198 雪原の戦い
敵は割と簡単に発見できた。よほど吹雪いているのでもなければ、数百人の集団を見落とすはずもない。気配を頼らずとも誰でも見つけられる。
「彼奴らは東へ行くつもりなのか?」
「どうなのでしょう? 位置的にはどちらにも行けるように見えますけれど。」
もっとも、私たちは北から回ってきたため、ウンガスの騎士たちが北に行くには私たちを倒さなければならない。東や南に逃げていくほうが簡単だが、数の差を見てどう動くかは分からない。
いずれにせよ、こちらのすることは一つだ。
暴風の魔法で前方の雪を吹き飛ばして通り道を作って敵に迫っていく。
あからさまに近づいていけば、敵も黙って待ってはいない。すぐに隊列が組まれ、迎撃の用意がされる。そこに向かって突っ込んでいっても、勝てるはずもない。
敵と当たる直前に全員で一斉に方向転換し、北の方へと戻っていく。何やら背後から罵声が聞こえてくるが、そんなことは気にすることでもない。そして、案の定と言うべきか、愚かにもと言うべきか、隊列の中から一団が飛び出してくる。
敵が出てきたらやることは決めてある。まずは、馬を駆る敵の騎士の前に、風の魔法で雪を巻き上げて白い壁を作りだす。
直接的に攻撃して打撃を与えるだけが戦いではない。敵の視界を塞いで攻撃をさせないようにするというのも作戦の一つだ。
とはいえ、雪を大量に巻き上げただけなので、すぐに敵も風魔法を使って対抗してくる。十秒もすれば雪は吹き散らされていくが、足は緩むし、こちらが何をしているのか見えもしない。
変わらずゆっくりと逃げていくバランキルの騎士たちを追って、ウンガスの騎士たちは道を進んでいき、ほどなく両軍は交戦状態となる。
正面からぶつかったのでは互いに決め手がないことはウンガスも承知しているのだろう。残っていた者たちが回り込もうと動きだす。
風の魔法で周囲の雪を吹き飛ばし、道に出ると必死に走って敵の背後から近づいていく。私が隠れていたような雪が深く積もった場所ではほとんど身動きなんてできないが、何十もの馬が通って踏み固められた道ならば私も走ることはできる。
十分に近づいたところで雷光の魔法を放てば、騎士たちと正面からぶつかり合っていた敵は全て倒れる。
「ご無事ですか⁉」
「ええ、もちろんです。」
敵の爆炎がなくなったのを確認してすぐに駆け寄ってきた騎士たちに尋ねられるが、少々雪に濡れた程度だ。
「あなたたちこそ大丈夫ですか?」
「牽制しあっていただけです。怪我をするような戦いにはなっていません。」
互いに簡単に報告しつつ次に備えて動く。数十のウンガス騎士を倒したものの、まだ敵は四百ほどが残っている。再び騎乗して北の方へとゆっくり移動していく。
「ほう。少しは頭があるようだな。」
動かずにこちらを見ている敵の騎士たちに、モレミア侯爵が評価をする。目の前で仲間を倒されて逆上する可能性もあったが、警戒する方を優先したようだ。
そして、敵も北へと動きだした。私たちに向かってくるのではなく、平行に動いていくのだ。それならば、こちらは上に向けて爆炎を放つ。
はるか頭上で炸裂する爆炎は、敵に何の打撃を与えることもない。だが、十数秒ごとに打ち上げられる爆炎に、何の意味もないと断じることはない、と思う。
実のところ、敵に不安を抱かせる以上の意味はない。これを合図に飛び出してくる騎士はないし、町から増援がくる手はずもない。
東から来る予定の部隊に戦闘が始まっていることを知らせることができれば良いのだが、この雪の中ではどこまで音が届いているかも分からない。
七発を打ち上げて、しばらく休み、再び爆炎を打ち上げ始めると、敵の動きが変わった。
馬の向きを変え、こちらにやってくる構えだ。
「方向転換、南へ!」
指示を出すと、一斉に馬を反転させて再び南へと向け、その直後に敵に向けて風を放つ。
舞い上がる雪に隠れて隊を二つに分ける。その場に留まり風の維持と魔力を撒く部隊と、南側に移動していく部隊だ。
敵も正面から来るだけではなく、南や北からまわり、包囲しての攻撃を狙ってくる。こちらはそれを避けようとすると、南へと下がっていくことになる。
距離が近づいてくると、互いに爆炎を並べて牽制しあう状態へと入っていくが、こちらが引き下がれば当然に敵は前に出てくる。
そして、敵の隊に異変が起きる。爆炎は明らかに後退していくのだが、中央には百人以上の騎士が取り残されている。
これで残りは三百ほどだ。大きく数を減らし動揺しているのか、あるいは指揮官を失ったのか、敵の隊列は崩れたままだ。
私たちはまた方向転換して北へと向かう。とにかく敵を北に行かせるわけには行かないのだ。こちらが攻勢にでれば、敵も守らざるを得ない。
何度もやって見せていれば敵も同じ手段を使ってくる。風で雪を吹き飛ばし姿を隠して移動するが、そんなことをしても魔力の気配を隠せるわけではない。移動する方向も、雪に隠れている者も丸わかりである。
南側から挟撃するつもりなのだろう、大きく回り込んでくる部隊はとりあえず無視して、北側の部隊へと全力で当たる。爆炎の応酬は戦況の停滞を招くが、後ろに下がったり横に移動していくことはできる。
少し下がり気味にしながら隊を左右に分けて、敵の側面に回り込むように動く。敵もそれに応じて動くが、そうすれば正面は手薄になる。
爆風で雪を吹き飛ばしつつ、敵の真ん中に向けて突撃を仕掛ければ、敵も対応しきれない。モレミア父子とともに三人で雷光と爆炎を撒き散らし、速攻で敵を叩き潰す。
北側の部隊が壊滅し、回り込んでいた敵部隊の足は止まる。当然だ、挟撃できるつもりでいたら、片側が簡単に潰されてしまったのだ。
実のところ、こちらもかなり危険な作戦ではあったが、だからこそ成功させてしまえば敵への強力な圧となる。
残る敵は二百よりは少ない。昨日までは五百以上はいたはずだ。半数以上も失えば浮き足立つだろうし、位置どりも良い。東からの到着を待てば、挟撃も可能だ。
「どうします? 降伏を呼びかけますか?」
ザクスネロの言葉に思わず「ふざけないでください!」と怒鳴りつけたい気持ちが湧き上がるが、なんとか堪える。
彼はイグスエンの惨状を本当の意味で知ってはいない。廃墟となった町は目にしているものの、半年の時間と雪に隠されていたために、生々しい惨劇の跡は見ていないのだ。
騎士たちの反応も、以前にも来た王宮の騎士とそれ以外で分かれる。
「降伏しても、彼らには処刑以外の道はありません。受け入れることはないでしょう。」
イグスエン侯爵や国王の前に連行したところで、彼らが温情をかけるとも思えない。そう説明しても、ザクスネロの顔色はすぐれない。
「魔物とは違いますからね、敵とはいえ彼らも人間です。」
私にも覚えがある。最初は積極的に敵を殺したいとは思っていなかった。口にしたことはなかったが、何とか戦いを回避できればという思いもあった。
だが、いくつもの滅ぼされた町を見てそんな気持ちは完全になくなった。攻め入ってきたウンガスの貴族は残さず滅ぼすべきだ。
平民に温情をかけることはしても、貴族に対してそんなことをしてやる必要は一切ない。
はっきりとそう告げると、王宮の騎士たちは大きく頷く。ザクスネロは目を見開き、そして迷いの色を見せるが、最終的に「分かった」と頷いた。
敵の方も何やら落ち着かずに騒めいている。攻撃や撤退の判断もすぐにできないとは、やはり指揮官は失ったのだろう。
敵の動き方を伺いつつ隊形を組み直し、後ろの者達を休憩させる。大部分の者は騎乗したままであるが、それでも馬に餌や水を与えることはできる。
「ここで休憩を取るのか?」
「ええ、このやり方はハネシテゼ様が考案したのですよ。」
モレミア侯爵も呆れたようにしているが、馬の体力というのはとても重要なことだ。半日も飲まず食わずでいれば倒れてしまうのが馬という生き物だ。少量でもこまめに餌を与えてやるだけで、随分と残りの体力に差がでる。
二分ほどで休憩を交代したかったのだが、敵が動く方が先だった。今更突撃という選択はないようで、背を向けて南へと逃げていく。
魔法で雪を撥ね飛ばしながら馬を走らせ、ウンガスの騎士は東への街道で二手に分かれる。
「南の敵を追います!」
「東は良いのか?」
「街道の付近に水を撒いておけば良いでしょう。」
雪が水に濡れていれば足を取られてとても歩きづらく、凍ってしまえば滑って歩きづらくなる。完全に足を止めさせることはできなくても、速度を落とさせることは可能だ。今はそれだけで十分だろう。
南へと走る敵は防風林を越えていくが、越えたすぐ横に隠れている気配がいくつもある。これは魔力の気配が分からなければ有効な待ち伏せであるが、私たちには通用しない。
防風林に向かって魔法を放り投げるだけだ。魔法が直撃しなくても爆風に煽られ、樹上から落ちてきた雪に埋まる。
その隙に前に進み、雷光を放てばそれで終わる。数十の騎士がさらに南へと走っていくが、このまま追い続けていけば川に当たる。彼らに逃げ場はもうない。




