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402 一変する冬の仕事

「騎士の各部署への配属はすぐにでも始めていきます。新部署に文官を異動させるのは三月からです。」


 引き継ぎの期間は二ヶ月ほどあれば良いだろうとハネシテゼは言うが、文官仕事に慣れない騎士に仕事を引き継ぐのは簡単ではないだろう。


 とは言っても、三月になったら文官を何十人も一気に引き抜いていくわけではないはずだ。土地の選定も始まっていないのに、何十人も文官がいてもするべき仕事がない。


「私たちもその引き継ぎを意識せよと言うことですね。」

「ええ、お願いしますね、フィエルナズサ。領主一族は、文官と騎士の両方の仕事に経験があるはずから、意見の食い違いがあったときに仲裁することもできるでしょう。」



 方針の説明が終わったら、具体的な詳細を詰めていくのは文官の仕事だ。新部署の長と副官の指名だけはハネシテゼから指名があるが、その他は具体的な人選の指示はない。


 私たち地方の領主一族も推薦などすることはあるが、王宮の人事に決定権を持つわけではない。基本的には淡々と例年通りに仕事を進めていくだけだ。


 私は今年は教育部門で、学院の指導育成状況を確認して今後の方針策定をしていく仕事に携わる。早ければ夏から秋にはウンガス貴族の子を受け入れる想定で進める必要もあり、従来通りとするわけにもいかない大事な仕事をだ。



「陛下のお言葉はききましたが、ウンガス貴族をこちらで育成するというのは納得がいきません。ティアリッテ・シュレイ様は詳しい話を聞き及びでしょうか?」


 執務室に入り挨拶を済ませると、文官たちは息巻いて詰め寄ってくる。彼らにとっては訳の分からない仕事を増やされたということでしかないのだろう。


「落ち着いてください、皆さま。まだザイリアックのジョディルニオ様がいらしていません。全員が揃ったら説明いたします。」


 伯爵や子爵からの者は全員揃っているが、公爵家であるジョディルニオを蔑ろにするわけにもいかない。仕事の準備をしながら待っていればジョディルニオは申し訳なさそうにやってきた。


「遅れて済まない。当主の長話に捕まってしまってね。」


 言いながら、ジョディルニオも手早く仕事の準備を始めていく。


「今年の仕事について経緯を説明いたします。」

「ティアリッテ・シュレイ様はウンガス貴族の件はご存知なのですか?」

「方針の骨子をまとめたのは私ですから。」


 正確にはジョノミディスも関わっているが、別にそれは今強調して言うことでもない。ジョディルニオはピクリと片眉を上げるが、特に何も言ってはこないので説明を続ける。


「皆さまご存知の通り、現在、ウンガス王国との関係は良好とは程遠いものにあります。そのウンガスのために力を割くのは気分の良いことではないでしょう。」


 この前置きは必要なことだ。文官たちが何に対して不満を抱いているのか理解していることは示さねばならない。その上で、バランキルの学院でウンガス貴族の子養育する意味を述べていく。


「第一に、人質です。後継候補をこちらに出していれば、そう簡単に侵攻してこようとはしなくなるでしょう。」

「あのウンガス貴族がそんな程度で諦めるのか? 大体、どうして子どもを差し出すことに同意するのだ?」

「図々しいことに、ウンガス王国は食料の支援を求めてきているのですよ。」


 昨秋にウンガスの施設が王都に来ていることは、既にみな知っていることだ。これは先年、私たちが使節としてウンガスに行ったことに応じてのことと理解されていたりするが、実のところは全然違う。


 ウンガスの不作はバランキル以上に酷く、毎年、餓死者も多く出るほどだと言う。

 しかし、そんなことはバランキル王国には関係のない話で、ウンガスを支援してやる理由などない。


「ウンガス王国がバランキルの属国となるならば支援するというのが陛下の判断です。毎年のようにやってくる面倒ごとを根本から片付けてしまいたい、という陛下の考えは私も同意するところです。」

「確かにいい加減、面倒だとは思うが、その解決策が属国化して貴族の子を人質に取るということになるのか……」

「そのウンガス貴族の子らも、真っ当な教育を施せば我々の利になるはずです。」


 安易に攻め込むような領主ばかりでは困るのだ。何か問題があれば、周辺領主と協力して解決に当たれる人物に領主となってもらわねば、いつまで経っても状況は変わらないだろう。


「気の長い話だな。それは一体何年先の話だ?」

「元々教育なんてもの自体が、何年も先を見据えてするものでしょう。」


 私がそう言うとジョディルニオは苦笑しながらも頷く。子どもに教育したところで、今年の事業が上向きになるとかそんなことはない。何年も、場合によっては何十年も先の国や領地の経営を考えて行うことだ。



「この部署とは直接関係がないことかも知れませんが、質問してもよろしいでしょうか?」

「何でしょう?」

「属国化となったときに出す条件は、貴族の子どもを出させることだけなのでしょうか?」

「今のところ、出すと決まっている条件はそれだけです。」


 私かジョノミディスをウンガスの王とするという話は正式に決まってはいない。ほとんど決まっているようなものだが、国の正式な手続きを経ていない以上、正式には未決定だ。


「どのような案があるかだけでもお聞きしてよろしいでしょうか。」

「ウンガス王族の大半を籍から切り離して一貴族とする、ウンガス王をこちらで指名する、などの案はございますね。もっとも、追加の支援要請をしてこない可能性もございます。」


 楽観論で進めて何も準備していなければ、取れる対応も限定的になってしまう。こちらはいつでも準備ができているとウンガスに迫る勢いでなければ話は進まないだろう。


「それで割りを食うのがこの部署ということか。」

「他の部署は町の新設の影響を受けたりしますから、忙しいのはこの部署に限った話ではございませんわ。」


 文官は溜息を吐くが、教育部門は町の新設部門に人を出さなくて良いことになっている。当然のことだが、その程度の負荷の調整は考えられている。


 新国王が立ち新しいことが色々と始まったと愚痴を言う者もいるが、それも認識が逆だ。新しいことを始めていくために、国王が代替わりした側面もある。

 大っぴらに言うことではないが、新しいことを進めるのは得意ではないと先王陛下自身が認めていたりする。


 色々と不満に思う者はいるが、それでも表立っての反対もなく仕事は進んでいく。すぐに計画を完成できるほど簡単な仕事ではないが、淡々と進めていれば三月の半ばには一通りの形となった。


 それを王兄(ストリニウス)に報告して承認を得れば、仕事は一段落する。差し戻しの可能性を考慮しての予定だが、一回で承認されてしまえば、すべき仕事というものもなくなってしまう。


 とはいえ、何十人もの文官が暇を持て余していられるほど、王宮自体に人的余裕はない。それぞれ得意な部門に赴き、引き継ぎや新人教育の手伝いをする。


 私も山林資源管理部門に行き、ブェレンザッハの事例を伝えるとともに、騎士のすべき仕事を具体的に指示しておく。

 町を作るならば建材として大量の木を伐採するのは分かりきったことなのだ。今から張り切って植林していかなければ、国内は慢性的な木材不足に陥ってしまうだろう。



 王宮での仕事を進める一方で、王族や公爵家が何度も集まり、ウンガス王国への対処について諸々を決めていく。


 進軍も支援の要請も何もない可能性もないわけではないが、考えうる中でも可能性の高いことについては対策をしておくべきだ。


「ブェレンザッハ側は本当に騎士は不要なのですね?」

「問題ない。今までの規模の進軍ならば対応できるよう迎撃体制を整えてある。騎士を出せる余裕があるならば、イグスエンに回していただいた方が良いでしょう。」


 平民の兵だけでも騎士に対抗、撃滅できるように砦を作ってあるし、その運用訓練も進んでいる。ウンガスの余力を考えれば、六年前を、超える規模での侵攻はありえないだろう。


 また、戦場は山間部となるため、あまり多くの騎士を動員しても使いようがない。


「食料支援は、ザイリアックとスズノエリアを中心にお願いしますね。」

「本当に芋で良いのか?」

「倉の中で古くなってしまった麦や豆でも構いませんよ。要は飢えを凌げれば良いのです。この機の支援要請は、本当に食べ物がないということでしょうから、味や品質など問題ではないはずです。」


 汚物や毒物を送りつければ問題も起きるだろうが、味はどうあれ食することができるものであれば苦情を言われる筋合いはない。送る側だって、家畜の餌の余裕を失うことになるのだ。


「それで、王をこちらから送るのは……?」

「私としてはジョノミディスにお願いしたいですね。」

「やはり私なのか。」


 ジョノミディスはがっくりと項垂れるが、他に候補者は私しかいない。今更離婚するなんて話にはならないし、結局私たちはウンガスに行くことになるのだろう。


 他にはフィエルナズサとメイキヒューセが側近として加わることが確定した。ザクスネロやダナヴィトスは、本人が王宮に来ていないため、返答は据え置きとなっている。ただし、ダナヴィトスの方はいい返事は期待しないでほしいと言われてしまった。


「代わりというわけではないが、スズノエリアからは私が行こう。」


 そう言うのは領主の姉のマッチハンジだ。ダナヴィトスと違って子どもたちはすでに自立しているし、引退間近であるからこそ夫と共に領地を出るのも不可能ではないという。


「それとも、このような年寄りでは不満かな?」

「とんでもない! マッチハンジ様のお力添えを頂けるならば大変心強く思います。」


 ジョノミディスの言葉に私も頷く。

 派閥が違うこともありマッチハンジとは特に親しくしたことはないが、強く敵視したこともない相手だ。


 長年、領主補佐を務め、不在時には代理もこなしている彼女の能力は決して低くない。断る理由などないだろう。

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