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403 白くて丸いもふもふ

 四月に入れば、各部署の仕事も一通り片付いてくる。とはいえ、早々に領地に帰ってしまうわけにもいかない。いくら仕事がといっても、セスニロイエ一人を残していくのはありえないだろう。どんなに早くても、十二日の学院の終業を待つことになる。



 数日、お茶会などをしながらゆっくりと過ごし、十四日の朝に王都を出発する。ブェレンザッハへの帰り道も、そろそろ見慣れてきた。

 道中は特に変わったこともなく、のんびりと馬車と船に揺られて八日後に領都に到着した。


「お帰りなさいませ、リップズ様。お疲れのところ大変申し訳ございませんが、重要な連絡がいくつかございます。」


 城のエントランスで私たちを迎えるのはファイアスラとディクサハンジだ。だが、労いの言葉もそこそこに、至急の話があるとファイアスラは言う。

 面倒なことではあるが、この状況は想定の範囲内だ。


「ふむ、ウンガスが攻めてきたか?」

「はい、お察しの通りにございます。三日前にアーウィゼより報せがございました。昨日も続報が届いております。」


 予想していたとはいえ侵攻の対策はあまり後回しにするものでもない。急ぎ判断することも必要かもしれない。荷物は使用人たちに任せて、ブェレンザッハ公爵を先頭に私たちは会議室へと向かう。


「まず、状況を聞こう。」

「ウンガス側は騎士が約八百、さらに無数の中型の魔物を引き連れているとのことです。兵については確認されていません、いても少数と思われます。」


 以前の侵攻では、山間部でも構わずに兵を前に出す者が多かったが、それがほとんど役に立たないことが分かる程度には頭があるということだろうか。


 ただし、それだけで敵の程度を判断することもできない。もう少し詳細な情報も必要だ。


「魔物の種類は分かりますか?」

「種類やその数までは詳細の報告はありませんが、魔猿や甲熊(ヒギア)が確認されているそうです。」

甲熊(ヒギア)とは面倒な魔物を連れてきたものだな。」


 そう言ってジョノミディスが眉を顰めるのは、平民兵では甲熊(ヒギア)を仕留めるのは不可能に限りなく近いからだ。恐らく、崖の上からの投石でも痛手を与えることはできないだろう。


 斧や槍を構え、崖の上から飛び降りて攻撃すれば傷つけることもできるかもしれないが、そんなことをすれば飛び降りた兵の方が死んでしまう。


「こちらの被害はどうなっている?」

「数名の兵が負傷したとのことです。死亡者の報告はありません。」


 国境に配置されていた兵が撤退する際に傷を負ったとのことだが、命に関わるほどでもないらしい。騎士には負傷者もないということで、こちらの戦力としては何の損失もないということだ。



「砦を突破される可能性はあると思うか?」


 ウンガス側の戦力の説明が終わるとブェレンザッハ公爵はジョノミディスに問う。もともと私も砦の建築や基本戦術には関わってきているが、昨年、砦の強化に努めていたのはジョノミディスだ。


「魔物のと共に攻めてくることも想定して訓練させています。甲熊(ヒギア)などの危険な魔物がいるにせよ、百や二百程度ならば十分対応可能な範囲でしょう。」


 要は数の問題だとジョノミディスは言う。前線に駐留している騎士の対応力を超える数で押し寄せてこられると、苦戦することになるだろうし前線を下げざるを得なくもなる。


 いくら倒しても狩り殺しても、死骸を踏み越えて次から次へとやってくる場合は、前線を少しずつ下げていかざるを得ない。そう広くもない道に死骸の山ができた場合、仕留めた魔物が山の上から転げ落ちてくることも考慮しなければならない。


 大人数人分の重さの死骸の下敷きになれば、怪我をしないはずがない。余計な損害を出さないためには、距離を確保しておく必要がある。


「数次第では劣勢となっている可能性もあるということだな?」

「劣勢といっても、大きな損失を出すわけでもありません。魔物の死骸が道を塞げば馬車が通れなくなりますから、全部隊での進軍自体は阻めます。」


 死骸に火を放っておけば、その上を馬や徒歩で越えてくることもない。炎を上げる死骸を踏み越えてくるのは魔物だけだ。


 魔物と騎士が連携して攻撃してくると厄介だが、分断してしまえば魔物の数が多くとも十分に仕留められるだろう。


「援軍を送る必要はあると思うか?」

「今のところ、小領主(バェル)アーウィゼからの援軍要請はありません。」


 ブェレンザッハ公爵の質問に、ファイアスラが情報を補足する。

 想定していた戦力を大きく超えているわけでもないし、苦戦することはあっても、対応しきれないこともないだろうと私も思う。

 ただし、懸念点が何一つないわけでもない。


「恐るべきは、捨て身の攻撃ですね。死を覚悟して突っ込んでこられると、こちらも損失を出してしまう可能性があります。」

「それにはどう対応する?」

「ティアリッテが出るのが最も早くて確実です。」


 ジョノミディスの言葉に私も頷く。

 私は既に二百歩を超えるところまで攻撃範囲としている。ウンガスでも一般的に魔法が届く距離が百歩程度ということは分かっている。射程に少々の自信がある程度の者では、私まで魔法を届かせることはできないだろう。


其方(そなた)らが出ないという前提での策はあるか?」

「砦の設備に損害を与えてしまうことを許容するならば、どうとでもできます。」


 自信たっぷりにジョノミディスは言う。かなり大掛かりな罠を用意してあり、それを使えば命懸けの突進など簡単に粉砕できるらしい。


 問題は、罠を使ってしまうと仕掛け直すのに時間がかかるということだ。


「その罠は一つだけなのですか?」

「いや、全部で四つだ。命懸けで突撃させ、それにより秘策の罠を暴いたと調子に乗って突っ込んでこれば、大きな痛手を受けるのは敵の方だろう。」

「今回はそれで構わぬだろう。ここで潰せばウンガスに次はない。遠慮なく使える手段を使うようアーウィゼに通達せよ。」


 ブェレンザッハ公爵は、ウンガスの迎撃のために私やジョノミディスを出すことは否定した。現地の騎士が対応できるならばそれは現地に任せ、私たちはその後のことのために仕事を進めておくようにということだ。


 とはいっても、万が一のことがないとも限らないので、いつでも出発できるように準備はしておく。恐らくないと思うが、ウンガスに増援があった場合はこちらも何らかの対処をしなければならないだろう。



 一晩ゆっくり休み、翌日は朝から畑に出る。魔力を撒き、魔虫を徹底的に潰していくのは今年も同じだが、昨年の春先と比べてどの程度状態が良くなっているのかの確認も必要だ。


 ディクサハンジやセスニロイエも畑の作業に慣れたようで、すべき確認はてきぱきと進めていく。

 特にディクサハンジは頑張っている。冬に留守番をしていた彼は既に農業組合や商人たちと話を進めており、作付けの計画もほぼできあがっていた。


 いくつかの畑をまわって土の状態を確認し、私はさらに北に植えた木の苗の様子を見に行く。急遽、数を増やして数万本を畑の北側に植えたが、それが無事に冬を越すことができているかは大事なことだ。


「ここらの苗は無事そうですが、あの獣は……?」


 セスニロイエとともに行ってみると、多くの苗が小さな芽を膨らませている奥に、白くて丸い獣が十頭ほどうろうろとしていた。


白野羊(メーンピゥ)ですね。すぐに駆除しましょう。」

「駆除ですって?」

「ティアリッテ様、あれは畑を荒らす害獣です。」


 騎士はそう言うが、私はそうは認識していない。気配は明らかに〝守り手〟のものであるし、恐らく、学生のころ演習時に王都の周辺で見たのと同じ種類の獣だ。ならば、すべきことは駆除ではなく、挨拶と対話だ。


「あれを攻撃してはいけません。挨拶をして、この辺りを荒らさないよう言ってみましょう。」

「獣に言葉が通じるのですか?」

「言葉そのものは通じませんけれど、誠意を込めて言えばなんとなく伝わるものです。」


 セスニロイエは驚きと不安の色を浮かべて言うが、危険な猛獣と言われた青鬣狼(グラール)でも伝わるのだ。割と大人しい種類の獣で全く通じないこともないだろうと思う。


 近づいていくと、白くて丸い獣たちは逃げるでもなく、じっとこちらを見つめている。三十歩程のところで馬を下りると、セスニロイエもそれに倣う。足下の地面は雪解け水に()れて泥濘(ぬかる)んでいるが、馬上から挨拶をするのは難しい。


 私が先頭の白野羊(メーンピゥ)に向けて魔力を投げて挨拶を交わすと、続いてセスニロイエもその隣の獣に向けて魔力の球を放る。返された魔力もきれいに処理をして挨拶を終えるとセスニロイエはほっと息を吐いた。


「セスニロイエ様、挨拶を済ませたあとは触れても大丈夫なのですよ。」


 近寄ってきた白野羊(メーンピゥ)に手を伸ばして首のあたりを撫でてやると、獣は特に嫌がる様子もなく、されるがままとなっている。セスニロイエも同じように手を伸ばして触れると、一度驚いたように目を見開くが、すぐに緩んだ笑みを浮かべる。


「とても柔らかそうな見た目ですけれど、本当に柔らかく温かいのですね。上等な織物よりも滑らかな手触りですし、いつまでも撫でていたい気分です。」

「ほどほどにしておかないと、騎士に叱られてしまいますよ。」


 もっと撫でまわしていたいのは私も同じだが、すべきことはある。まずは、この白野羊(メーンピゥ)たちに畑や木の苗を荒らさないように言っておかねばならない。

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