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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院1年生
30/593

030 はじめての遠征

 ハネシテゼや騎士たちの言っていたとおりに、陽がまだ昇りきるよりかなり前に山の麓まで着いた。


「情報によれば、この川沿いに登っていった先が青邪鬼の目撃場所です。」

「では、さっそく向かいましょう。」


 山に入っていくと、これまでと雰囲気ががらっと変わる。空気が冷たく、重く、拒絶されているような感覚を覚える。


「これは一体何の気配だ?」

「魔物の多く棲む山はどこもこんな感じですよ。全部退治してやりたいところですが、今日は時間がありませんから、鬼退治だけにしましょう。」


 そう言いながらも、時々ハネシテゼは杖を振って雷光を森の奥へ飛ばしている。この辺りに多い魔物は蛇のようなやつらだ。


 樹上に潜み、獲物が通りがかるのを待っているらしい。


 そうしながら進んでいるうちに、騎士の一人が止まるよう合図を出した。そして、黙って指した木には、大きく引っ掻いたような傷がついていた。


 同じような傷が何本かについているのだ、何者かが意図的にやったようにしか見えない。


「あれは、鬼がやったのか?」

「傷を見るかぎりは熊っぽいですね……。この辺りには魔熊もいるのでしょうか?」


 だが、誰にも答えは分からない。周囲の警戒を強めて慎重に進む以外にはない。


 次に止まれの合図を出したのはハネシテゼだ。一体どうやって見つけているのか、相変わらず、謎の索敵能力である。魔力の扱いになれればできるというが、本当かどうかは定かではない。


 ハネシテゼが指す方に目を凝らしてみるが、私には全く分からない。が、騎士たちの何人かは発見できたようで「二匹だ」「あの奥の赤い奴だ」などと囁き合っている。


 そして、ハネシテゼは突然振り向いて、樹の上に向けて雷光を飛ばす。いつの間にか、魔蛇が接近してきていたようだ。死骸となった蛇が地面に落ち、木々の奥の魔物もこちらに気付いたようで茂みを掻き分けて近づいてくる。


 姿を現したのは、ずんぐりした赤褐色の六本足の魔物だった。六本足の熊の胴体から猿の上半身が生えたような異形の魔物は、こちらを見回すと一声吠えて飛び掛かってくる。


 それに対応し、騎士たちも一斉に動く。魔法と槍が次々と放たれて魔物はあっという間に傷だらけになる。明らかに優勢に戦っているのに、焦っているように見えるのは何故だろう?


「ティアリッテ様とフィエルナズサ様はあちらです。」


 騎士たちの戦いを見守っているところに、ハネシテゼから声をかけられて振り返る。

 ハネシテゼの指す川上方面には青い鱗に覆われた魔物がいた。二足で歩き、巨大な角を持つあれが青邪鬼なのだろうか。


 それが六匹接近してきているのに気付いていたから騎士たちは焦っているのだ。


「あれは今までの魔物とは強さが全然違います。全力を込めた魔法で迎え撃ってください。」


 そう言われて、私が思い浮かべた魔法は一つだけだった。

 魔物を睨みながら、右手にありったけの魔力を集中していく。大量の魔力を制御して、魔法として組み上げて行くのには集中力と体力が必要だ。


 私が必死に魔法を組み上げている最中に、隣のフィエルが水の槍を放つ。川の水にそこらの砂利も加わって、通常の水の槍から較べて威力は格段に上がっていると思われる。


 水の槍は先頭を歩く鬼に直撃し、数匹まとめて吹き飛ばす。だが、鬼は全く怯んだ様子もなく、むしろ怒りを剥き出しにして迫ってくる。


 だが、私の放った炎雷の魔法を食らって鬼の足は止まった。

 先頭の一匹に当たった後も真っ直ぐ進み、フィエルが吹き飛ばした三匹に命中する。盛大に悲鳴を上げて地面を転げまわり、残りの二匹も狼狽えた様子を見せる。


 だが、動揺しているのは私の方だ。今ので一匹も殺せなかったのは、ハッキリ言ってショックである。

 間違いなく全力を込めた私の最強の魔法が通じないとなれば、私にはあれを倒す手段がない。


「随分と頑丈な奴らですね。あれで死なないとは、正直驚きました。」


 ハネシテゼもそう言うが、動揺した様子はない。杖を一振りして私の倍ほどの炎雷を放つだけだ。さらにもう一振りすれば、残っていた二匹は地に倒れ伏す結果となる。


 悲鳴を上げることもなく、地面を転げまわることもなく、完全にこと切れたように横たわっているが、まだ死んではいない。


 何故だかは分からないが、確信できた。

 あれは、まだ生きている。


「こいつらはどこから来たんですか? もともとこの地方に棲みついている魔物なのでしょうか? それにしては人の住むところに近すぎるように思いますが……」


 そんなことを聞かれても私には分からない。当然、フィエルも、こんな魔物を見るのは初めてのはずだ。


「私もあれは初めて見る。少なくとも、私の知る青邪鬼とは全く異なる化物だ。」


 六足猿は無事に倒したようで、騎士たちも揃ってこちらにやってくる。



 しかし、あれは青邪鬼ではなかったのか。私はてっきりあれがそうなのだとばかり思っていたのだが……。


 だが、そんなことは、どうでもいい。今問題なのは、どうやってあれを倒すかということだ。ハネシテゼのあの炎雷でも殺しきれないとなると、通用する攻撃はほとんどないということになる。


「今の炎雷の魔法よりも強力な攻撃ができる方はいますか?」


 念のため、だろう。ハネシテゼが騎士たちに問うてみるが、皆、一様に首を横に振る。


「仕方が無いですね。ティアリッテ様とフィエルナズサ様の訓練のつもりだったのですが、これは無理がありすぎです。」


 一瞬、引き返すのかと思ったが、ハネシテゼが魔物を前にそんな選択をするはずが無かった。


「今日は見本を見せるだけです。よく見ておいてください。」


 そう言ってハネシテゼが放ったのは雷光の魔法だった。六条の閃光が宙を切り裂き、魔物を貫く。それで六匹の青鬼は息絶えた。


「もう遠慮しませんので、どんどん行きますよ。」


 馬の背をポンポンと叩き、ハネシテゼは川上へと再び進む。そして、右へ、左へと雷光を放ちまくる。その度に樹上から蛇やら猿やらが落ちてくるが、それには目もくれずに前に進んでいく。


「あれですね。」


 開けた場所に、崩れかけた掘っ立て小屋のようなものが幾つか並んでいる。あれが青鬼の集落なのだろう、何匹かの青鬼が周辺をウロウロしているのが見える。


「纏めて全部潰してしまいたいですね。」


 ハネシテゼが何をしようとしているのかは予想がついた。昨日、何度も繰り返したことだし、分からない方がおかしい。


 適当に魔力の玉をつくると、鬼の集落目掛けて投げつける。


 飛んでくる魔力の玉に気付いた鬼たちは一斉に騒ぎ出した。その声で周辺に散らばっていた鬼たちが集まってくる。


 私たちの背後からも何匹かやってきたが、みんなハネシテゼの雷光の前にあっさりと倒れた。


 何度か魔力の玉を放り投げていると、鬼たちもこちらに気付く。大挙して押し寄せてくる鬼を前に、ハネシテゼは怖がる様子を欠片ほども見せない。


 ただ、杖を天に向けて指し、魔力を一気に集中させる。そして振り下ろすだけだった。



 私は忘れていた。


 ハネシテゼが本気で魔法を使う所を見たことがないことを。

 王宮の訓練場で見せた巨大な炎雷のことさえ、私の意識から抜け落ちていた。


 やろうと思えば、王権を転覆させることすらできるということを。



 私に見えたのは、無数の雷光が飛び出ていったところまでだ。

 あまりの光に、目の前は白一色に塗り潰される。そして、凄まじい轟音が聴覚を奪う。


 それが何秒続いただろう? いや、そんなに長くはないはずだ。


 ようやく目を開けるようになると、景色が変わってしまっていた。ボロ小屋も周囲の木々も、そして鬼たちも、全て粉々になっている。


「少々やりすぎたみたいですね。」


 そう言ってハネシテゼはぽりぽりと頬をかくが、ぜったい、少々じゃないと思う。

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