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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院3年生
179/593

179 そして領都へ

 騎士団に合流した私たちは、フュゼーラとバッテオの町の状況を報告し、一度、領都に戻ることになる。バッテオの町から北へと向かうミュレキ街道は、一度撃退したとはいえ、現在は無防備な状態になっている。この隙に攻め上がられても面倒だし、何らかの対策は必要だろう。


 フュゼーラを前に足止めを食っていた騎士たちも、ウンガス軍がフュゼーラまできているだけではなく、バッテオに砦を築こうとしているというのは予想外だったようで、王都からの増援と共に作戦行動を取らなければ攻略は難しいと考えているようだ。



 一晩休んだら、二人の騎士と共に街道を北へと向かう。途中で三つの町を経由していくが、全て滅ぼされているので食料の補給はできないし、碌に休むこともできない。


 二日で一気に踏破する意気込みで出発したが、その日の夜に着いたホボセラの町には、かなりの規模の部隊が駐留していた。


「あれは王都からの援軍か?」

「恐らくそうだと思います。ウンガスとするには動きが早すぎます。」


 バッテオの町からミュレキ街道を北上し、途中で東への街道に折れてホボセラまで来るのはかなりの大回りになるはずだ。馬車を牽いて私たちより速く移動できるとは考えづらい。



「何者だ! 止まれ!」


 慎重に身構えながら近づいていけば、かなり離れたところから止まるように言われる。暗がりの中を近づいてくる者を警戒するのは当然だろう。向こう側も私たちが敵なのか分からないのだ。


「私はフィエルナズサ・エーギノミーアだ。それにティアリッテ・エーギノミーアと護衛の騎士四人、通していただきたい。」


 フィエルが大声で名乗りを上げると、「少々待たれよ」と騎士の一人が奥へと走っていく。そして十数人の騎士とともにやってきたのは第二王子ストリニウスだった。


「顔を見せよ。エーギノミーアならば隠さず見せられるはずだ。」


 言われて私たちは周囲に小さな火の玉をいくつも浮かべる。火の光に照らされた私たちの姿を見て、第二王子は安心したように肩を下げて馬の向きを反転させる。


「エーギノミーアの二人で間違いないようだな。話が聞きたい、ついてきてくれ。」


 そう言うと、王子は返事も待たずに歩きだす。速歩(はやあし)で追いつき、ついていくと大きな天幕の前で王子が止まる。どうやらそこが会議用の天幕のようで、馬を下りて王子とともに中に入る。


 天幕の中は灯火がいくつも置かれ、中央にはそれほど大きくない円卓に椅子が七脚置かれている。こんな場合はどこに座れば良いのか分からないが、王子が座った対面の辺りに座れば大丈夫だろう。



「さて、敵の状況がどうなっているのか、知っている限り説明してもらいたい。」


 席に着くと王子はそう言うが、一口に敵の状況といってもどこから説明すればいいのか分からない。


「殿下、地図はございますか? 口頭だけでの説明では伝わりづらいかと思いますが。」


 戸惑いながらフィエルがそう言うと、横に控えていた騎士が天幕の隅の木箱からさっと地図を取り出して卓の上に広げる。


 地図は今までにも何度か見たことがあるものによく似ているイグスエン領地全体のものだ。中央に領都があり、そこから四本の街道が伸びている。


 その一本を南へ辿っていくとサラネタの町。そこから二股に分かれた南西側に進むと現在地のホボセラだ。


「現在地の認識は間違っていませんよね?」

「うむ。私もここはホボセラの認識だ。」


 現在地の認識がズレていたら、話が全く通じなくなる。最初に確認すると、王子も後ろに控えている者たちも「間違いない」と首肯する。


「ここから南にいくとデネア、ここは廃墟で今は誰もいません。そこから西にフュゼーラ、こちらは現在ウンガスに占拠されています。その少し手前に我が方の騎士団がいましたが、攻めあぐねているという状況です。」


 さらに西のバッテオでは敵が拠点を築きつつあり、こちらも攻め落とすのは一筋縄ではいかないだろう。


「待て。ウンガスは一体どれほどの軍を率いてきているのだ? 先の戦いでは勝利し、いくつかの隊を滅ぼしたと聞いたのだが一体どういうことだ?」

「先の戦いについてどういう報告を受けたのかは存じませんが、フュゼーラには騎士と兵あわせて五千ほど、バッテオは現在一万ほどがいるはずです。」

「莫迦な。ウンガスは一体何を考えているのだ!」


 第二王子は大きな声を出すが、怒りは私たちではなくウンガスの騎士たちにぶつけてほしい。


「既に聞いているかも知れませんが、どうやらウンガスの貴族や王族は随分と頭に乗った愚か者たちの集まりのようです。」

「ハネシテゼ・ツァールからも聞いている。不愉快なことに我々バランキル王族が能無しだと息巻いているそうだな。しかし、思っていた以上の愚かさだ。」


 私たちが今までに倒してきた敵の数は、騎士だけでも数千になる。さらに、フュゼーラ、バッテオに駐留している騎士の数を考えると、ウンガスの騎士の半分以上が侵攻にきているのではないかと思う。


 はっきり言って異常事態だ。エーギノミーアの騎士が半分もいなくなったら、魔物退治だって(まま)ならないだろう。



「それはともかくとして、こちらのミュレキ街道に向かっている隊はございますか? こちらが今、一番弱いところかと思いますが。」

「戦闘を行わせる部隊は向かわせていないな。そちらは素通りできるということか?」

「若干の障害物はありますが、足止めの効果としては弱いかと思います。できれば、ここの隊はこちらから西に回り込んで欲しいと思います。」


 一度、大きく北へ回らなければならないので遠回りになるが、ミュレキ街道を北上していけば、イグスエンの北西部にまで進んでいける。偵察程度ならばともかく、本気で侵攻部隊が進んだら北西部まで潰滅してしまいかねない。


「いや、我々はまずこのフュゼーラにいる敵を叩く。ミュレキ街道には罠を張って待ち構える程度で良い。其方(そなた)らも僅かな手勢で数百の敵を叩き潰したのだろう?」


 地形を活かした策を練れば、そう簡単には突破されない。上手くやれば、一方的に敵を叩くことすら可能だ。余程の差がない限り、数よりも策の方が勝敗において重要だということは、ハネシテゼが実際にやって証明している。


 王子は何も手を打たないとは言っていない。五十ほどの騎士を向かわせるという案に、私たちが断固と反対する意味はない。覚えている限りの地形を伝えて、作戦の参考にしてもらうだけだ。



 王子への報告が終わると、私たちは別の天幕へと案内された。そこには食事が用意されていて、数人の騎士が食事の最中だった。


「こんな時間にまで食事が用意されているのですか?」

「見張りや哨戒をしている間は食べられませんからね。帰ってきた者がすぐに食べられるように用意してあります。」


 体力の回復は可能な限り早くするべきだという方針でそうなっているらしい。私たちもありがたくパンとシチューをいただくことにする。


 その後は小さな天幕に入って朝までぐっすり眠ることになる。正直言うとあの白い獣(もふもふ)と一緒に寝る方が温かいし寝心地もよかったのだが、それを口にするわけにはいかない。



 翌朝は王宮騎士団の手伝いをする。といっても、私たちの腕力で役に立てる力仕事などないので、いつも通りに食事の準備である。鍋に湯を沸かしたり、馬の餌や水を並べるのは随分と慣れた。


 天幕を片付けながら、騎士たちは順番に食事を摂っていく。自分の食事を済ませて、空になった餌桶を回収していけば私たちの役目も終わりだ。二人の騎士とともに北東へと向かい街道へと進みだす。


 急げば夜には領都に着くはずだが、閉門までには到着できない見込みだ。夏の日が長い時季ならばともかく、町二つ分の距離はどう頑張っても日が暮れてしまう。


 途中で野営をして、翌日の昼過ぎに領都に入った。


 想像はしていたが、領主城に着くと、すぐにイグスエン侯爵に報告を求められた。


 服も薄汚れているし、一週間も山を歩き回っていれば身形は酷いことになっている。このままでは失礼でないかと思うくらいだ。何よりゆっくり休ませて欲しいとは思うのだが、城の使用人は「こちらでポールエイド様がお待ちです」とお構いなしである。


 侯爵も新しい情報を心待ちにしていたのだろうと諦めるしかない、報告を終えたら休ませてもらおう。


 第二王子にしたのと同じ報告をイグスエン侯爵にもして、ついでに湯浴みをして休みたいと訴えると、侯爵は苦笑しながら準備させると言ってくれた。

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