193 秘術
紛糾することもあったが、各領の出す騎士の数も決まり、会議は終わった。閉会に間に合わなかった者もいたが、全員が集まるのを待っている暇はないということで一度解散し、そしてすぐに出撃する者が召集される。
尚、私たちの学院の試験はなくなった。予約をしていたが、王宮の方から取り消しの連絡が行くことになる。
会議後は場所を変え、王宮騎士の訓練場に集まって作戦と隊の編成をしていくことになる。
「わたしとセプクギオ殿下はブェレンザッハに行きます。第二王子殿下のいるイグスエンにはティアリッテ様とフィエルナズサ様で向かってください。」
「僕はどちらに行けば良い?」
「ザクスネロ様はお好みでどちらでも構いません。」
元々の私たちの想定では、ザクスネロが参戦することなどほんの少しも考えていなかった。彼がどちらに入っても、騎士の割り振りで戦力を調整するだけだ。
そう言われても、何を基準に決めて良いのか分からないようでキョロキョロとしながら迷いを見せる。
「ザクスネロはこちらで良いだろう。ハネシテゼ様は第四王子殿下の相手で忙しくなるかも知れぬ。」
一人だけ突出して経験の少ない第四王子には説明や指導が逐一必要になるかも知れない。その時に側にいるべきなのは経験が豊かな者だ。とてもザクスネロに務まるとは思えない。それがフィエルの主張だ。
「済まない、僕も世話をかけるかも知れない。」
「辛いのは最初だけです。ザクスネロは優秀ですから心配しなくても大丈夫だと思いますよ。」
そう言っても彼の不安そうな表情は消えない。
続々と集まってきた騎士たちは三百ほどになる。これを二手に分けるのだから、決して十分な数とは言えない。それでも更に集めている時間はない。
ブェレンザッハとイグスエンのそれぞれに向かう隊で分けると、今後の予定について説明する。
「隊を更に二つに分けます。騎馬だけで向かう先発隊は明後日出発、馬橇を伴う後発も明々後日には出発です。」
私の説明に不安の声も上がるが、それ以上の時間はかけていられないのだ。何としてでも、イグスエンが滅ぼされる前に到着しなければならない。
食糧や馬橇は第三王子が中心となって集めることになっている。雪の中では馬車は使えない。王都にあるだけの馬橇を集め、足りない分は周辺の町から調達するしかない。
「そんな短期間で集まるとは思えません。敵を倒しても食糧が尽きれば多くの犠牲者を出してしまいます。」
「基本的に、イグスエンで冬を越すつもりはありません。敵を蹴散らしたら私たちは速やかに王都に帰還します。」
冬の行軍には不安があるが、それでもやらなければならない。ウンガスにできて私たちにできないはずがない。
それに、敵の糧食が十分にあれば、イグスエンでの冬越えも無茶ではないだろう。
「不安要素が多すぎます。もう少ししっかりとした計画を立ててからの方が良いのではありませんか?」
「それにはどれほどの時間がかかりますか? 敵は冬になり、こちらの意識が越冬に向くのを待っているのです。総攻撃が開始されるまで時間がありません。」
そう言うと騎士は引き下がるが、不満そうな表情は消えはしない。彼らの言うように不安要素が多いのは確かだが、私にとって一番の問題は人心掌握ができていないことだ。
移動経路などの説明が終わるころ、国王も訓練場に姿を見せて激励の言葉がかけられる。
「精強なる者たちよ、急ぎの呼び出しに応じてくれて心より嬉しく思う。」
そう始められた国王の言葉は、割と短めに終わる。訓練場に吹く風は冷たく、黙って立っているだけでは寒いのが大きな理由だろう。
それも終われば解散となるが、私は一つ思い出して国王の下へと向かう。
「陛下、一つお願いがございます。」
「何だ? 申してみよ。」
「炎雷の魔法の使用許可をいただけないでしょうか。」
「いけません、ティアリッテ様。」
国王の返答の前にハネシテゼが遮る。ウンガス撃退のためにかなり重要なことだと思っただけに、予想外のことだ。
「炎雷は第二王子殿下にお任せするべきです。もし、使うとしたら、第二王子殿下に万が一の事態があった場合だけです。」
「待て、話が見えぬ。何故、炎雷にこだわるのだ? 別に他の魔法でも支障あるまい?」
国王は本当に分からないらしく、私はハネシテゼと顔を見合わせる。彼女の言っていたことが本当ならば、重要な位置付けになるはずだ。
「炎雷は守りを突破するときに使う魔法です。」
そう言って、ハネシテゼは周囲を見回す。そして騎士たちとは逆の方向へと歩いていくと、国王もそれに続く。王族の秘術とされている魔法なのだ、あまり他の騎士に聞かせる内容でもないということが分からないはずもない。
ついていくのは私とフィエル、そして第四王子だ。仲間外れにするようで申し訳ないが、ザクスネロにはこの先は聞かせられない。
「守りの石の効果はご存知でしょうか?」
「あれに魔力を詰めていくのも王の重大な務めだ。」
「セプクギオ殿下はご存知ですか?」
「魔法を弾き、魔物を通さぬものだ。」
第四王子はそう答えるが、それは効果の一部だ。守りの石を防衛用に発動させれば、血族以外を通さない盾となる。私たちは実際にイグスエンの領都でその効果を目の当たりにした。
「それがどうかしたのか?」
「破るにはどうしたら良いですか?」
「魔力が尽きるまで攻撃し続けるしかないのではないか?」
国王の返答にハネシテゼはゆっくりと首を横に振る。私もフィエルも答えを知っている。だが、口にして良いのかが分からない。
「石を破壊すれば良いのです。守りの魔力が尽きるのを待つ必要などございません。」
「言っている意味が分からぬぞ。どうやって守りを突破して、中にある石を破壊するのだ?」
「それができるのが、炎雷の魔法です。」
ハネシテゼは静かに言うが、国王の方は穏やかではない。ばっと私たちの方を振り向き、鋭い眼で睨んでくる。
「敵が守りの石を使うということか?」
「あまり大きくはないですが、小領主の邸にもありますよね。それを使わずに置いておくとは考えられません。」
敵が守りの石を用いているのならば、魔力比べなどせずに、炎雷で破壊してしまえばいい。それが私の取りたい作戦だ。
しかし、多くの騎士の前でそれをやってしまうのは問題がある。事前に国王より許可を得ておかねば面倒なことになるのは分かりきっている。もっとも、ハネシテゼはそれでもやめた方がいいと言うのだが。
しばらくそのまま動かずにいたが、国王は大きく深呼吸して第四王子の方へと目を向ける。
「セプクギオには炎雷は使えぬ。まだ教えておらぬのだ。」
「では、道中にでもお教えしてよろしいでしょうか?」
ハネシテゼの質問に国王はとても嫌そうな顔をする。しかしそれでも返事は許可をする旨のものだった。
「あまり目立たぬようにやってくれ。」
「では、早速、手本をお見せいたしましょう。ティアリッテ様、お願いします。」
何故、その流れで手本を見せるのが私になるのだろうか。ハネシテゼの意図が全く分からないが、国王の方を見ると大きく頷くので、私が手本を見せても良いということなのだろう。
杖を取り出そうとして今は持ってきていないことを思い出し、右手を上げて慎重に魔力を制御する。
実のところ、炎雷の魔法はかなり乱雑な魔力制御でも発動できる。しかし、手本と言うからには綺麗にやった方が良いだろう。
右手を振り下ろし、炎雷を放つ。大きすぎず、小さすぎず、手本として丁度よく制御できたと思った。
しかし、それもほんの束の間のことだった。
私の放った炎雷は、ハネシテゼの謎の術によってかき消されてしまったのだ。伸ばした手から光る魔力の筋がいくつも伸びて、炎雷を捉えたかと思ったらあっという間だった。
「何ですか今のは⁉」
国王の前だというのに、思わず声が大きくなってしまう。だが、この魔法が完全に防がれるとは思ってもいなかった。
「驚きましたか? これがわたしの奥の手です。何とか炎雷を防ぐ方法はないかと頑張ったのですよ。他の攻撃は全て防げますからね。」
「待ってください。他の攻撃は防げるとはどういうことですか?」
そんなことは初耳だ。少なくとも、半年前にイグスエンで戦っていたときはそんな方法を示さなかったのだから、帰ってきてから編み出したものに違いない。
「これは守りの石なのですよ。」
得意満面にハネシテゼが示したのは、第四王子に贈ったのと同じペンダントだった。第四王子も驚いて、自分の首から下げている紫の石に手を触れる。
「石を握り、魔力を込めてみてください。」
ハネシテゼに言われるままに第四王子が魔力を流し込むと、発生した壁に私とフィエルが弾かれる。だが、すぐ近くにいる国王は弾かれることなくそのまま立っている。
「これは……、確かに守りの石の壁ですね。」
何もしなければ見えないが、叩いてみると淡い光に弾かれる。私やフィエルではどう頑張ってもその中に入れそうにない。
「これがあれば、簡単に勝てるのではないか? 相手の爆炎を突破できるのだろう?」
「中から攻撃できないのが最大の欠点です。」
そこも町に設置されている守りの石と同じ特性を持っており、解決できていないという。つまり、防御専用であり、攻撃には使えないということだ。
「殿下に出番まで待ってもらうにはちょうど良いではありませんか。」
王子を守るために、騎士たちが気を回す必要がなくなるというのは結構大事なことだ。
「つまり、セプクギオ殿下が足手まといになる心配はないということですね。」
そうフィエルに言われて、第四王子は安心したような悔しいような複雑な表情を見せる。口から出た言葉は「お気遣いありがとうございます」であるが、自分の方がハネシテゼよりも下の立場にあることが悔しいという表情は隠せていなかった。




