195 ようやく合流
「敵の背後に回り込みましょう。」
一度、置いてきた橇を取りに戻り、ゆっくりと敵の外側を南側へと向かう。当然、ウンガスも私たちの動きを無視することはできない。
だからといって、また同じ程度の数を差し向けたのでは同じ結果にしかならないことは容易に想像される。
「敵が動きます! 後退、でしょうか?」
「そのようですね。街道は町の南西側ですから。」
バランキル側も、後退していく敵を追おうとはしないようで、両者の間にあった爆炎の壁は次第に薄くなっていく。
「彼らは何故、追わないのです?」
「体力や魔力がもう残っていないのだろう。追撃というのも相当な体力が必要だ。」
ザクスネロの質問にモレミア侯爵が答える。逃げる側の方が有利というのも、大きな理由だ。
だが、そう言われてもザクスネロにはピンとこないようで「そんな話は聞いたことがないぞ」と首を傾げる。
「騎士との戦いは、魔物とは全く違います。敵も作戦を立てて、何とかしてこちらを出し抜こうとするのです。」
逃げながら後方に爆炎を放てば、追う方は巻き上げられた雪や木の枝に突っ込むことになる。風の魔法で払い除けるにしても、どうしたって足が緩むだろう。
追う側は魔法を当てなければならないが、逃げる方は魔法が届かなくても構わない。このような差はとても大きいのだ。
「ハネシテゼ様は、逃げるときは毒の粉を撒き散らしながら行くと仰っていました。」
その手段が使える場面は限られているだろうが、上手くいけば追っ手に大打撃を与えることができる手段として挙げると、ザクスネロは呆れたように頭を振る。
「確かに、敵がそのようなことをするかもしれぬと考えると、迂闊に追いかけることはできぬな……」
「そんなことをする者はハネシテゼ・ツァール以外にいないと思うぞ……」
モレミアの父子で何故か全く違う答えが返ってきたが、あえて気にしないことにする。そんなことよりも、合流して話を聞いた方が良いだろう。
バランキルの騎士団に近づいていくと「止まれ」と声がかけられる。正体不明の者を接近させるのは危険だと判断するのは当然のことだろう。
「彼らは先ほどのこちらの戦いは見ていなかったのか?」
「最悪、自作自演の可能性があります。反抗的な者を処分し、敵の懐に刺客を送り込む作戦もありえます。」
「そんなことまで考えねばならぬのか⁉︎」
ザクスネロの疑問に答えたのは騎士だった。悪辣な作戦もあり得ると言われて、驚きというより非難に近い言葉が飛び出てくる。
疑えばきりがないのは確かだが、だからこそ逐一確認するという作業が必要になる。何の確認もしていない者を信用してはならないとするのは、戦地で生き残る上で必須のことだ。
「戦とはそこまで過酷なものとは知らなかった。」
俯きそう言うが、それは私だって同じだ。敵味方の識別のためにどれほど気を払わねばならないのかなんて、一年前は考えたこともなかった。
騎士団の奥から何人かが出てくると、こちらは私とモレミア侯爵の二人が先頭に立つ。
「私はティアリッテ・エーギノミーアでございます。国王より、加勢の任務を賜り、モレミア侯爵とともに参りました。」
大声で名乗りをあげると、向こうの騎士たちは騒めきだす。だが、侯爵や伯爵が前に進み出るとすぐに静かになる。
当主である彼らは私の顔を知っているだろうし、ビアジア伯爵とは話もしたことがある。当然、モレミア侯爵も知らないはずがない。互いに顔の見える距離まで近づけば「ご苦労であった」と声を掛けられる。
互いに確認が取れれば、いつまでも距離を置く必要はない。合流して休憩を取ることになる。
「何故、其方らが来たのだ?」
「敵の総攻撃に備えるためです。今までと同じようにやっていれば負けてしまいますから。」
はっきりと言うと、侯爵はあからさまに嫌そうな顔をする。
「今回、敵を楽に退けられたのは確かに其方らの助力の成果と言えるが、もう雪がかなり深い。春まで攻撃はないだろう。」
「そう思って油断しているところに来るというのが私たちの予測です。国王陛下もその意見に賛同いたしました。」
子どもの戯言だという声も聞こえてくるが、国王の同意は王宮の騎士も来ているのを見れば一目瞭然だろう。彼らを私の一存で動かすことなどできるはずがない。
「第二王子殿下はどちらですか?」
「この隊にはおらぬ。西の街道から敵の砦の攻略に当たっていたはずだ。」
西の街道にも部隊があることを知り、安堵の息を吐く。心配がなくなったわけではないが、既に北西部が壊滅しているという事態にはなっていないだろう。
「こちらの残存戦力はどれほどですか? 敵についての情報はありますか?」
西側の状況も気になるが、まずはこちら側の把握が先だ。質問をしてみるが、返答はなかった。侯爵や伯爵は互いに顔を見合わせて曖昧に言葉を濁す。
「どうしたのだ? 我々に知られては都合が悪いことでもあるのか?」
「……本音を言うと、其方らに関わってほしくない。」
思ってもいなかった回答である。私たちの救援に感謝はあるが、これ以上の手助けを求めるつもりはないという。
そんなことを言っていられるほど余裕があるとは思えないが、だからこそだろうと騎士が私にそっと耳打ちする。
長引いた戦いが、私たちが加勢したことで終わったりしたら手柄を全部取られてしまうということらしいが、正直、理解に苦しむ。負けて殺されてしまっては何もかも終わりではないか。
「おそらく、敵もここが正念場かと思います。死に物狂いで、何が何でも勝利をもぎ取ろうとしてくるはずです。」
「何故、そう思う?」
「食糧です。彼の国でも不作が続いていると報告はしたかと思います。こちらから食糧を奪う前提ならば、必ず攻勢に出ます。」
そう説明しても、ならば領都に下がって守りに徹すれば良いと彼らは言うのだ。そんなことをすれば、ウンガス軍は喜んで周辺の町に攻め入るだろう。たとえば、ここから東に一日行くだけで、割と簡単に食糧を奪えるはずだ。
言われてはじめてそこに気づいたようで、互いに顔を見合わせて何やら小声で相談し合っているが、ここで話をしていても先に進む気がしない。
「皆さま、大変にお疲れのご様子です。落ち着いて考えてみてくださいませ。」
考えが及ばないのは疲れているからだ。何ヶ月にもわたる戦いで、肉体的にも精神的にも疲れていないはずがない。
とにかく、私たちよりも能力が劣っているのではなく、疲れが原因なのだということにして再考を求める。ここで真っ向から言い負かそうとすれば反感を買うだけだ。
休憩を提案すると、空を見上げ、仕方なさそうに同意した。冬は陽が沈むのも早い。今から領都に向かっても山の中で夜を過ごすことになる。
「そういえば、小領主の邸の守りの石は回収されたのでしょうか?」
「回収? あれは持ち出せるものなのか?」
「分かりませんが、ハネシテゼ様は敵が利用していることは前提にすべきだと言っていましたし、誰も異を挟んでおりませんでしたから。」
単純に小領主の邸に立て籠もるということも考えられるが、ハネシテゼは敵が持ち歩いているような口ぶりだった。
「少なくとも我が城の石は、とてもではないが取り外して持ち歩けるとは思えぬ。」
モレミア侯爵がそう言うと、他の領主たちも揃って頷く。だが、それに疑問を投げかけたのはザクスネロだった。
「私は詳しく存じてはいないのですが、守りの石は砕いても効果があるものなのですか? もしそうなら、敵軍ならばそのような使い方をするかもしれません。」
「誰も知らぬだろう。守りの石を割るなど、試そうと思ったこともない。」
モレミア侯爵はそう言って首を横に振る。結論としては分からないということになるが、敵が切り札として用いてくる可能性があることだけは共有できた。
分からないが、確認できることもある。とりあえずとしては、小領主の邸に行き、守りの石があるのかを調べることだ。
持ち去られているならば相応に警戒するべきだし、残っているならば利用するべきだ。
どちらにせよ、今日はこの町に留まり休む予定だ。場所は必然的に小領主の邸になる。




