166 魔物の山
裏切者と聞いて、小領主ムーピヴァムは顔色を変える。
「ご相談なのですが、罪人を領都まで押送していただけないでしょうか?」
「お待ちください。罪状が分からなければ是とも否とも申せませぬ。裏切りとは具体的にどのようなことを?」
どのような対応が必要かも分からなければ返事のしようもないというのは当たり前といえばそうだろう。
与えられた役割を放棄して騎士たちを連れて領都を離れ、その騎士たちを無駄に死に追いやってイグスエン領を危機的な状況に陥れたというのは決して軽い罪ではないはずだ。
ハネシテゼの説明にムーピヴァムも頭を抱えるが、私たちの後ろに控えている三人は黙って項垂れたままだ。
「何か訂正したいことはございますか?」
声をかけて聞いてみるが、三人とも首を横に振る。言いたいことはありそうな表情なのだが、小領主に陳述することでもない内容なのだろう。
「事情は分かりました。責任をもって領都まで押送いたしましょう。」
そう言ってくれて私たちもほっと一息つく。彼らを連れてまわらなければならないとしたら、移動速度が落ちる上に体力の消耗が激しすぎるのだ。
その後、食事の提供を受けつつ、大ざっぱな被害状況や領都の現状、それに現在の体制に付いて説明する。ブェレンザッハ公爵がまだイグスエンに駐留しているし、まだ平時に戻ったとは言い難いのだ。
ムーピヴァム周辺の魔物の状況についての話も聞きたかったのだが、あまりにも眠たくて、それは翌朝にまわすことにした。
やはり朝食をとりながら話を聞いていると、随分と魔物の数が多そうである。
「それだけ報告があって、こちらの騎士だけで対応できるのですか?」
「もともと、西の山は魔物の巣窟と言われておりまして、毎年この状況なのです。」
この山脈を越えることができないと言われているのは、魔物も理由の一つらしい。基本的には山から下りてきた魔物を退治するものであって、魔物退治のために山へ入っていくこともないという。
「片っ端から退治していった方が良いのではありませんか?」
「優先順位としては厳しいですね。魔物の数は減らすに越したことはないのですが、脅威が迫っているところを無視するわけにもいきません。」
どう考えても人が足りていないのだが、食料生産が少なすぎて人口を増やしていくこともままならないのだと言われたら頭を抱えるしかない。
「では、今すぐ呼び集められるだけ、貴族の子どもを集めてください。収穫向上のために必要なことをお教えします。」
大勢が集まるのを待つつもりはない。邸の前庭で魔力を軽く撒いてみせ、集まった者たちにもやらせる。短時間で教えられるのはそれだけだが、今からでも畑に魔力を撒けば収穫は良くなるはずだ。
私たちが教えるのは数人だけだが、あとはそこから広めていけば良い。
「魔力を農民や馬にぶつけると、死んでしまう可能性があるので、魔力を撒く際は十分に注意してください。それと、畑の魔力が濃くなりすぎると、周辺の山から魔物が集まってきますので、決してやりすぎないようにしてください。」
注意事項を与えてやれば、それ以上は自分たちで頑張ってもらうしかない。手取り足取り教えている時間はないし、ディグニオたちのように私たちに同行するだけの騎士の余裕もないというのだ。
手本を見せるということで、町を出ると盛大に畑に魔力を撒き散らしながら北への道を進んでいく。このあたりは左右の森はかなり濃く、魔物の気配も数多く感じられる。そして、魔力を撒いてもいないのに私たちの前に姿を見せる魔物も少なくない。
「魔物の数が多すぎませんか? 普通、山の道にはこれほど出るものなのですか? イグスエンに来る途中ではそんなにいなかったように思いますが……」
「いえ、これはどう考えても多いですよ。道を歩いているだけで何度も襲われるなんて初めてです。」
うんざりする程の魔物の数に、ハネシテゼも少々面倒そうに首を振る。少々話し合った結果、魔物退治がしやすそうな場所があったらまとめて狩り尽くしてやろうということになった。
街道にまで中型の魔物が出てくるならば、商人だって通ることができないだろう。それは十分に脅威と言えるはずだし、完全に無視していくことが私たちの役目に適っているとも思えなかった。
少しひらけたところを見つけ、試しに魔力を撒いてみると周囲の森全てから魔物が押し寄せてきた。
「何だこれは⁉」
「言ったでしょう? 魔力が濃いと魔物が集まってくるのです。私たちが全部狩り尽くしますから、そこで動かずに見ていなさい!」
数えるのも面倒なほどの魔物の出現に、悲鳴を上げたのはジョズニオとメリルニオだけではない。ディグニオも慌てふためきながら魔法を撒き散らすが、余計なことをする必要はない。
出てくる魔物は、魔虫が多い。特に巨大な蜘蛛やムカデが群れで行動しているようで、数十の魔虫が塊りになって森から飛び出てくる。
いずれにしても雷光の魔法で簡単に退治できるのだが、本当に数が多いのだ。かつてないほど、と言いたいところだが私とフィエルはこれを越える魔物の大集団を退治したことがある。
魔物の死体は、数分もせずに堆く積み上がる。それに火を放って焼いている側から別の死体の山が出来上がっていくのは呆れるしかない。とにかく私は魔物に向けて雷光を撒き散らすだけだ。
何時になったらこれが終わるのか少々不安になりもしたが、一時間半ほどで周辺の魔物の気配はなくなった。
「森に燃え広がらないよう水を撒くのを手伝っていただけますか?」
「わかりました!」
魔物の死体の山が十も出来上がっているのだ。火魔法を重ねていって焼却を進めていきたいが、周辺への延焼が心配される。ディグニオたちが周りに水を撒いてくれると随分と助かるというものだ。
彼らも、ようやく自分たちにできることを指示されたのが嬉しかったのか、張り切って森に向けて水の玉を投げていく。
そして私とハネシテゼは競うように火柱を立てる。フィエルには同時に二つの火柱を立てることはできない。水魔法を使えば私よりフィエルの方が上なのは明らかだが、火魔法は私の方が得意なのだ。
気合いを入れて魔物の死体を焼くが、少々時間が掛かりすぎだ。完全に灰にしていたのでは次の町に着く前に日が暮れてしまうだろう。
「もう良いのではありませんか? 大部分は灰か炭になっていますよね?」
「そうだな。あまり、これに時間をかけてもいられないからな。」
煙の色も変わってきたし、そろそろ切り上げても良いのではないかと相談すると、フィエルも同意し、ハネシテゼは炎の槍を死体の山に撃ち込む。
魔法を受けた死体の山は大きく形を崩し、大量の灰と火の粉が舞い上がる。
「大丈夫そうですね。では火を消してしまいましょう。」
ハネシテゼもそう言って頷き、周囲に水を撒く。岩や砂が広がっているところならば燃え尽きるまで放っておいても良いのだが、森のすぐ側で火をそのまま放置していくわけにはいかない。
周囲が水浸しになるくらいに念入りに水を撒いて火を消してから再び北へと向かう。
大量に魔物を狩り尽くしたからか、二時間ほどは魔物が襲ってくることはなかったが、それ以降は街道にまで魔物が徘徊するような状態だ。
「どうします? これ。」
「目の前に出てきたものだけ退治していきましょう。」
「退治すると、焼却処分に時間が掛かりすぎませんか?」
「……仕方がありません、炎雷を使いましょう。」
確かにあの程度の魔物ならば、炎雷の魔法の一発で灰と化すだろう。これ以上、叱られるような案件は増やしたくないのだが、背に腹はかえられない。これ以上、行程を遅らせるわけにもいかないし、魔物を放置するわけにもいかないのだ。
見つけた魔物は片っ端から退治しながら道を進み、太陽が西に傾いてきたころに次の町に到着した。




