200 後発部隊と合流
領都に戻り、翌日はゆっくりと休憩を取る。雪の中の移動は特に馬の体力消耗が激しい。休みを入れなければ馬が倒れてしまいかねない。
西に向かった第二王子からの報せは特に何も来ていない。心配ではあるが、私たちが次に向かうのは南だ。黙って待っていても何も進展などしない。
昨日までに五百ほどのウンガス騎士を討ったが数が足りない。私が知る限りでは一千はいるはずで、半数ほどは町に残っているのではないかと思う。
「本当に行くのですか? 今回来なかった部隊は春まで動かないのではないかと思いますが……」
領主城の会議室で、今後についての話し合いを始めると出てくるのがこの消極案だ。
「その可能性はありますが、憂いは絶って安心して冬を越した方が良いでしょう。」
この領都を目指して来るならば十分に対応できるし、そう心配いらないと思うのだが、他の町を攻めることを優先されたらどうにもならないことは依然として変わっていない。
「何か懸念事項でもあるのでしょうか? はっきりとした確証があることでなくても、仰って頂けなければ私たちも検討のしようがありません。」
消極的な態度を変えようとしない者たちに、モレミア侯爵も眉を寄せてその真意を問おうとする。これまで攻め切れなかったことは周知の事実だが、その具体的な理由を細かく説明はされていない。
「少し、状況を整理いたしましょうか。ティアリッテ様も少々焦りすぎのように感じます。」
モレミア侯爵は場を宥めるように言う。私は焦っているつもりはないが、彼がそう感じるのだったら、他の侯爵や伯爵たちは尚更だろう。
少々不愉快なところもあるが、作戦を練るためにも情報を整理するのが大切なことだということには頷くしかない。
「雪への不安と食糧の不足から、退却を決めたのが八日前ということでしたな。恐らくそれで敵は好機とみたのだろうな。出てきたのが五百ほどの騎士だ。」
これは周辺領地の主たちの報告を端的にまとめただけだ。全員が首肯する。そして、町にいる騎士は一千にはなろうかということも、誰からも訂正がない。
「敵がこのイゾフィン街道を東に行くことはないのですか?」
「なくはないですけれど、可能性としてはかなり低いですね。こちらには残っている町はございませんから、十日以上も無補給で進み続ける必要があります。」
大量の食糧を用意すれば、どうしたって進みは遅くなる。一日かけて進んでも廃墟の町に着くだけだ。恐らく敵には第一陣がどこまで進んだのかという正確な情報は持っていない。
知っているならば、最初から西の街道を北上しようとするだろう。東に行こうとすると、北へ行く場合の倍の距離は進まないと町には着かないのだから。
「しかし、可能性はあるならば警戒はした方が良いのではないでしょうか?」
「では、明日、向かいましょうか。それで間に合う計算です。」
また同じ道を行ったり来たりすることになるが、敵が東のイゾフィン街道を進んできているならウェンデイオかイザエリの町で待っていれば良い。
「ミザリエルの町は必ず通ることになるのか。」
「そこで待っていれば、フィエルたち後発部隊とも早く合流できはするでしょうけれど、ここほど快適ではないでしょうね。」
快適と安全のどちらを取るのかは分かりきったことだ。
私たちは翌日には東に向かい、イザエリの町を目指す。連合騎士隊はさらに翌日には出発し、南回りでウェンデイオへと行く。
町を守るならば、それで十分に間に合う計算だ。
「本当に大丈夫なのか?」
イグスエン侯爵は心配そうに聞いてくるが、イゾフィン街道を進もうとしたら遅れる要因ばかりだ。もともと道が細いのに、この数ヶ月、誰も通っていない。
つまりそれは魔物退治をしていないということでもある。道を歩くだけでどれほどの魔物に襲われるのか分かったものではない。頻繁に人というか騎士が通り、見つけ次第魔物を退治している街道とは事情が全く違うのだ。
さらに、冬場は夜間の行軍はかなりの危険を伴うし、吹雪で足止めされることもあるかもしれない。
分かっている限りの情報を並べると、イグスエン侯爵は納得したように頷く。
西側の状況は新しい情報は入ってきていないが、先日、第二王子が戻ったときの話によると、騎士の数は一千よりは多いらしい。
半年間膠着状態を続けている相手であり、再度出発した第二王子がすんなり勝利を収めることができるとは思えない。その一方で、そう簡単に負けはしないということでもある。
第二王子への加勢もしたいところだが、こちらにも戦力に余裕があるわけでもない。西へと向かうのは、東側に完全に方をつけてからだろう。
結論から言うと、東周りで敵はやってこなかった。ミザリエルの町で待っていると、三日目にフィエルたちがやってきた。
「何故ティアがこんなところにいるのだ? 敵かと思って焦ったぞ。」
戦闘準備を整えての名乗りに答えたら、あからさまにがっくりと肩を落としてフィエルが近づいてくる。
「残った敵の動きを警戒しないわけにもいきません。意表を突いての東周りでの攻撃に備えていただけです。」
もっとも、それもこれで終わりだ。北東部まで行くつもりがあるならば、もういい加減にやってきてもいい頃だ。
とりあえずフィエルたちを町の中心部付近に案内して、その日はミザリエルで一泊する。
全員が小領主の邸に入ると、かなりのぎゅうぎゅう詰めになるが、外での野営を思えばまだ良い方だ。
フィエルは「こんなところで何日も過ごしているのか」と、驚きとともに申し訳なさそうな顔をするが、別にこれはフィエルに責任があることではない。
「私は寧ろそちらの体力が心配でございます。このまま戦いに赴いても大丈夫なのでしょうか?」
「毎日動いているからな、少し休ませたいような気はするが……」
フィエルは心配そうに言うが、後ろの騎士たちは元気そうに「問題ございません」と答える。それを真に受けてしまっても良いのかが分からない。
どうしようかとモレミア侯爵に視線を送ると、「一緒に移動してみればどの程度動けそうなのかは分かるでしょう」と返された。
休むにしても、こんな廃墟ではなく無事なウェンデイオまで移動してからにするべきだというのは正論だ。




