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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院3年生
165/593

165 旅の道連れ

 同行する騎士はディグニオという若手の男に、彼の弟のジョズニオとメリルニオということで決定した。もう一人か二人いても構わないが、無理に増やす必要もない。


 ならばもう報告も会議も終わりである。あとは食事に湯浴みを済ませて、ゆっくり寝るだけだ。


 翌日は太陽が昇ってくるとともに町を出る、というわけにはいかない。さすがに夜になってから旅の準備を始めて、日の出での出発は無理がある。


 私たちも朝食後に食料や馬の飼料を分けてもらい、自分たちの準備を終えたら私とフィエルは騎士たちに魔力操作の訓練を教えながら時間を潰す。


 全員あわせても六人と少人数なので、道中は全員が各町の小領主(バェル)邸に宿泊できる想定なので準備するものはそう多くはない。同行者にとっても思いがけない予定変更だとは思うが、昼までは掛からないはずである。


 ハネシテゼはといえば、町に出て領都に角を届けてくれるものを探しに行った。魔物の角を一々持ち歩きたくないし、商人たちも移動できるうちに移動するよう言っておかないと、必要な商流が途絶えてしまうということらしい。



 全員が揃った時には、陽はかなりの高さにまで登っていた。話を聞く限りでは夜までには次の町に着くだろうが、できるだけ急いだ方が良いだろう。


「それでは、わたしたちはこれで失礼いたします。」

「お気を付けてくださいませ。」


 別れの挨拶はとても簡潔だ。ここであまり長々やっていると、本当に日が暮れてしまう。


 北西へと伸びる街道を進み山の中を歩いていると、三時間ほどで三叉路へと着く。私は街道が交差するところには町があるものだと思っていたのだが、ここには町なんてどこにも見当たらない。


 右手側、つまり北へ向かう針葉樹の森の道を行けば良いはずなのだが、南側に想定外の気配があった。


「これは、魔物? ではないですよね?」

「ウンガスの残党でしょうか?」

「呼びかけてみましょう。」


 敵である可能性が高いが、もしかしたら破壊された町から逃げ延びてきたイグスエンの騎士や小領主(バェル)であるかもしれない。何の確認もせずに、攻撃を叩き込むのはかなり問題がある。


「そこに隠れている者、名を名乗りなさい。私はハネシテゼ・ツァール・デォフナハ。下賎なウンガスの蛮族は退治して差し上げます。」

「待て! 私はミシェグリンだ!」


 大声で誰何(すいか)してみると、意外なことに返事があった。だが、ミシェグリンと言われても誰なのかわからない。私たちが首を傾げているとディグニオが「ミシェグリン様といえばイグスエン侯爵家の方ですよ」と教えてくれた。


 そういえば、守るべき城を空けて出て行った者がいたと聞いている。とうに命を落としているものと思っていたが、無事かは分からないが生きていたのか。


「イグスエンの者なら、どうして出てこないのですか? 姿を見せなさい。それとも怪我で動けないのですか?」

「其方らが(ウンガス)ではないという保証がどこにある? 誰とも知れぬ物の前に出ていくなど自殺行為ではないか!」

「では今すぐ死になさい。」


 ハネシテゼはそのような無意味なやり取りを極端に嫌う。話は終わりだとばかりに杖を振り、弧を描くようにいくつかの火球を崖の向こう側まで飛ばす。


 いきなりの攻撃に悲鳴を上げて、四人が崖の陰から飛び出てくる。本気で殺すための攻撃ではなかっただろうが、避けきることはできなかったのか服からは煙が白い筋を伸ばしている。


「何をするか!」

「わたしは姿を見せなさいと言っているのです。従えない者は殺します。当たり前でしょう?」


 私たちだって、敵を警戒する。負傷が酷くて簡単に動けないというわけでもないのに隠れて出てこないのは、攻撃の機会を狙っていると判断せざるをえない。


 ディグニオは「落ち着いてください!」と慌てて私たちの前に立つが、その行為こそ諫めなければならない。


「下がれ、ディグニオ。思いだしたが、ミシェグリンといえば裏切りの疑いもある者の名だ。」

「そうですね。領主一族の責務を棄てた者をそう簡単に信用するわけにはいきません。」


 フィエルも私も、もちろんハネシテゼも領主一族(ミシェグリン)を名乗る者たちを前に警戒を解くことはしない。


「私が裏切り者だと? そう言う其方(そなた)らこそ何者だ!」


 なにやら憤慨したようにミシェグリンが叫ぶが、あの男は今のイグスエンの状況が分かっていないのだろうか。


「私はフィエルナズサ・エーギノミーア。こちらはティアリッテ・エーギノミーアだ。城を、領都を守るという重大な役割を放棄して、どこで何をしていたと言うのだ? 裏切者ではないと言うならば説明できるはずだ。」

「ウンガスが攻めてきたのだ、窮地にある小領主(バェル)を助けに行くに決まっているではないか!」


 フィエルの問いに返ってきた答えは呆れてしまうものであった。領主一族の責務とはそのように軽いものではないのだ。


「実に下らないですね。それはあなたの仕事ではないでしょう? それで、助けた小領主(バェル)はどこにいるのです? 後ろの三人がそうなのですか?」


 領主一族の行動には、常に結果が求められる。成人している上に、領主代行を任されているならば尚更だ。


 城を空にしてでも小領主(バェル)を助けに行ったのならば、無事に助け出さなければならない。しかし、彼の後ろの三人はどう見ても普通の騎士だ。数日間、山の中を彷徨(さまよ)っていたことを加味しても、小領主(バェル)という風格ではない。


「わたしはあなたを領主一族として、貴族として認めません。魔法の杖と、腕輪を差し出しなさい。そうすれば今すぐ殺すのは赦してあげますし、食べ物も分けてあげます。」


 ハネシテゼがそう言い放つと、ミシェグリンは呆けたように口をぽかんと開ける。私はその判断は妥当だと思うし、フィエルも「早くしろ」と杖を構えていることから考えは同じなのだろう。


 私も杖を向けると、ミシェグリンは怒りの籠った目で睨んでくるが、後ろの騎士たちは諦めたように膝をつき、杖を地に置いて腕輪を外す。


 それを見て何を逆上したのか、ミシェグリンは叫びを上げて杖を振り上げる。だが、彼が魔法を放つよりも先にフィエルの水の玉が直撃し、後方に吹き飛んだ挙句に地面に地面に転がる結果となった。


「殺さなかったのですね。」

「……後で説明するのが面倒だ。」


 ここで彼の息の根を止めたら、あとでその詳細について報告する必要はあるだろう。彼が城を出てからの詳細も聞いていないし、面倒なのは確かだ。


 転がるミシェグリンの手から杖と腕輪を取り上げ、さらに縄で両手を縛り上げる。


 騎士たちにはパンを一つずつ与え、食べたらすぐに出発だ。ただし、彼らは馬がないので、ハネシテゼとフィエル、そしてジョズニオの馬を貸してやる。


 ハネシテゼはディグニオと、フィエルは私と、そしてジョズニオとメリルニオが二人乗りすれば何とかならなくもない。

 尚、意識の無いミシェグリンは荷物のように括りつけてやる。貴族として扱ってやる必要もないし、それで十分だろう。


 長時間の二人乗りは酷く疲れるが、大人の騎士を二人乗りさせると馬の負担が大きすぎる。道を急ぐためには子どもが二人乗りするしかないのだ。




 道中でミシェグリンが目を覚まし、喚き散らすがそんなのに一々構ってもいられない。休憩の度に積み替えて進み、ムーピヴァムの町に着いたのは日没間際だった。


「このような時間に申し訳ございません。わたしたちは領都より魔物退治の任を帯びて北西部をまわっているのですが、この辺りのことを聞かせてほしいのです。」


 イグスエン侯爵の書状を見せてそう言えば困ったような顔をしながらも門衛は邸の中に伺いを立てに行く。

 すぐに招き入れられることになったが、決め手はイグスエン侯爵の書状というより、領都から来たという方だったようで、ウンガスとの交戦状況について真っ先に問われることになった。


 ブェレンザッハからの援軍も間に合い、無事に撃退したことを伝えると、小領主(バェル)ムーピヴァムは心底安心したように息を吐く。


 ウンガス侵攻の報せが来ても、それ以降の情報が頻繁に来ていたとも思えない。おそらく、何も分からないまま悶々と気持ちばかりが焦る状況が続いていたのだろう。それを思うと、気を緩めるなとは言いづらい。


 だがそれでも「まだ来るかもしれない」とは言わねばならない。

 小領主(バェル)ムーピヴァムは急に真顔に戻るが、今日明日で来ることはないと付け加えておく。


「確証はあるのでしょうか?」

「ええ。敵の進軍を確認したら、交戦せずに撤退するよう厳に言ってあります。そして、その際に街道の路面そのものを荒らしていけば、敵の進行は簡単に遅らせることができます。」


 もちろん、徒歩や騎馬の敵は道路以外の場所でも進めるが、食料もなしに進んだって、すぐに飢えて戦いどころではなくなってしまう。


 今までのウンガス軍だって、大規模な輜重部隊は遅れてきていたが、先行していた部隊に馬車がないわけではない。その馬車を止めてしまえば、部隊全体の動きが止まる。


 むしろ、止まらなければ、勝手に壊滅することになる可能性すらある。食糧が不足したら、ウンガスの兵や騎士の間で奪い合いが発生しないとも限らない。飢えとはそれだけ恐ろしいものだ。


 ハネシテゼの言葉に「全くその通りでございます」と項垂れるのは元騎士の三人だ。


 彼らに怪訝そうな目を向けるので「道中で見つけた裏切者を捕縛した」と説明すると、ムーピヴァムはとても困ったように口元を歪める。

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