝辞を述べて通行の許可を願い出る。
「話し合いのために王都に向かうというならば、通行は許す。ところで、この犯罪者はこちらで処刑して構わぬな?」
「もし可能であれば、処刑およびその経緯について書面でいただけはしないでしょうか。」
処刑そのものに異を唱えるのではなく、国家間の不和が広がらないように努めたいという理由ならば、こちらとしても拒否する理由はない。
進攻の時期や人数、さらに尋問した内容を書面にて渡すことを約束する。
ウンガス王国内の法でも、武装した騎士の集団を領外で用いるのには正当な事由が必要であるとし、ヘージュハック侯爵には何らかの処罰が下されるだろうということだ。
翌日には、リュデリックは中間報告書などと合わせていくつもの書類を二人の騎士に持たせてウンガスの王都へと急がせる。
そしてリュデリックらは王都へと向かっていく。使節団の目的はあくまでも食料支援の取り付けであり、その点についてはまだ何一つ達成できていない。
ウンガス王国からの進攻については、撃退したことを含めて既に王宮に遣いを出して通知や報告をしてある。事前に想定した範囲内で事が進んでいるし、国王は予定通り属国化の要求を出すことになるだろう。
「我々も準備しておいた方が良さそうだな。」
リュデリックらが東に向かうのを見送り、ジョノミディスが溜息混じりに言う。恐らくハネシテゼは、支援の依頼を断固拒否はしないだろう。
しかし、ウンガス王国が困窮すればするほど、流れてくる難民の数は増えることが想像される。ノエヴィスが受け入れられたことが伝われば、流れてくる勢いは加速するのは間違いないだろう。
それで困るのはブェレンザッハやイグスエンだ。人口が増えることは決して悪いことではないが、それは緩やかに増える場合での話だ。急激に増えれば食料や住居の供給が追いつかなくなる。
そういったことを踏まえると、何とかしてウンガス王国を真っ当な方向に立て直さなければ解決には至らない。
内戦を繰り返し国土を荒廃させるような者たちは廃して、国や土地を豊かにしようとする者を取り立てていくべきと思うのだが、この数年を見るに期待するだけ無駄だろう。こちらから出向いて無理矢理にでも改革していくしかない。
「本当に気が進みませんけれど、だからこそ必要なのでしょうね。」
使節が王都から戻ってくるまで三週間ほどは要する。その間に仕事の引き継ぎを済ませて私とジョノミディスはウンガス王国へ向かう準備をする。
ディクサハンジの負担は大きくなってしまうが、彼もつい先日成人を迎えた。ある程度は本人も覚悟しているだろう。それに、私の外回りの仕事はノエヴィスの者たちを中心に割り振っていく。
街道や河港の管理を任せてしまうことはできないが、各地の畑や森の管理は任せてしまっても問題ないと言える。、
この地に住む以上、彼らにとっても農林業は重要な仕事だ。もし食料が不足するようなことになれば、彼ら自身が飢えることにもなる。それを承知で変な考えは起こさないだろう。
出発して二十日後に使節は戻ってきた。というか、それと一緒にハネシテゼもやってきたのだから驚きである。
事前に準備をしていたであろうフィエルナズサやメイキヒューセはともかく、国王自らブェレンザッハまでやってくるのは想定外だ。
まさかとは思うが、自分がウンガスに行くなどと言い出したのではないかと、とても不安になってしまう。




