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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院1年生
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029 ハネシテゼの指導

「ある程度の大きさがある魔物の死骸は焼き払います。」


 小さな虫のような魔物は、そのまま地中に埋めてしまうが、大きめの獣型の魔物は死骸を集めて火の魔法で灰にする。そのまま放置してもロクなことにならないらしい。


 ハネシテゼが蹴飛ばしたり剣で転がしたりしてやっているのを見て、私たちもそれに倣う。

 農民たちも、畑に変な物を残しておきたくないらしく、蹴飛ばしたり鍬などの農具でかき集めたりと、命じるまでもなく積極的に死骸集めをやってくれる。


 騎士たちも近くの死骸を槍で撥ね飛ばすくらいのことはしてくれるし、作業は割とスムーズに進む。


「では、魔法の見本です。何かを燃やす際は、これが一番便利です。」


 火球や火柱の魔法ではダメなのだろうか? などと思いはするが、ハネシテゼは疑問を差し挟む間も開けずに杖を振り上げる。


 杖の先に炎が現れ、ゆっくりと下ろしていく。私たちに分かりやすいよう、ゆっくり丁寧に魔力を扱っているのがよく分かる。だが、感心していられるのはそう長くは無かった。


 強烈な光と共に、炎が奔流となって死骸の山に一気に突き刺さる。そして、焼き尽くさんとばかりに死体の山から炎が溢れだしてくる。


 炎の奔流は数秒間の持続して消えるが、死骸の山を包む炎が消える気配は無い。


「火球や火柱の魔法では外側を焼くだけで、炎の大部分が無駄になってしまうのです。燃やし尽くして灰にするつもりなら、できるだけ炎を内側に送り込んだ方が効率が良いのですよ。」


 確かにその通りだ。理屈が分かれば、あとは真似をして使ってみるだけだ。


 右腕を天へと伸ばし、魔力を集中させていく。火柱の魔法を応用したような感じなので、それほど難しくはないだろう。それに、さほど多くの魔力も使っていなかった。きちんと制御できれば、私でも同じ程度の魔法を放てるはずだ。


 ゆっくりと腕を下ろし、魔法を発動させる。


 手のひらの前に炎が収束し、一気に対象に向かって伸びていく。死骸の山を包む炎はさらに勢いを増し、黒々とした煙を上げる。そこにさらにフィエルの魔法が加わって、激しく燃え上がる。


 交代で風の魔法で炎を煽ってやれば、燃え尽きるまでそう時間は掛からなかった。


 燻っているものが残っているのは無視して、次の畑に移る。周囲に燃え広がるような物は無いし、放っておけば消えるだろうということだ。


 そんなことを繰り返して一日目は終わった。いや、夕方を待たずして私もフィエルも魔力が尽きてフラフラになってしまい、従者や騎士たちに心配されながら城に戻ることになった。


「毎日頑張っていれば、すぐに魔力は伸びますよ。秋ぐらいまでには夕方までお仕事をしても元気に帰ってこれるくらいにはなるのではないでしょうか。」


 ハネシテゼも、畑に魔力を撒き始めたころは二時間もせずに魔力が尽きてしまっていたらしい。それでも毎日頑張っていると、少しずつ魔力量が増えていったということだ。


「先は長いのですね。」

「そうは言っても、作物が実るのも夏頃ですよ? 時間がかかるものだと秋頃の収穫ですからね。時間はかかるものですよ。」


 一朝一夕で結果を出す方法など存在せず、地道に堅実に毎日頑張っていくしかない。そう分かっていても、あまりの道のりの長さにため息が出てしまう。


「全く見通しがないなか、手探りで色々やっていた私より随分と楽なはずです。まったくの無駄だったことも幾つかありますから。」


 そう言われてドキリとした。今日、教わったことは、ハネシテゼは誰にも教わることなく試行錯誤を繰り返して見出したことのはずだ。それに一体どれだけ費やしたのかは知らないが、私の一日より短いなんてことはいくらなんでもありえないだろう。


 それを考えると、よく気前よく教えてくれるものだと思う。

 だが、そんな私の呟きはあっさりと否定された。


「詳しい内容は聞いていませんが、お礼はいただけるというお話になっているらしいですよ?」

「そうだったのですか? でも、デォフナハ領は食べ物にもお金にも困っていないのでしょう? 何がお礼になるのでしょう……」

「一番、足りていないのは人だと聞いています。食べ物ばかり溢れかえっているのに、運ぶ人も加工する人も足りていないのだとか。」


 今年は生産を抑えないと、余った食料を処理しきれなくなってしまうという。エーギノミーアでは食べ物は足りなくて困っているというのに、感覚の違いに驚かされる。



 翌日は、馬で遠出をすることになった。まだ陽が高いうちに城に戻ることになり、ハネシテゼは暇だということで騎士団の方に顔を出し、現在のエーギノミーアの魔物の状況を確認していたらしい。


 それで、日帰りで退治に行けるところを幾つかピックアップし、夕食の際に父にどこがお勧めなのか聞いていた。


 ハネシテゼは当たり前のような顔で候補として挙げるが、父はその何れも大反対していた。結果、ハネシテゼが「仕方が無いですね」と青邪鬼の退治を選んだのだ。


 他に鬼蜘蛛、灰角熊、魔猪という候補があったのだが、ハネシテゼが最も得意とするのが鬼退治らしい。


 日の出前に起きて準備を済ませ、城門が開くとともに北へと向かう。昨晩は疲れていたのもあって、夕食後すぐに寝てしまったので起きるのは別段辛くはない。


 フィエルも欠伸ひとつすることなく、張り切って馬に跨り、道を急ぐ。


 同行する騎士は七人だ。父は最初三十五人くらいつけようとしたが、ハネシテゼは多すぎるということでバッサリと却下した。その後、延々と言いあっていたが最終的にハネシテゼも少しだけ譲歩して、片手で数えられる数からちょっと増えたのだ。


 厚手の騎乗用の服にマントを羽織ってはいるものの、日もまだ昇らぬ朝は寒い。慣れているからだろうか、騎士たちは平気そうな顔をしているが、どう考えても寒い。


 震えながら馬を進めていると、意外と早いタイミングで休憩となった。


「もう休憩なのですか? あの山までいくのですよね? 急がなくてはならないのではないでしょうか?」


 私たちの目的地は、遠く北に霞む山だ。あまりゆっくりしていると、夜までに帰って来れないのではないかと心配になる。


「これくらいのペースで大丈夫なはずです。馬がバテてしまっては元も子もありません。」

「それと、乗っている者にも休憩は必要でございます。そのご様子ですと、到着する前に倒れてしまいかねません。」


 ハネシテゼに続けて護衛騎士の隊長が声をかけてきた。そして、ついでに毛布をかけてくれた。「こんなこともあろうかと、用意しておいて良かったです」と笑いながらフィエルの毛布を取り出す。


 休憩後も毛布に包まったまま馬に乗り、小一時間ほど進んで再び馬を止めた。


「魔物ですね。ついでに退治しておきましょう。」


 森の方を指すハネシテゼの手には既に杖がある。


「どのような魔物でしょう?」

「あまり大きくはないですが、数は結構います。誘き出しますので迎撃準備をお願いします。」


 騎士たちが構える中、ハネシテゼは軽く魔力の玉を放り投げる。ふわふわと漂うように森の方に飛んで行き、茂みの手前でぽんっと弾けた。


 その数秒後に森の中が騒がしくなった。ガサガサゴソゴソとそこかしこで茂みが揺れ、黒い影が近づいてきているのが見える。


「来るぞ!」


 茂みの中から出てきたのは、青黒い魔物だった。背丈は私の胸くらいあるだろうか。丸い顔は鱗に覆われ、まん丸の目玉がギョロリと飛び出ている。


「魚獣ですか。また気色悪いのが出てきましたね。」


 言いながら、ハネシテゼは無造作に杖を振る。

 たったそれだけで放たれる魔法の威力は凄まじい。迸る雷光が飛び出してきた数十匹を一気に全滅させる。


「今の倍ほどいますよ。」


 その言葉通り、魔物は次々と茂みから飛び出てくる。なにか既視感のある光景だが、騎士たちは慌てるそぶりを見せることもなく魔法を放ち、馬を駆る。


 騎士の繰り出す槍は魔物を抉り、貫き、みるみるうちに敵の数は減っていく。


「ティアリッテ様、フィエルナズサ様、騎士たちの動きはしっかりと見て覚えておいてください。」


 一口に騎士といっても、各人それぞれに得手不得手はあるし、実力にも差がある。誰をどこに配置するのかは主が決めるのだから、見極めはできるようにならなければならないと言う。

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