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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院3年生
173/593

173 平民と貴族

「仲間とともに、速やかにウンガス王国へ帰ること。それがあなたたちを見逃す条件です。」


 ハネシテゼの言葉は実に寛大だが、ウンガス兵たちは絶望したように視線を地に落とす。


「そりゃあ、無理だ。食い物もねえんだ、帰れっこねえ……」

「引いてきた馬車に食べ物は積んでいないのですか? わたしは貴族まで赦すつもりはありませんから、馬車も持って帰れば良いんですよ。」


 それで本当に食料が足りるかは分からないが、そこまでこちらで責任を持つ必要もない。しかし、ウンガス兵は希望が持てる内容だったようで、揃って跪いて礼を述べ始める。


「礼は不要です。それより、急いだ方が良いですよ。馬車まで体力が持たなければ、帰ることもできなくなってしまうでしょう。」


 ハネシテゼに急かされて、兵士たちは立ちあがると街道を西へと歩いていった。

 それを見送ってから、私たちは東へ向かう。どこにウンガス兵がいるのか分からない以上、東側も見ていくしかない。



 結果として三十人ほど見つけ、同じように赦してやるからウンガスへ帰れと言うと、割と素直に彼らは従う。恐らく、貴族には逆らえないという精神が身に染みついているのだろう。


 これ以上先にはいないだろう、というところまで街道を東に行くと、折り返して再び西へと向かう。途中でウンガスの兵たちを追い越し、投降と帰還を呼びかけながら道を進んでいけば、森の中に隠れていた者たちが次々に姿を見せる。


「そなたら、死にたくなければウンガスに帰るが良い。」

「今ならば攻め入ってきたことは見逃してやる。逆らうならば容赦はせぬぞ!」


 フィエルやジョノミディスが脅すように言うと、ウンガス兵は戸惑った様子を見せながらも、揃って道に足を踏み出す。彼らの表情に力はなく、うつろな目をしている者もいるが、それでも手足を動かして道を引き返していく。



 東西に走る街道を西に突き当たるとミュレキ街道に出る。それを南に折れて進んでいけば、昨日、巨大弓で攻撃した辺りに出る。


「毒を放ったんですよね? この道を進んで大丈夫なのですか?」

「解毒中和薬も持ってきていますから大丈夫ですよ。」


 馬車にはまだいくつかの壺が残っており、それを撒きながら進めば大丈夫だと言う。なんだか少し不安があるが、ならば布で顔を覆っておけば良いと呆れたように言われてしまった。


 人が倒れているのが見える所まで着くと、馬を止めて馬車から薬の壺を取り出す。風魔法に乗せて粉末の薬を周辺に撒き散らし、さらに水を撒いておけば毒は消せるという。


「もしかして、あれ、生きていませんか?」

「そのようだな。止めを刺してやるか。」

「待ってください。貴族が生きているならば好都合です。」


 微かに魔力を感じたような気がして聞いてみると、フィエルも感じると言う。だが、ハネシテゼはまたしても殺すのを止めに入った。


「貴族ならば、侵攻の目的を知っているかもしれません。処刑は聞きだしてからです。」


 侵攻してきた貴族は赦すつもりはない。彼らは意見を言うことすら許されない平民とは違うはずだ。命令されて仕方なく、などという言い分を認めるつもりはない。


 念のために腕輪を外し、短剣も奪ってから顔に水をかけてやる。それでも目を覚ます様子がないので、解毒薬を口に注ぎ込むと、咳き込んだ後に意識を取り戻した。


「ウンガス貴族だな? 私はジョノミディス・ブェレンザッハ。其方(そなた)の名は?」


 ジョノミディスがウンガス騎士の正面から尋ねる。状況が分かっていないのか彼は左右を見回し、さらに視線をあちこちに巡らせ、そして自分の腕輪がないことに気付く。


「其方らはバランキル貴族か? 私をどうするつもりだ?」

「侵攻してきた貴族はすべて処刑対象です。残念だが、其方が助かる道はもう残されていない。」

「……そうだろうな。できれば一思いにやってくれ。」


 思ったよりも潔く騎士は頭を下げる。だが、ただ殺すだけならば、一々目覚めさせる必要などないのだ。


「その前に聞きたいことがあります。あなたたちの目的は何ですか? どんな理由があってバランキル王国に進行して無辜の民を虐殺などするのですか?」


 ハネシテゼの質問に、ウンガスの騎士は沈黙する。少なくとも、これは知らないという反応ではないだろう。


「ウンガスの王族はバランキルを滅ぼすつもりだ。魔物を従えて攻め込めば必ず勝てると今でも息巻いているのだろう……。実際に来てみればこの(ざま)だ。先に来た連中もみんな敗けてしまったのだろう?」

「そうですね。あの程度の魔物をいくら集めても、私たちに勝てるはずがありません。」


 ハネシテゼが答えると、騎士はすべて諦めたように瞑目する。


「あなたは魔物を従えることができるのですか?」

「私は伯爵だ。そのような秘法など授けては頂けぬ。」

「では、これが最後です。あなたの名前は?」

「ジェイセジン・ノノム・ヴィノデイラだ。」


 その言葉を最後に、彼の身体は地に倒れ込む。ハネシテゼの放った雷光は苦痛を感じる間もなく死へと誘っただろう。ヴィノデイラ伯爵の顔は、驚くほど安らかだった。




「ヴィノデイラ伯爵の名を聞いたことがありますか?」


 ハネシテゼは私たちを見回しながら聞く。私は全く聞いたことがないし、フィエルも同じだろう。ジョノミディスもゆっくりと首を横に振った。それで何を知りたかったのかは分からないが、ハネシテゼはヴィノデイラ伯爵の身体を仰向けにすると、上着の中に手を入れて何かを探す。


「やはり、持っていましたか。本当に伯爵家当主なのですね。」


 ハネシテゼが取り出したのは魔法の杖だ。私たちの持つような紛い物ではない、本物の杖である。


「これはジョノミディス様がお持ちください。」

「何故、僕なのだ?」

「この地ではジョノミディス様を立てる必要があるからです。」


 あまりにも端的で簡潔な理由だが、そう言われたらジョノミディスも拒否ができない。このイグスエンでは、エーギノミーア家やデォフナハ家は馴染みがなさすぎる。


 イグスエン貴族に取って、どこか遠いところの貴族であるエーギノミーアと、普段から世話になっているブェレンザッハが同列であるはずがない。


 私たちの間ではいくら納得していることでも、ジョノミディスが蔑ろにされているように感じれば不愉快に思うだろう。イグスエン貴族との仲を保つためには、ジョノミディスを立てておいた方が楽だろうということである。


 苦笑しながらもジョノミディスは杖を受け取って懐に仕舞いこむ。



「倒れている騎士の武器を回収して馬車に積み込んでください。」


 騎士が武器一つもっていないなんてことはない。剣や槍、弓矢など複数の武器を携行しているものだ。いつ、奇襲を受けるかも分からないのだから、武器を馬車に積んで移動するなど選択肢にあるはずがない。


 道のそこら中に人や馬が倒れているため、道はとても進みづらい。毒を撒いた都合上、爆炎で吹き飛ばしていくのはやめた方が良いらしく、頑張って亡骸を道の横に退かしていくしかない。


 兵士たちも頑張ってはいるのだが、どうしても進みは遅くなる。馬車がなければもうちょっと速く進めるのだろうが、食料を積んだ馬車を置いて行くわけにはいかない。


 そうこうしているうちに、イグスエン兵が追いついてきて、彼らにも頑張ってもらうことになる。空腹に耐えながらであるために動きが鈍いが、そこに不服を言ってもなにも改善はしない。私たちも一つずつ頑張って引き摺り、転がして退かしていくしかない。



 亡骸の連なる道をようやく抜けると、私たちは道を急ぐ。退いていったウンガス軍の足取りを掴まなければならないのだ。敵がどこにいるのかも分からなくては、私たちの野営場所も決められない。



 小休止を何度かとり道を南へと急いでいると、山の向こう側に煙の筋が何本か夕陽に照らされているのが見えた。


「あの位置なら、私たちもこの辺りで休みましょうか。」

「いえ、すこし戻ります。ここらでは格好の夜襲の的ですよ。」


 ハネシテゼの前提は、私たちも既に敵に見つかっているとしている。今から偵察が本体に伝えに行って、奇襲の判断を下して出撃した場合、この辺りでは容易に場所を特定できてしまうと言う。


 さらに伏兵を配置するのに適した場所を指し「あそこで野営にしましょう」と言うのだ。


「敵がいる可能性が高いのでは?」

「本当にいれば倒せば良いだけです。」


 伏兵は敵の裏をかき、虚を衝いてこそ効果を発揮するのだとハネシテゼは説明する。そして、道を戻ると途中で森へと入り、そこから少し小高く盛り上がった山を目指す。


 陽が沈みかけて薄暗くなってくる中を急いで進むが、山の裏側に着くころには陽は落ちてしまった。明かりを点けると敵に見つかりやすくなってしまうが、それを逆手にとって敵の有無を判別することもできる。


 数十歩先に小さな火を複数飛ばし、木々の間を縫って進めてやる。敵兵が近くにいればそれで釣られるはずだ。


「反応が無いですね。」

「誰もいないみたいですね。」


 緊張して待ち構えていたのに拍子抜けである。こんなところで敵に遭遇しない方が楽ではあるが、読みが外れたことになんとなく腹の虫の居所が悪い。

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