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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院3年生
186/593

186 激憤の国王

 怒り心頭に発する国王と王太子をなんとか宥めて話が再開したのは二分ほどしてからだった。


 王宮での報告は細かい戦術は完全に省略し、イグスエンの被害と敵の規模について話していくことになる。


「聞いた話では十八の町が滅ぼされています。わたしが直接見て確認したのはそのうち七です。ティアリッテ様とフィエルナズサ様はもういくつかの町を実際に見ているのですよね?」

「私は十二の町を見ています。そのうち二つはウンガスに占拠されていたため、かなり遠くから見ることしかできませんでしたけれど……」


 いくつもの町を見たが、どこもみな似たようなものだ。あちこちに血の跡が残り、おそらく町民のものと思われる亡骸はあちらこちらに転がっている。半ば瓦礫と化した建物も少なくない。



「それで、占拠されていたとはどういうことだ? 破壊した町で何をしていると言うのだ?」

「推測でしかありませんが、恐らく砦を築いているのではないかというのが私たちの考えでございます。」


 廃墟となった町に砦を築くのは簡単ではないだろうが、侵攻を進める側に立って考えると、拠点があった方が楽に決まっている。誰だって何十日も野営などしていたくなどないだろう。


 全ての食糧を馬車に積んだままにするより、拠点に倉を用意した方が馬車の数も少なくて済むという利点もある。


 さらに、もう一つ重要な要素として、戦いは基本的に守る方が圧倒的に有利ということがある。


「倉や休養を取る場所が必要という理由は分かる。だが、解せぬことがある。そんな酷い惨状のところに貴族が休む拠点が作れるのか? それに、守る方が有利とはどういうことだ?」


 私たちの説明に、国王が疑問を差し挟む。だが、一つ目の疑問は答えは想像はついているのだが、それを口にしたくはない。


 ハネシテゼと顔を見合わせてどう言おうかと思っていたら、フィエルがその言葉を口にした。


「先ほども申しましたように、ウンガスは魔物を引き連れてきています。それに()()()をさせているのかと推察いたします。」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかったのか国王は眉を寄せ、そして顔色を変える。


「正気か⁉ そんなことを!」

「直接それを見たわけではありませんが、最も早い方法です。占拠された町に無数の魔物がいるのは確認しています。」

「その話はもう良い。推測でしかないことをこれ以上言うのも詮なきことだ。」


 ことの真偽がどうであれ、侵攻してきたウンガス軍を撃滅することに変わりはない。話を戻して、敵の戦力規模について説明する。


「想像以上に多いな。千四百の騎士を出したのだが、その数倍とは……」

「率直に答えてくれ。ストリニウスに勝算はあるか?」

「当面は優勢に進めていくことはできるでしょうけれど、そのまま押し切れなかったらどうなるかは分かりません。」


 私たちがやって有効だった戦術は全て伝えてある。変な意地を張ったりせず勝ちにいけば、ある程度は上手くいくはずだ。


 問題は、ウンガスがどこまで対応してくるかということである。敵の数が多いだけに、一気に殲滅するのは簡単なことではない。戦いを何度も重ねれば、敵もどう作戦を立てれば良いのかを学習するだろう。


「それで、押し切れると思うか?」

「恐らく無理です。どんなに作戦を練っても、想定外のことは起こります。敵だって策を講じることもなく呆けているわけではありません。」


 国王の質問に長期戦と化すだろうという予測を答える。さらに「何とかする方法はないか?」と王太子は訊いてくるが、そんな妙案があるなら最初から提言している。


 だが、私たちは大人数の騎士の運用については全く経験がないし、どのような作戦が効率的なのかも分かっていない。私にできるのは少人数での奇襲だけだ。




 一通りの報告が終わると、お茶を飲んで渇いた喉を潤し、そっと一息吐く。まだ国王の面前ではあるが、先ほどまでの威圧感はない。難しい顔をして何やら考え込んでいるが、質問がなければこれで終わりだろう。


「話は変わるが、其方(そなた)ら今後はどうするのだ?」

「どうと言われましても領地に帰ってお仕事に励むつもりですけれど。」


 王太子が何を聞きたいのかがよく分からないが、帰れば大量の仕事が待っているはずだ。戦いが長引くならば食糧の供給は重要な課題になるはずだし、収穫を上げるために頑張らなければならないだろう。


 そう説明するも、何故か王太子は難しい顔をして指先で叩きながら話を聞いている。一体どこに不機嫌になる要素があるのか全く分からない。何も変なことは言っていないはずだし、無礼な態度になっていたわけでもないはずだ。


「エーギノミーアにデォフナハか……。もう少し何とかならぬものか? 食料の供給は非常に助かる。だが、あれはやりすぎだ。他の貴族との釣り合いが取れぬ。」

「エーギノミーアは知りませんが、デォフナハでは余った食料がとても邪魔なので、母はこの際に在庫を一掃するつもりでいるようです。」


 別に恩を売るとか功績を上げるとかではなく、溢れかえって邪魔な食料を王都に送りつけているだけだと言われたら国王も王太子も唖然とするしかない。


「念のために確認しておきたいのだが、その余っている食料とはどの程度の量があるのだ?」

「お城の部屋を潰している分だけで、馬車にして百台ほどでしょうか。もしかしたらもう少しあるかも知れません。」


 その数を聞いて私とフィエルは揃って頭を抱える。馬の餌にすれば別だが、その全てを騎士が食べるのだとしたら、千人いても半年は持つほどだ。そんな量がデォフナハの城には余っているというのだから呆れるほかない。


 エーギノミーアからも四十台ほどの馬車を出しているというし、前線に送る食糧は問題なさそうである。


「問題大ありだ、多すぎる。」


 私が独り言のように漏らした言葉に、王太子が苦言を呈する。しかし、そこにハネシテゼがすかさず反論した。


「あら、騎士を多く出している領は生産量が落ちることが予想されますから、その補填用として確保しておいても良いのではありませんか? 民が飢えるような事態は避けるべきかと思います。」


 騎士を対ウンガスに送りだせば、その分だけ魔物退治が(おろそ)かになる。それを怠慢とするのも酷い話で、その結果としてどうしても食料が足りなくなる地域があれば、そこに持っていけば良いだろう。


「そう簡単に言ってくれるな。どれだけ調整が面倒だと思う?」

「諸悪の根源はウンガスの王侯貴族ではありませんか。形は色々あるでしょうが、大変な思いをしているのは皆一緒です。わたしたちが悪いかのように言われましても、聞き入れることはできません。」


 相手が王太子でも国王でも、ハネシテゼは自分の主張をする。不興を買ってしまうことを全く恐れないのが彼女らしいが、こちらは気が気ではないためもう少し控えめにして欲しい。


 だが、王太子は疲れたように息を大きく吐きながらもこちらの意を汲んでくれた。


「非はウンガスにあるという其方(そなた)の言い分は確かに間違ってはないな。学生の身でありながら最前線への遠征、ご苦労であった。」

「そういえば(ねぎら)いがまだであったな。今回の件、誠に大儀であった。褒賞は情勢が落ち着いてからになろうが、必ず取らせよう。」

「有り難き幸せにございます。」


 本心を言うと褒賞なんて別に欲しくもないのだが、それを口にするわけにはいかない。来年には私も爵位を持ってしまうのかと思うと憂鬱である。



 話を終えて部屋を辞するとハネシテゼがぽつりと呟いた。


「大変なことになってしまいました。」

「どうしたのです?」

「また陞爵(しょうしゃく)したら、わたくし、次は男爵になってしまいます。」


 一体何のことだかわからなかったが、デォフナハはもともと男爵家だ。もしハネシテゼが男爵になってしまったら、デォフナハの家督を継ぐことはできず、新しい男爵家の初代として別に地を治めるか上位貴族の下に就くことになる。


 ハネシテゼとしては、いずれデォフナハを治めるつもりでいるし、それ以外の未来は望んでいないらしい。その気持ちは分からなくもない。私はいずれ結婚して家を出る可能性が高いが、エーギノミーアから離れたいと思っているわけではない。


「褒章のメダルだけで許してくれればいいのだがな。それ以上は面倒の方が多い。」

「まったくです……」


 肩を落として廊下を歩き、城のエントランスでハネシテゼと別れる。学院の寮から登城していたときは同じ馬車で移動していたが、エーギノミーアとデォフナハでは王都の私邸は結構離れている。


 それぞれの馬車に乗り、邸への帰路についた。

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