196 作戦不足
「いずれにせよ、領都まで引き上げねば食糧が持たないのだ。」
食事を取り一息ついてから、今後どう動くかを検討することになったのだが、やはり戻るという意見は出てくる。詳しく聞くと、食糧はあと三、四日分しかないのだという。
「それならば、全員で戻ることもないだろう。橇と怪我人を中心に向かわせれば、食糧が届くまで持つのではないか?」
私たちにはとにかく全軍を引き揚げるという選択肢はない。どうにかして説得しなければと思っていたら、ザクスネロは「引き揚げてみれば良いのではないか?」などと言いだした。
「そう見せかければ、敵がどう動くか分かるだろう。主力を後方に置いて、すぐに対応できるようにしておけば何とかならぬか?」
領都に本当に帰る者もいるが、基本的には森の中に隠れる。そうして敵を誘き出し、出てきたところを叩けば比較的楽に戦いを進めることができるのではないかというのが、ザクスネロの作戦の概要だ。
「そうすると北と東で隊を分けねばならぬのか。」
「いや、東に行けば敵にも見つかるのではないか? ウンガスもそこまで不用心に動きはしないだろう。」
「すぐに攻め込まずに、一度休んで体力を回復してから動きだすことも考えられる。」
色々な指摘が出てきてザクスネロはがっくりと肩を落とすが、そんな程度でめげている場合ではない。敵を誘い出すという考え方自体は悪くない。
「町の中や周辺の森にどの程度隠れられるでしょう? 朝早くから領都に向けて移動していれば、敵は伏兵を残しているとは思わないのではないでしょうか。」
馬橇を含めて、負傷している者や疲労の激しい者を先に領都に向かわせることに反対するつもりはない。どうせならば帰るところを見せて、敵の油断を誘いたい。
「伏兵は確かに有効だろうが、こちらの損害も大きくなることが予想される。」
部下に死ねと命じるようなものだと言われたら、否定はできない。生き残ることは絶対できないわけではないが、かなり危険なことは確かだろう。
他の手段を考えたいとほぼ全ての者が私の案には難色を示す。
「退がるなら東のウェンディオに、だろうな。領都をそう簡単に落とすことはできぬだろうし、敵も罠を警戒するだろう。動きは慎重になるはずだ。」
モレミア侯爵の案ならば、直ちに町が滅ぼされることもないし、敵の動きも抑えられる。それ以降の作戦が全然思いつかないが、騎士たちも町で休めば少しは回復もできるだろう。
「領都に伝えに行く者も必要です。あまり大人数でというわけにはいきませんが……」
消極的な案だが、これ以上、攻撃の作戦を話していても結論が出るとは思えない。時間を稼ぎ、体力を回復させつつもう少し考える必要があるだろう。
王都に向かう者の人選は侯爵たちに任せる。二十名ほどが選ばれ、翌日朝から北へと向かっていった。
その一方で私たちは東へと引き返す。こちらには四百ほどの騎士も一緒にくる。町の負担は大きくなるが、ほかにいい案は出てこない。
道から外れて町を見下ろす高台に登って待っていると、案の定というべきかウンガスの騎士が南西の街道からやってくる。
私たちの足跡は消していないのですぐに見つけるだろう。これで敵がどう動くかである。東に来るならば迎え撃つし、北に向かうならば追っていくことになる。
その日は動かず、翌日に敵が向かったのは北だった。
「領都に向かっているということか。ならば我々も動かねば。」
偵察からの報告を聞いて、こちらも領都に向かう。ただし、半数以上は北まわりで行き、敵を追うのは八十ほどだ。
山道で敵と当たった場合、人数が多いと身動きが取りづらいだけだ。戦闘に参加できる人数がそもそも少ないし、八十人もいれば十分だ。
「敵は私たちが後ろから来ることを想定していると思いますか?」
「先に進むことを優先していても、何も警戒していないことはないだろう。」
大掛かりなことはしていなくても、足止めの策くらいは用意しているだろうというのが大方の意見だ。だが、こちらを全滅させる策を用意していることも考えなければならない。
しかし、幸か不幸か、降る雪が多くなり視界が悪くなる。廃墟の町に着いたころまでは曇天だったのだが、休憩しているうちに降り始めた雪は、出発するときには風も強くなり、山の形も見えないような状況となっていた。
「この吹雪中を行くのですか……?」
「私も大変不安ですけれど、いつ止むと思います?」
一時間待てば止むならば、それまで待っているという判断にもなるのだが、あまり長い時間待っていると、逆に身動きが取れなくなってしまう。
「行くしかないということか。」
ザクスネロの言葉に私たちは揃って首肯する。吹雪が強ければ、敵からも発見されにくいという利点もある。待ち伏せての罠はほぼないと言えるだろう。
道に積もった雪を風の魔法で吹き飛ばしながら進んでも、全てが吹雪に紛れてしまう。当然のように、敵が接近していても、その姿は見えないだろう。
進んでいくと、雪は収まるどころか一層強くなってくる。交代で道の雪を吹き飛ばしているので、一歩ごとに足が雪に埋まることもなくその意味では馬の負担は抑えられているが、それでもかなり疲れるようで頻繁に休憩を取る。
地図と記憶を頼りに道を北へと進んでいくが、途中の敵の襲撃はない。敵も伏兵を置いていなかったのか、見つからずに通り過ぎてしまったのかは分からない。
登り下りを繰り返し、最後の下り坂に差し掛かっても敵の気配はまだなかった。
「この辺りまで来たら、晴れていれば領都が見えるはずなのですけれどね。」
「雪しか見えぬな。」
「風情も何もあったものではないな。」
視界には白しか入ってこない。右も左も前も後ろも、嫌になるほど白ばかりだ。ともすれば方角を見失ってしまいそうななか、自分でもよくこんなところを来たと思う。
「敵はどこにいると思う?」
「この吹雪は、領都に攻撃を仕掛ける絶好の機会でもありますね。」
敵の接近に気づいていなければ、気が緩んでいるところを叩かれることになる。予め遣いを出しておいたのだから、守りは固めていると信じたい。
慎重に坂を下っていくも、山道にはやはり敵の気配はない。さらに下り、畑の端に着くころに右手側、東の方に魔力の気配を感じた。
「敵はあちらですね。」
私が腕を伸ばしてそう言うと、騎士の反応は頷く者と振り向く者に分かれた。
「あなたたちは気配が分かるのですか?」
「はい。以前はティアリッテ様やハネシテゼ様がどうして敵を見つけられるのか不思議でしたが、最近は私にも分かるようになってきました。」
騎士たちも訓練を繰り返し、能力を伸ばしているらしい。戦いを目前に、随分と頼もしいことである。
「このまま攻撃を仕掛けましょう。まだ気づかれていない可能性が高いです。」
「危険ではありませんか? この吹雪では敵味方の区別がつきません。」
攻撃を仕掛けるにも、作戦をきちんと立てる必要があると言われてしまった。敵に気づかれる前に動きたいのだが、焦りすぎだと諭されたらおとなしくするしかない。




