201 強襲
ウェンディオで一日休み、そこから四日かけてノブゼーラの町に至る。ただし、町とは言っても既に廃墟と化しており、雪に埋もれていた。
「私は町の中の調査をいたします。周囲の調査はモレミアに任せます。」
「承知した。」
私が指示すると、モレミアの父子は騎士を率いて、雪が深く積もった畑へと入っていく。私は町に敵が潜んでいないを確認する。
もともとここに陣を張っていたのはバランキル側で、敵がいるのは街道を西に行ったフュゼーラだ。二週間ほど前に陣を引き揚げてきた経緯を考えると、ここで敵が待ち伏せしていることはほぼないといえるだろう。
実際、町は雪に埋もれているし、人がいるようには見えないが、それでも油断は禁物だ。
「橇は小領主の邸に向かう。安全の確認後、馬を休める。」
フィエルが指示すると、橇部隊も動きだす。それを護る騎士の数も多い。二十を越える馬橇には私たちの食糧が積まれている。これを失うわけにはいかないのだ。
私たちが先に進んで雪を吹き飛ばして道を開け、進んでいく。魔力の気配は全く感じないので、騎士がいることはないのは間違いないのだが、兵が隠れている可能性は捨てきれない。相応の対策はしていく必要がある。
下町の小さな家は、玄関の扉を雪に埋めてしまえば、中に敵が潜んでいても不意に襲いかかってくることもできないだろう。
玄関の前に階段のついた大きめの建物には中に入ってみる。貴族の邸なのか、有力な商人の家なのかは分からないが、庭付きの大きな邸は損傷も少なく、中に何人かいてもおかしくはない状態だ。
騎士によって開かれた扉を潜って屋内に踏み込んでみるが、吐く息は相変わらず白い。明かり用の小さな火を浮かべて屋内を見回してみても、人がいる気配はない。廊下や階段は雪が積もってあて、生きた者はないと判断する。
もしかしたらそう油断させる作戦である可能性もあるが、部屋から出もせずに一つの部屋に止まるのはかなり精神的に苦しい。一日や二日ならばともかく一週間以上もそれを耐えられるとも思えなかった。
手分けして見て回れば、邸の確認はすぐに終わる。領都では貴族の邸はいくつも並び、貴族街と言われる一角を作っているが、地方の町に住んでいる貴族は少ない。
そうしている間にもフィエルは小領主の邸に着き、敵が潜んでいないかの確認を進めていく。
「ここにはいなさそうですね。」
「もう少し小さい家も探してみましょう。」
安全の確認は嫌になるほど行う。面倒だからと確認を怠けて奇襲を受けては、何ためにこんな遠くまで来たのか分からない。私は何が何でも敵を倒し、目的を達成しなければならないのだ。
大きめの家は全て調査を終えるころ、町の周囲を見回っていたモレミア親子もやってくる。
「特に気配も痕跡も見当たりません。西の街道を通った跡も雪に隠れてしまっていますので、何日も行き来はなかったのだと思います。」
報告はザクスネロに任せるようで、父親であるモレミア侯爵は横で頷きながら聞いている。町の周囲で見つけられたのは、いくつかの小型の獣の足跡くらいで、人や魔物の気配は感じられなかったということだ。
「では、今日はここで休みましょう。明日はフュゼーラに向かいます。橇と護衛はここで待機ですので、そのつもりでいてください。」
一日分の食糧を積んだ小型の橇は牽いていく予定だが、動きの遅い大型の橇を戦場に持っていくつもりはない。
十四月半ばともなれば、陽が落ちるのも早い。報告を受けているうちにも薄暗くなってくる。慌ただしく馬を休め、小領主の邸に入る。
ベッドで寝られるわけでもないし、人の数が多すぎるため窮屈ではあるが、それでも雪が降る外での野営よりは良い。
交代で暖炉に火魔法を放ってやれば、冷え切った室内も少しは温まってくる。食事を取り毛布に包まって眠り、翌朝はまだ暗いうちから動き始める。
とは言っても、時刻としては夏ならば既に陽が昇っている。特段の早起きをしたわけでもない。
準備を整えると日の出を待たずに出発する。周囲は雪に覆われた白い世界だ。頭上に明かり用の火球を浮かべていれば歩くことができる程度には照らされる。
空は曇ってはいるが、今のところ雪は降っていない。空気は冷たいが風はほとんどなく、行軍するのに支障と言えるものはない。
それでも雪の積もった山道はどうしても進みが遅い。何度か休憩を取り、フュゼーラを見下ろせるところに着いたのは夕方近くになってからだった。
町からは幾つのも煙が立ち登り、人がそこにいることは誰の目にも明らかだ。今のところ敵が待ち構えている様子はない。
「敵は我々が来るとは思っていないのではないでしょうか?」
「思ってはいないでしょうけれど、近づいていけば見つかるでしょう。無防備のところに突撃できるほど簡単にはいかないと思います。」
こちらから見えるということは、敵の方からも私たちが近づいているのが見えるということだ。ごく少数ならば見つからない可能性もあるが、三百もいて見つからないなんてことはないだろう。
案の定、坂を下りていけば、町の方でも動きが見えてくる。町の外には誰もいなかったのが、数分もすれば何人も出てきて、私たちが畑の端に到着する頃には隊列ができあがっていた。
「こちらが全員山から下りる前に攻撃があると思います。」
狭い道を長い列で歩いているのだ、その先頭を叩いても、後続の者がすぐに参戦することはできない。そこを狙ってくるというのは想定済みだ。
敵は道を挟むように左右に分かれて隊を動かす。このまま進んでいけば、防ぎきれない攻撃の嵐が襲いかかって来るということだろう。
これを突破する方法は、ある。
「行きますよ!」
号令をかけると、背後の騎士たちが一斉に強風を巻き起こし、雪を舞い上げる。これはただの目くらましだが、敵も迂闊に近づいては来ないだろう。
私は前に進み出て、馬を下りる。敵が近づいてきていなければ、まだ射程範囲外である。雪と風に阻まれて弓矢で狙うこともできないはずだ。
頭上に掲げた杖を両手で握り精神を集中して魔力を集めていく。飽和攻撃のためならば、何も考えずにただ魔力を、集めれば良いだけなのだが、遠くの敵を攻撃するには魔力を、制御するのにかなりの集中力を必要とする。
頑張っている間にも雪の目くらましは敵の風に吹き散らされ、敵は前進を始める。それを阻むために騎士が爆炎を並べながら前に進んでいく。
だが、どう考えても敵と数が違いすぎる。敵は密集隊形で隙間なく爆炎を並べてくるのに対し、こちらの攻撃は時間的にも空間的にも間があいている。
それに対抗するためにフィエルが爆炎を並べるが、一人の力には限度というものがある。隙を突いて突撃をかけて来ようとする者は当然出てくる。
振り下ろすとともに西の敵に向けて魔力の塊を放つ。これが飛んでいくのは魔法の射程とほぼ同じで百歩ほど。だが、そこからさらに百歩の距離まで雷光を撒き散らせば、敵に大打撃を、与えることができる。
密集隊形を組んでいれば、その被害はより大きくなる。西側の敵の大半が雷光に撃たれて壊滅状態となれば、騎士たちは東に向けば良いだけだ。
敵が動揺している隙に、後ろから来た者も続々と戦列に加わっていけば、押し負けることもないだろう。
私は馬を急がせる騎士の邪魔にならないよう横に逸れて一休みする。この一発だけで、魔力のほぼ全てを使い果たしているのだ。これ以降の戦いでは私は役立たずだろう。
西側にいた敵は生き残った者も逃げるように距離を取り、もはや相手をするまでもない。全員が出てきて東側の敵に当たれば数の不利などもはやない。




