190 事前の打ち合わせ
「なれと言われて国王になれるものではないと思うのですが……」
ハネシテゼは困ったように言うが、デォフハナ男爵の方は特に肯定も否定もしない。もし、不可能だと思うならば何らかの反応をするだろうが、それが全くないことが、可能であることを物語っている。
助けを求めるようにハネシテゼは視線をこちらに向けるが、私がどうにかできることでもないと思う。
「閣下の描く未来を教えてください。」
誰からも助けを得られず、半ば諦めたように「王になれ」という言葉の意図を問う。そう簡単に父の言葉が取り下げられることはなさそうだし、正面から反論するための材料が欲しいということだろうか。
「まず、話の前提としてハネシテゼ・ツァールには陞爵の話が間違いなくあるだろう。功績を考えるとティアリッテとフィエルナズサにも男爵級が授与される可能性もある。」
そんな話は聞いていない。小爵位でも辞退したいのに、男爵を授与されてしまったら今後どうしていけば良いのか分からない。
「父上、何とかなりませんか? 私たちに爵位など早すぎます。」
与えられるのはせいぜい小爵位だろうと思っていたのはフィエルも同じだ。
王太子は褒賞を与えると言っていたが、褒章のメダルくらいにしてほしいというのが私たちの本音だ。爵位なんて望んでいない。
だが、デォフハナ男爵は、ふっと軽く笑い、フィエルに視線を向けて恐ろしいことを口にする。
「そういえば、第三王子殿下はまだ婚姻相手が決まっていませんでしたね。」
「ま、待ってください! それはいくらなんでも突然すぎます!」
自分の結婚相手が第三王子だと言われて、フィエルはあからさまに狼狽える。四年生になるのだから、婚姻相手はそろそろ真面目に探さねばならないとは言われているが、まさか王子は相手として想定していなかったのだろう。
エーギノミーアは公爵家なのだから、王族は婚姻相手の候補として挙がるものではあるが、年齢を考えると第三王子につり合うのは次兄の方だ。自分の方に話が来るとは思っていなくても不思議ではない。
私も王子との結婚は全然考えていない。王太子はすでに夫人がいるし、第二王子は婚約しているので完全に対象外だ。同性である第三王子は考えるまでもない。そして第四王子は二歳年下で、今年二年生になる。あと数年すれば別だろうが、今、私の結婚相手として考えるにしては少々幼すぎる。
「もしかして、明日はそのような話もされる予定なのでしょうか?」
「ハネシテゼ・ツァールの婚姻の話がでるのは間違いないだろう。そもそも第四王子殿下は婚姻相手を探し始める年齢だ。」
第三王子の相手が未だに決まっていないことが、第四王子の婚約を急ぐ要因にもなるらしい。王子の二人がいつまでも婚約相手すら決まらないままでは色々と煩わしいことが多いというのは分からなくもない。
さらに第四王子の婚約を急ぐことで、第三王子に圧を掛けるということも考えられるらしい。
「もしかして、第四王子のお相手というのが、わたくしということでしょうか?」
ハネシテゼはとても嫌そうな顔をするが、父は「では他に誰がいる?」と聞き返す。
「同年代で其方を上回る女性がいるならば教えてほしいものだ。」
「でも、デォフナハは、たかが男爵家でございますよ?」
王族をすら上回るとも言われているハネシテゼ以上の人物などいるはずもない。生まれが男爵家ではあるが、過去に何度も陞爵を断っていることを考えると然程の問題ではないのかも知れない。
「以前、ジュミスタ・フィーマが辞退したのは侯爵であったか? 今回また陞爵の話は出るだろう。」
「私がしたことは、余った食料を送ったくらいですよ?」
それでも送っている量が尋常ではない。西方に送った騎士が一年は食べるのに困らないほどの食糧をデォフナハとエーギノミーアの二領だけで賄っているのだ。それが功績として数えられないということはないだろう。
「……どうしても陞爵を断るならそれで押し通せ。だがそうなると、ハネシテゼ・ツァールはますます逃げられぬ。」
「どういうことでございますか⁉」
デォフナハがそこまで収穫量を上げたのも、エーギノミーアが劇的に収穫量を改善したのも、元をたどればハネシテゼの齎したものだ。ついでに言うならば、私やフィエルに魔法の訓練方法や雷光の魔法を教えたのもハネシテゼであり、今回の私たちの功績は彼女がいたからこそのものだ。
「ぜんぶ、わたくしの所為にしないでくださいませ! ティアリッテ様やフィエルナズサ様の功績は、お二人が頑張ったからでございます。私の責任ではございません!」
必死で言い訳をするが、たぶん、その理屈は通用しない。ハネシテゼが道を示したことがとても大きいのだ。実際にその道を歩いたのは私たちだし、それを無視されることはないだろうが、ハネシテゼの影響が無いはずがない。
第四王子の婚約相手を決めなければならないという王族側の事情に、ハネシテゼの功績や影響力があまりにも大きいということが重なれば、出される結論は一つしかない。
「第四王子とハネシテゼ・ツァールの婚約は避けられぬ。」
「しかし、そうなると王太子殿下は反対するのではありませんか? 次期王座は明らかに遠のいてしまうように思います。」
当然出てくる疑問だが、父は「反対したところで変わらない」と断言する。
「今は王子殿下たちの発言力は相当に落ちていると考えるべきだ。第二王子殿下が長らく不在になっている影響が大きい。」
第二王子が王都に帰還したという情報は入っていない。もしかしたら今ごろ戻ってきているかもしれないが、その可能性は低いだろう。私たちと違って、王子が先触れを出さずに王都に帰ってくることなどありえない。
もし急遽の帰還があるとしたら、それは敗走してきた場合だ。万が一、そんなことが起きた場合は王族の発言力など地に落ちてしまうだろう。
そして、王子が帰って来れないというのもかなり状況が悪い。と、そこで一つの可能性に今更気付いた。
「もしかして、西方貴族は王都に来ていない、来れない可能性もあるのですか?」
「確たる情報はないが、可能性は十分にあり得る。明日、王宮に行けばはっきりするだろう。」
それはかなり大変な事態ではないだろうか。そんな状況でハネシテゼの養子や第四王子との婚約の話などするものなのか疑問に思う。
「言いたいことは分かりました。エーギノミーア公。貴方はそれを良しとするのですか?」
何を理解したのかは分からないが、デォフナハ男爵の声は非難に満ちている。だが、父も負けじと声を大にして言う。
「良いも悪いも、他にどのような道がある? ここまできたら我が子たちも巻き込まれるのだ。ならば、支援するしかなかろう。」
ハネシテゼの話をしているのだと思っていたら、私やフィエルにも関わることらしい。父の言い方だと、巻き込まれるのは確定的なようだが、一体何のことだかさっぱり分からない。いや、分かりたくない。むしろ、逃げ出してしまいたい。
「父上、話が全く見えません。巻き込まれるとは一体何にでしょうか?」
「分からぬか? 再出撃の話だ。」
当たり前だとばかりに父は言うが、私には繋がりがさっぱり分からない。フィエルも全く理解が追いついていないようで、困惑の眼差しを向けてくる。
「陛下といえども、何もなしで貴方たちに再出撃の命令を出すことはできないでしょう。当然私もミッドノーマン様も反対いたしますし、それはデォフナハも同じでしょう? ですが、ハネシテゼ・ツァールが王族の養子になれば、話は別です。」
母の説明に、思わず眩暈がする。隣国との戦局がかなり良くないことは間違いないだろう。それをそのまま放置するなんてことはありえなく、追加の対応策が求められる。
しかし、私に話が全く繋がっているように思えない。
「エーギノミーアやデォフナハは功績を上げ過ぎて他の貴族に妬まれているということではありませんでしたか? 私たちが再出撃だなんて話は、北方貴族が賛成するとは思えません。」
「ふむ、順序立てて説明せんと分からぬか。」
私の質問に父が一つひとつ説明していく。




