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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院4年生
191/593

191 緊急会議

 デォフナハとの話し合いの翌日には王宮へと向かう。

 呼び出されて何度も行ったことはあるが、父や母と一緒に登城するのは初めてだ。


 そして、会議室ではなく国王の執務室へと案内されるのも初めてだ。私たちに加えてデォフナハ親子六人であるが、今日の登城は事前に伝えてあるため、近衛たちも予定を確認した上で私たちを通す。


「お久しゅうございます、陛下。心休まらぬ日々が続く折、参じるのが遅くなりましたことお許しください。」


 開かれた扉の間で跪き、父が挨拶の口上を述べる。私とフィエルナズサは父と母の後ろに隠れるように跪いて頭を垂れる。国王とは何度か話をしたことがあるが、やはり緊張はするものだし、今回はこれまでの緊急の会談とは違う。


 会談の手続きも何もなかった今までは目を瞑ってくれていたが、正式に面会を申し込んだ今回は、相応の礼儀作法が必須となる。


 エーギノミーア公爵である父にデォフナハ男爵、そして国王が長い挨拶を述べて、やっと私たちは入室を許される。




「まずは礼を言うぞ、エーギノミーア公にデォフナハ卿よ。其方(そなた)らのお陰で糧食には困らずにいると聞く。」


 会談は国王の謝礼から始まった。元々、戦争についてが主題であるため、国王の出した話題に乗り、父も話を進めていく。


「お送りした食料は足りているのでしょうか? 前線の情報はなかなか伝わって来ないため、計画を立てるのも難しい状況でございます。」

「どうせ数日後には明らかになるのだ、隠す必要も無いだろう。」


 父の質問に、国王は大きく息を吐く。その表情だけでかなり状況が悪いと言うことが分かるくらいだ。


第二王子(ストリニウス)は戻ってこれぬ。いや、ブェレンザッハをはじめ、西方貴族は今年は王都に来ないことが決定している。」


 それはある程度は予想していたこととはいえ、国王の口からはっきり告げられると、腹にずしりとくるものがある。


「イグスエンやブェレンザッハが落ちたわけではないのですよね?」


 念のために、と前置きをしてデォフナハ男爵が問う。そこの如何次第では、私たちの対応も大きく変わる。私たちが固唾を飲んで返答を待っていると、国王は静かに首を横に振った。


「そのような報告は私も受けていない。一進一退の状態が続き、戦局は膠着しているといえよう。」


 それは最悪とまではいかないが、決して想定していた中でも良い方ではない。冬を越すのは、敵軍(ウンガス)にとって容易なことではないだろうが、それは援軍に向かっているバランキル王国の騎士たちも同じことだ。


 冬を越すということだけを考えた場合は、少人数に分けて各町の小領主(バェル)の邸で過ごすことも可能だと思うが、戦力を分散したところに敵が攻撃してきたらと思うとそれはできない。


其方(そなた)らは、ウンガスがこの状況を想定していたと思うか?」

「戦いが冬まで続くことを、でございますか?」

「そうだ。」

「想定しているに決まっているではありませんか。」


 国王の質問に考えるまでも無いと答えたのはハネシテゼだ。このような話は打ち合わせにない。だが、彼女は自信満々である。


「どうしてそう思うのだ?」


 自信の根拠が分からないのは私だけではない。父も怪訝そうに眉をひそめて尋ねる。


「ウンガスが雪の中を移動することができるのは、初めから知れているではありませんか。お忘れですか? 彼らが最初に進軍を開始したのは雪解け前ですよ?」


 どうしてそこに今まで気付かなかったのだろう。驚きに顔色を失っているのは父だけではない。国王もデォフナハ男爵も眉に皺を寄せたまま固まっている。


「まさか、そこの対策を何もしていないなんてことは……」


 周囲の者たちの反応に、ハネシテゼの声が小さくなっていく。


 これは想定外に悪い状況なのではないだろうか。



「ハネシテゼ・ツァールよ。騎士を率いて西へと行ってはくれぬか?」

「陛下、それは親として承諾いたしかねます。ハネシテゼもう既に十分な功労をしているではありませんか。」


 想定していた順序が完全に狂ってしまえば、デォフナハ男爵は国王の要請を真正面から退ける。これを唯々諾々としていればハネシテゼの将来などあったものではない。


 他の貴族への要求はなく、先の功績に対する褒賞もなく、ただただハネシテゼだけに負担を求めるようなことは受け入れるつもりがないと、デォフナハ男爵は声を大にする。


「場所を移す。ここにいる者だけで決めることができぬ。」


 国王はそう告げるとともに、文官や使用人たちに、今すぐに城にいる侯爵以上の者たちを会議室に呼び集めるように言う。さらに、今日登城していない各領主の私邸にも、今すぐに来るようにと連絡を出させる。



 どうやら、ハネシテゼの言ったことは、全く考えていなかったようだ。もし、前線にいる者たちがそこに気付いていなければ、油断したところを攻撃されて壊滅的被害を出す可能性もある。


 会議室へ移動すると、敵がどのような作戦を立てうるのかを考え、どう対策するのか頭を捻る。


「雪の中を移動するといえば(そり)滑雪板(スキー)か?」

「あるいはそれを改良した物でしょうね。具体的なものは想像がつきませんけれど。」


 よく分からないが、とにかく、雪の中を比較的容易に移動する手段があるということだ。その前提で話を進める。


「戦力を分散させられないならば、どう保てば良い?」

「どう考えても天幕での野営は厳しいからな。凍えて動けなくなってしまったのでは意味がない。」

「一度、町に引き上げるしかないでしょうね。道の封鎖が全く役に立たない可能性が高いのが困りものです。」


 夏場ならば、街道を荒らしておけば足止めくらいはできたのだが、雪の上を来る冬には、その手段は使えないだろう。夏と冬では考え方が大きく変わってしまうため、有効な手段はそう簡単に思いつかない。


 しばらく唸りながら考え込んでいると、扉がノックされた。


「ファーマリンキ公爵および侯爵三名が入室許可を求めておいでです。」


 扉についている近衛からの求めに国王が「許可する」と答え、扉が開けられる。


「陛下のお呼に従い、参上いたしました。」


 私たちの姿を認め、一瞬怪訝そうな表情を浮かべながらも公爵たちは跪き挨拶をする。


「堅い挨拶はいらぬ。席に着いてくれ、西の戦局をどう打開するかの話だ。」


 国王に促されて空いている席に着くも、彼らの表情は「状況が分からぬ」と言いたげなものだった。


「決着がつかず、遂にこんな季節になってしまった。どうにか打開策を練らねば、さらに厳しいことになりかねぬ。」


 そう説明するのは父だ。あえて前提条件を伏せて説明すると、彼らは難しい顔をするもやはり一様に「春に向けて」と冬の戦いを考慮しているようには見えなかった。


 そうしているうちにデュオナール公爵もやってきて、これで現在城にいる侯爵以上の者たちが揃ったことになる。


「のんびりしていたのでは、イグスエンやブェレンザッハは滅ぼされてしまう可能性があるからこうして集まってお話する必要があるのです。このままでは、最悪、春には王都に迫ってくるかもしれません。」

「バカな。第二王子殿下が敗れると申すのか? 一体何を根拠に?」


 ハネシテゼが簡単に説明するが、やはり焦点をぼかしては全く伝わらないようだ。侯爵たちもハネシテゼの主張を妄言だと言わんばかりの勢いである。


「みなさん、ウンガスは冬の山を越えてやってきたことを忘れすぎです。彼らは冬も戦える準備があると考えるべきでしょう。戦力の増強を含めて対策を考えなければなりません。」


 全く返す言葉もない。ファーマリンキ公爵もはっとした表情でそのまま固まってしまう。


 今から考えたのでは遅いが、それすら放棄してしまえば多くの町がウンガスに蹂躙されることになりかねない。今からでも何らかの対策を打っていかなければ状況は悪くなる一方だろう。


「我々が出すぎていることに不満を持つ者が多いとは聞いている。そこで、今回は北方の方々に功績をお譲りしようかと思うのだが如何かな?」


 父の言葉はあからさまに嫌味だが、そこで引き受けると断言できる侯爵などいない。デュオナール公爵も顔を引き攣らせたまま、無言で父を睨むだけだ。


「ウンガスには冬も戦える用意があるというのは確たる情報でもないのだろう? 騎士を出して、敵に用意が無かったらどうするのだ?」

「それならば、一気に攻め滅ぼせば良いだけではありませんか。憂いを絶ってしまえば、あとはゆっくり冬を過ごせるのです。騎士だって天幕の野営ではなく、町に散って小領主(バェル)の客室で過ごした方が良いに決まっているではありませんか。」


 苦し紛れの言い訳は、デォフナハ男爵がバッサリと切り捨てる。今のまま膠着状態を続けることに利点など何一つない。つまり、急ぎの増援を出さないという選択肢は存在しないことになる。


「しかし、あまりにも急ではありませんか? 増援を出すのはいつ頃を考えていらっしゃるのですか?」


 頭を抱えながらファーマリンキ公爵が質問するが、それには「できるだけ早くだ」という答えにしかならない。可能な限り早く準備をして、可能な限り早く出発する。それだけだ。



「そこのデォフナハの娘に行かせれば良いのではないか? 経験のない者よりも、既に実績がある者に託した方が確実だろう!」


 しばらくの沈黙の後、デュオナール公爵の口から出てきた言葉は、まさに想定していた通りのものだ。上手い言い訳を思いついたと言わんばかりに得意顔で提案するのだった。

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