401 新国王の采配
その後、他の公爵や侯爵およびその家族らと歓談を交わし、日復祭は無事に終わった。
翌日からは国王の主導で王宮業務の改善が始まっていく。まずは領主や文官を集めて方針の説明からだ。
いつまでも旧い考えのもとで仕事をしていれば、何も変わっていかない。中には「変わる必要がない」と思っている者もいるが、それは認識が間違っている。
数年前まで減少傾向が続いていた人口は、今後は増えていくことになる。貴族も平民も死亡率が大幅に改善されれば数が増えていくに決まっている。そうなれば、問題となるのは居住環境だ。
農具などを収める小屋程度ならばともかく、人の住む家屋は貴族が主導しなければ絶対に増えない。そもそも、今ある町には、家屋を増やすだけの余っている土地はない。どこかに新しく町を作らねばならないのに、貴族が関わらないなどということはありえない。民が勝手にそれをやれば、誰しもが貴族の権益を侵す行為だというだろう。
「今後の人口増加に対応するためには、新たに町を作る必要があります。候補地を選定するとともに、どのような町を作るかの計画を立案するためには相応の人材が必要となります。これを捻出できないようでは困るのです。」
様々な部署から人を集めることになるため、それぞれの部署は今までよりも少ない人数で回していかなければならなくなる。そのためには効率化を進めていく必要があるとハネシテゼは説明する。
「町を作るのに必要な知識や経験のある者はいるのでしょうか? 町を作れと言われても、私には何から手を付けていけば良いのか、正直言って見当もつきません。」
石材や木材といった材料を、いつ、どれ程の量を調達すれば良いのか。職人や人夫はどれほど必要なのか。そして、どれ程の時間が必要なのか。それらを試算しろといわれても、どう計算していいのかが分からない。
私は砦を築く指揮をしたが、山間に地形を利用した砦を作るのと、平地に町を作るのでは状況は全く違う。
「それほど大きな規模ではありませんけれど、私はデォフナハで町を二つ作っていますから大丈夫ですよ。」
デォフナハの例をそのまま他の領地に出すよりも、直轄領で典型的な例を作った方が追従しやすいだろうというのがハネシテゼの弁だ。
「まずは、候補地の選定です。産業としては木工を目指す町と織物を目指す町を一つずつでしょうか。」
「二つも作るのですか?」
「二十年後にはそれでも足りなくなると思いますよ。次世代に引き継ぐときに、問題山積みの状態にはしたくないのです。」
ハネシテゼは在位期間を一般的な二十年程度と考えているようだが、彼女の年齢を考えると次の譲位は三十年後くらいになると思う。私としては、子を産む年齢にもなっていないのに、次世代のことを言うのは早すぎると思う。
「とにかく、新規で町を作る部署には最低でも二、三十人は欲しいのです。その人員はどこかに出していただかねばなりません。」
これは決定事項なのだとハネシテゼは強調すると、多くの領主は難しい顔をしながらも、新しい町は不可欠だと同意する。しかし、中には不満そうな表情を見せる文官もいる。
「町をいくつも作らねばならぬほど人が増えるというのが信じられません。」
「食べ物が潤沢にあれば、民も元気になります。それに魔物も退治していっていますから、怪我をする者も減っています。若くして怪我や病気で死ぬ者が減れば、人口は増えるに決まっているではありませんか。」
死亡する数より生まれてくる数の方が多ければ、人口は増えるに決まっている。死亡の要因が激減しているのだから、人口が増えないと考える方がおかしいと私は思う。
「我が領地でも騎士が増えすぎてきている。騎士の家系でも文官への転向を進めているが、これもいずれ余ってしまうのは目に見えている。領地内で受け入れられる貴族の数を増やすためにも、町の新設は我々にとっても人ごとではない。」
「人が余っているというのは羨ましいものだな……」
ファーマリンキ公爵の言葉に対して溜息を吐くように言うのはイグスエン侯爵だ。ウンガスの侵攻で万単位の民を失い、一千以上の貴族が命を落としたイグスエンだけがバランキル王国内で、唯一人手不足に苦しんでいる。
「残念ながら我が領地で募っても、イグスエンへの移住を希望する者は居らぬだろう。国の端から端では遠すぎる。西側で調整した方がよかろう。」
ファーマリンキ公爵はこちらをちらりと見ていうが、イグスエン侯爵にはウンガスからきた貴族を信用することはできないだろう。移住を希望する貴族が諜報目的ではないと確証を得る方法などありはしない。中に入り込んで乗っ取るつもりと断じてもしかたがないことだ。
「ブェレンザッハでは民は余っているくらいだが、小領主のいない復興中の町では大量に受け入れることもできぬだろう。」
「小貴族の文官ならばともかく、小領主を担える者となると、こちらとしてもそう簡単に手放せぬぞ。」
「イグスエンの問題は一朝一夕で解決する方法をわたくしも思いつきません。地道に対応を進めていくしかないでしょう。」
領主の思惑や利益が一致をみることがないとハネシテゼはイグスエンの人手不足は一度棚上げにする。実際問題、各地で辛くも跡継ぎ候補から外れた者などから希望者を募っていくしかないだろう。
「そういえば、ブェレンザッハはどうなのです? ブェレンザッハ公がノエヴィスを登用したいと望むならば、男爵位くらいは授与しても構いませんけれど。」
「有り難いお言葉ですが、それはございません。ジョノミディスやティアリッテ・シュレイは信用しても良いと言うし昨年の働きは評価しているが、今年から登用していくことはありえません。最低で三年は様子を見る必要があると考えている。」
「それはつまり、新しく作る町が形となってきたら、小領主として任命することも視野に入れているということですか?」
「今の段階ではそうするともしないとも言えぬが、絶対にありえない未来ではないだろう。」
そうならないよう、領地内の他の貴族に頑張ってもらいたいというのがブェレンザッハ公爵の本音だろう。今の小領主の中にも、跡継ぎではない子が新しい町の小領主になれば大喜びしそうなものは何人もいる。ウンガスから来た貴族に新しい町の小領主の座を取られて嬉しい者はいないはずだ。
「町を作っていくのは分かりました。それは良いのですけれど、既存の業務はどのようにしていくおつもりですか?」
「まず、騎士の一部を文官に転向させます。最も効率化できるのは騎士の仕事で、かなりの数を減らすことができる想定です。」
私はなんとなくそんな気がしていたが、多くの者にとっては想定外の方針だったらしい。騎士の七分の一は文官仕事に勤しんでもらうというハネシテゼの言葉に一様に唖然とする。
「お言葉ですが陛下、騎士に文官の仕事をさせて満足に務まるとは思えません。」
「事業計画の試算をさせるのは無茶と思いますけれど、街や畑に出ての徴税管理はできるでしょう? 小領主との通信使も騎士だけではできないとは思えません。」
文官の仕事と一口に言っても、高度な計算や多くの知識を必要とする部門ばかりでもない。森の管理や、治水や水運のための河川の現場確認など、騎士の方が向いているだろう仕事もあると言われると、それは誰にも否定できない。
完全に騎士だけに任せることにはできないだろうが、その方針でやれば外に出る文官の数を大きく減らすことができるのは間違いないだろう。
「しかし、騎士を減らしてしまって支障は出ないのですか?」
「ティアリッテ様が騎士に訓練など不要だと教えてくださいましたので、問題ありません。」
いきなり私の責任かのように言うのは止めてほしい。正式に国王となったのだから、不用意な発言も冗談では済まなくなってしまう。
ジロリと一斉に領主たちの視線が私に注がれるが、それを制したのはフィエルナズサだった。
「驚くほどのことでもありません。訓練のために時間を使うならば、実践に励んだ方が良いというだけの話でしょう。小型の魔物を退治するのでも、訓練場よりも効果的なのです。」
「その通りです。訓練場で動かぬ的を撃っていても、大した効果はありません。魔物や敵を追いこみ、打ち滅ぼす力は実践でこそ磨かれるものです。」
「確かにそれは理屈なのだろうが、馬がもたぬのではありませんか?」
「文官仕事をする騎士がふえると、暇を持て余す馬がでてくるではありませんか。」
馬と乗り手の信頼関係というのも大切だが、訓練代わりの小型の魔物退治ならば他の馬に乗ってもできるだろうとハネシテゼは言う。確かに私もイグスエンの戦いに自分の馬を連れていっていない。それでも十分な戦果を挙げることはできたのだから、騎士たちにもある程度はできるだろう。
ハネシテゼの言葉に領主たちは不安そうに顔を見合わせたりもするが、ハネシテゼや私がイグスエンで戦争に参加してきたのは三年生のときだ。何年も訓練してきた大人の騎士が他の馬には乗れないなどとは言えないだろう。
そもそも一頭の馬が活躍できる期間は十四年がせいぜいなのだから、熟練の騎士はどうしたって乗り換えが必要になる。一頭の馬にしか乗れないのでは適性が無いとしか言いようがないのも確かだろう。




